マルティナ
遅くなって申し訳ありませんでした。
『マルティナの我儘が聞きたいな』
『我儘というかおねだりだな』
ルカーシュ様に言われた言葉を、ベッドサイドに置いてある辞書で調べて、意味を確認する。やっぱり先程言われた言葉は『我儘』と『おねだり』で、あってるみたい…。
我儘やおねだり…物語では、可愛らしく言っている台詞を読んだりしたこともあるけれど、祖国では『役たたずの王女』など言われることもあって、なるべく人に迷惑をかけないように過ごしていたから、我慢や主張を抑えることには慣れているけれど、我儘やおねだりは今まで考えた事も無かったので、どんなことが我儘でおねだりになるのかが、わからない。
昨日は、熱を出してしまいルカーシュ様に休む様に言われ、リーナからも『体調不良に気づかず、申し訳ありませんでした』と謝られ、予定していた授業も受けずにゆっくりベッドで寝ていたのは我儘にならないのかしら。
それにもう熱が下がったのに、今日一日安静にしてるようにと、朝食を食べた後またベッドの中に居るなんて、凄く我儘なことだらけなのだだと思うのだけれど…。
ベッドサイドに飾られたルカーシュ様からいただいた花を見ながら考える。
本当にこの国に来てから、初めてのことが多すぎてどうして良いのかわからないことだらけなのだ。
この1年弱の間で私の環境は、目まぐるしく変わっていた。
お兄様から同盟国に嫁ぐ様に言われ、恋することを諦めて勉強していた時に、偶々初恋を知ってその恋を諦め、今まで生まれ育った城から出たことが殆ど無かった私が、祖国を出て海を渡りこの国に来た。そして、祖国で幼い頃から側に居てくれた人が誰も居ない生活。
誰も来てくれなかった訳ではない、私の専属の侍女達はエルゼを筆頭に皆が付いて行きたいと言ってくれたのだが、簡単に里帰りも出来ない国に、未婚の侍女達を連れて来るのが申し訳なく、そしてルカーシュ様も、手紙で私の判断に任せると言ってくださっていたので、付いて来てもらったのはエルゼを含めた数人だけ。滞在期間は船の中と、離宮にいる間だけと決めて付いて来てもらい、今の部屋に移るときに祖国から来た侍女たちは、全員国へ戻ってもらった。
船の中までは、誰かに残って欲しいとお願いしようかと、考えていたのだが、初めての他国へ向かう旅、そして本の中でしか知らない国、顔も知らない方との婚約、知っている人が居ない生活、不安しか無い旅だったが、船の中でも離宮でも心尽くしのもてなしをうけ、私を含め祖国から来た皆、誰一人体調を崩すことなく過ごさせてもらった。
そして、離宮での隔離生活の間ルカーシュ様から毎日届く、この国でしか咲かない花や、色とりどりの色んな種類の花々とルカーシュ様からの手紙、食べ慣れた味の料理、そして働いている皆が凄く暖かく迎えてくれた。
そういった細々とした気遣いを、ルカーシュ様が采配してくださっているとリーナから聞いた時に、全員帰ってもらってこの国の民として、暮らしていこう。きっと1人でも、ルカーシュ様が居てくださったら大丈夫だと思ったのだ。
その時はまだお顔も見たこともないルカーシュ様だったが、良い関係を築けるかもと思って、初めての顔合わせも不安はなく迎えた。
ルカーシュ様は、初めて会ったお茶会で、お互いに好きなものを言い合い、太陽の様な眩しい笑顔で話しかけてくださった。その後の婚約式や陛下の前など、公式の場では王子様然としていらっしゃるが、朝食の時や、お茶をご一緒するときなど私的な空間になると、やんちゃな雰囲気でいつでもニコニコしていらっしゃる。
いつもお会いする時は、楽しそうにしてくださるので少しずつ会話をし、お互いの事を理解して少しずつ良い関係になれるのかも…、そう思っていたのだけれど…。祖国にいた時には考えられなかった事を言われ、少し混乱してしまっている。ベッドの中で辞書を抱きかかえて、寝付けずモゾモゾしていると、ノックの音がしてリーナが声をかけてくれる。
「マルティナ様、起きてらっしゃいますか?少しよろしいでしょうか?」
許可すると、リーナがティーセットをもって入ってきた。
「マルティナ様、眠れませんか?」
「昨日、ゆっくり眠ったので今日はもう眠れないみたい」
「では少し私と、お話をしてくださいますか?」
「ええ、ぜひ話し相手になってもらえたら嬉しいわ」
良い香りがするお茶を入れながら、リーナは自分のお茶も用意してベッドに入ったままお茶が飲めるように、準備を整えてくれる間も、つい先程のルカーシュ様の発言について考え込んでいる私に気づいて、リーナが椅子に座って話し出す。
「マルティナ様、先程のルカーシュ殿下のお話でお悩みですか?」
「そうなのリーナ、我儘やおねだりとはどういった事なのかわからなくて…」
体調を隠したことでリーナを困らせてしまったので、今の気持ちを正直に伝える。リーナいわく、我儘やおねだりは意識してするものではないらしい。自然に出てしまうものなので、今は無理に考えなくても良いのだと言ってくれた。
「大体、我儘やおねだりは、受け取る側の判断でマルティナ様は要望を言うだけで良いんですよ。そして、マルティナ様が要望を思いつかなければ、我儘やおねだりをルカーシュ様に言わないという我儘を言うことも出来ます」
受け取る側の判断?我儘を言わない我儘?
