ルカーシュ
マルティナが我が国に着いてからもう、2ヶ月が過ぎた。この2ヶ月何度もお茶をして、お互いのことをわかり合うために、話をしたり、マルティナが今後住む部屋の内装を整える手筈を一緒にしたりして、交流を深めていた。
「おはようございます、ルカーシュ様」
「ニコおはよう、マルティナは?」
毎朝挨拶と一緒に聞く言葉に、初めは苦笑いしていたニコも、今では普通の顔をして答える。
「もう起きて朝のお散歩を済まされたと、リーナから報告が来ております」
マルティナはとても早起きだ、毎日俺よりも先に起きて、軽く庭を散歩している。
「そして、リーナからの報告の続きですが…、今日から夕食の後の、お茶の時間は中止になります」
「え?なんでだ?」
朝から、絶望するような言葉が聞こえる。ニコから伝えられたのは、マルティナの睡眠時間の確保の為に、このところ習慣になっていた、食事の後のお茶の時間が、なくなったという知らせだ。
「当たり前です、ルカーシュ様が楽しいのはわかりますが、昨日の様にマルティナ様が、とても眠そうにしてらしたのを気づかずに話し続けるなどの行為を、リーナが見逃すはずがありません」
リーナはマルティナの侍女なのだが、乳兄弟であるニコの伴侶で、俺とも幼い頃からの付き合いだ。侍女頭の娘であるリーナは、王子の俺にも遠慮なく意見を言うことを許している。幼い頃から女の子の扱いや気の使い方なども指摘してもらっている。我が国で、マルティナが不自由なく生活出来る様に、手配出来たのもリーナの教えのおかげだ。
確かに昨日は、いつもより少し長く話し込んでしまった。マルティナが笑ったり、可愛い声で相槌を打ってくれるので、離れがたくなってしまったのだ。
「その禁止は、いつまでだ?」
「結婚式まで、だそうです」
「そんなに?」
「但し、ルカーシュ様がマルティナ様のあることを知れたら、結婚式前でも再開しても良いそうですよ」
「それはなんだ?マルティナの、何を知れれば良いのだ?」
「マルティナ様の嫌な事、嫌いなものを知れたら良いそうです」
リーナいわく、マルティナは否定的な事を言わないで、嫌な事でも我慢してしまう性格らしい。昨日の様に、眠くても話を切り上げられない事が、もう二度とない様に、マルティナが俺に遠慮せず我儘を言える様になれば、再開しても良いと言うのだ。
「否定的なことは、相手に対して安心感がないと、なかなか言えないですからね。リーナはルカーシュ様とマルティナ様の間に、信頼関係を築いて、お互い遠慮しない関係になって欲しいようですよ」
そうなのだ、リーナになんでも言いたいことを言ってもらえる環境にしているのは、こういった大切なことに、気づかせてくれるからだ。でも、お茶の時間を取り上げられて、食事の時間しかない今の状況でその条件は難しくないか?
執務室で書類に埋もれて仕事をしながら、今朝言われた事を考えていた時、ニコから声がかかる。
「ルカーシュ様、手が完全に止まっています」
「……ニコ、まだあるのか?」
「はい、まだまだありますよ」
「マルティナと、お昼にお茶をする時間も貰えないのか…」
「ルカーシュ様、何を言っているのですか?今朝一緒に朝食をとられたでしょう?」
「そうなんだけどさー、この書類の山をせっせと減らしている俺に、マルティナの笑顔のご褒美が欲しいんだよ」
「そんなことを言って手を止められていたら、夕飯の時間にも間に合わなくなりますよ。マルティナ様との楽しい食事の為に、頑張りましょう」
なぜ俺がこんなに忙しいのか、理由はマルティナとの結婚式だ。
婚約発表も無事終わり、4ヶ月後には結婚式が控えている。
我が国では、女性王族が式を取り仕切る、今回は義姉である王太子妃が担当することになったのだが…、王太子妃としての初めての式典を采配するということで、集中出来る様に、他の公務が滞ってこっちに廻って来ているのだ。
自分の結婚式の為に、そう思っていてもやっぱり書類の量に不満は溜まる。うん、今日の夕飯の時にマルティナの嫌いなものを聞き出して、夜のお茶の時間、俺の癒やしの笑顔を見られる機会を、もぎ取ろう。
そうして迎えた夕飯の席で、マルティナに嫌いな食べ物を聞いたのだが結果は…、惨敗だった。
「食べられないほど嫌いなものは無いのです、ルカーシュ様は何か嫌いなものはありますか?」
「いいや、俺も特に無いな。晩餐などで出された料理は、どんな国の料理でも、食べ切るように教育されたからな」
「一緒ですね、私もそう言われていたので、苦手だと思っても食べるようにしていたら、嫌いなものは無くなりました」
そして、それ以上たいした話も出来ず、当たり障りのない会話で食事が終わり、マルティナが部屋へ戻ってから、ニコとリーナに、そういうことでは無いとの呆れた顔でのお説教をされた。
「ルカーシュ様、わかっているとは思いますが、もしもあの場でマルティナ様が嫌いな食べ物を仰っていても、不合格です」
「はぁ…やっぱりか」
「ちゃんとニコから、聞きましたよね。信頼関係を築く事が大事だと、マルティナ様のお顔を見て、『これが嫌いなんだな』と当てるならともかく、あんな質問で私からの合格を、もらえるとでも思っていたのですか?」
「わかってるよ、ただマルティナと一緒に過ごす時間が欲しいんだよ」
「では、合格するまで頑張って下さい」
それから俺は、食事の時間にマルティナに気づかれない様に、こっそり見つめることにした。2ヶ月程経ったとき、僅かな変化なのだが、朝食の卵がトロっとしているところを食べる時、硬いパンより柔らかいパンを食べている時、ほんの少し嬉しそうな顔をしていること。マルティナの色々な表情が、わかってきた。そうして嬉しい時、普通の時の表情は判断出来るようになっていった。
ただ、俺もだが王族というのは、まず負の感情を人前であまり出すことはない。よって、マルティナの嫌いなものの判断はつかないまま、結婚式まで後2ヶ月になってしまった。このままでは信頼関係が出来る前に結婚式になってしまう。
そして俺には、信頼関係を築くのともう1つ、結婚式前にどうしてもして起きたいことがあるのだ。
「ニコ、アレの手配は出来てる?」
「はい、滞りなく出来ております。来週には確実にお手元に届きますよ」
「じゃあ、とりあえず来週長い休みを取れる様に、片付けるか!マルティナの予定も聞いて、一緒に出掛けられるように調整を頼む」
城から離れたある場所に、結婚式前にマルティナと一緒に行きたい場所がある。そこに行けるように、溜まった公務をせっせと熟す。俺が公務をしている間は、マルティナは我が国の言葉や文化、歴史、派閥など色々な分野の勉強をしている。
いつもの様にマルティナと、朝食をとっているとき、マルティナが好きなメニューのはずなのに、何故か嬉しそうな顔をしていない。心なしか食べる速度も量もいつもと違う、食後にマルティナの部屋までエスコートして、今日の予定を確認する。
「リーナ、マルティナの今日の予定は?」
マルティナは不思議そうな顔をして、俺の顔を見ている。
「語学と歴史の勉強と、ダンスの練習になっております」
「今日の予定は中止にして、1日休みにして欲しい。マルティナ、明日の朝、俺が迎えに来るまで部屋でゆっくり休んでて欲しい。リーナ頼んだよ」
「かしこまりました