言葉遊びをしている様な意見を言っているリーナの、言い切った得意げな顔が可愛らしくて思わず笑ってしまう。
「我儘を言わない我儘、それなら私にも出来そうよ」
「マルティナ様は、これが我儘かな?おねだりかな?など悩まずに、ルカーシュ様にして欲しいことを思いついたら、なんでも言ってみたら良いんですよ。思いつかない間は言わなくて大丈夫です」
「ありがとうリーナ、そう考えたら気が楽になったわ。思いついた時に言えば良い、そうよね」
そこからはリーナからルカーシュ様の子供の時のお話を聞いたり、ニコと結婚をしたきっかけの話などを聞いて楽しい時間を過ごした。
そうしてリーナの助言通り、要望が何も思いつかなかったので、ルカーシュ様に我儘を言わない我儘を実行したまま、あの時言われたルカーシュ様の我儘、一緒にお出かけの日になった。
少し遠くに行くとしか聞かされないまま、半日程かけてルカーシュ様とは別の馬車で移動をして、森に入ってから少し進むと馬車では先に行けなくなったので、そこからはルカーシュ様の馬に一緒に乗って移動している。
初めての乗馬で緊張してどうすれば良いのかわからなかったが、ルカーシュ様が後ろでしっかり支えてくださって、馬の動きに合わせる事も教えてくださり、力が抜けてやっと景色を見る余裕が出てきた。
「大丈夫?怖くない?」
「はい、初めは少し不安でしたが、このぐらいの速度でしたら大丈夫です」
日差しは少し強いが気持ちの良い風が吹いていて、丁度1番暑い時間に森の中に入ったので、木々が影を作ってくれて、過ごしやすい気温の中ゆっくり移動している。
「もう少し進んだら、俺の行きたい場所に着くからね。どうしてもそこに、マルティナを連れて行きたかったんだ」
「どんな場所なのか、楽しみです」
馬の上にいるので顔が見えないが、いつもより嬉しそうなルカーシュ様の声を聞いて、行きたい場所ってどんなところだろうと楽しみになった。少し暗い森の中を進んでいたのに、急に前が開けて一面の花畑が見えて来た。
「凄い!ルカーシュ様!」
「あっ!マルティナ、動くと危ないからもう少しジッとしてて」
目の前の景色に馬に乗っている事を忘れてルカーシュ様の顔を見ようと振り向いた時に、バランスを崩してグラついた私を、しっかり抱きしめ落ちないように支えてくださる。
「申し訳ありませんでした」
「落ちなくて良かった、ほら、もう降りても大丈夫だよ」
はしゃいだことが恥ずかしくて、謝るとルカーシュ様は馬から降りて、私が降りれるようにエスコートしてくださる。
そして、花畑が一望出来る場所に連れて行ってくれた。
「ここは俺が1番好きな場所なんだ」
「きれいですね、この花は?」
「向日葵と言う花だよ」
大きな黄色い花が、太陽に向かって咲いている。向日葵、初めて見た。なんだか太陽みたいに笑う、ルカーシュ様のような花。
「俺が大好きなこの場所で、マルティナに伝えたいことがあったんだ」
急にルカーシュ様が、私の手をキュッと握って真剣な顔で私を見る。
「俺はマルティナを初めて見かけた時に、マルティナに恋をしたんだ。そして今は、マルティナを愛してる。俺と結婚して下さい」
ただ驚くだけの私を、お茶の用意が出来た木陰にエスコートして、ルカーシュ様が祖国に来たときに偶然私を見かけて、それからすぐに婚約を申し込んでいた事、お父様が私がそれまでに、私に好きな人が出来たら婚約をさせないと言っていたことを聞いた。
「あのね、今すぐマルティナに俺の事を好きになって欲しいとかは思ってないよ。ただ結婚式をする前に、俺がマルティナを好きになってこの婚約が結ばれて、マルティナが我が国に来てくれて、会って話してもっと好きになったって知ってもらいたかったんだ」
「ルカーシュ様…ありがとうございます」
お話してくださっている間、用意してもらったお茶を飲むのも忘れて、ずっと話しを聞くことしか出来ずにいた。でもなんだかルカーシュ様の顔を見るのが恥ずかしくて、ずっとうつむいていたが、お礼を言うのと同時に顔をあげる。
照れくさそうに笑うルカーシュ様の後ろには、鮮やかな黄色い花畑が広がっている。やっぱりルカーシュ様の笑顔は太陽みたい、そして奥に広がる向日葵のような笑顔。そしてその景色を見ていると、自然に言葉が出ていた。
「私もこの場所が、大好きになりました。連れて来てくださってありがとうございます。ルカーシュ様と結婚出来るのが、嬉しいです」
「うん、ここに一緒に来れて良かった。俺もマルティナと結婚出来るのがすっごく嬉しい」
その後はお互い照れてしまって、顔が見れずに花畑を見るだけになってしまった。向日葵を何本か摘んで、またルカーシュ様と一緒に馬に乗って馬車まで戻る時に、行きは何も思わなかったのに、ルカーシュ様とくっついて馬に乗っていることに凄く緊張してしまった。
ベッドの中で、今日一日を思い返す。
目をつぶると思い浮かぶ、ルカーシュ様の笑顔と花畑。そして、ルカーシュ様が私の事を望んでくださっていたという言葉。
この国に来ると決めて良かった、結婚する人がルカーシュ様で良かった。何年も思ってくださっていたルカーシュ様に同じ気持ちは返せないかもしれないが、これから沢山時間はある。ゆっくりと恋を、愛を、育てていけたら良いと思う。
そして明日リーナに報告しよう、初めての我儘は『またあの花畑に連れて行って下さい』に決めたことを。私の最初の我儘をルカーシュ様に言ったら、またあの太陽の様な笑顔を見せてくれるかしら。
どうしてもルカーシュが、ずっとマルティナを好きだった事を、結婚前に伝えたくてその後の2人を書きました。
読んでいただけて嬉しいです、ありがとうございました。




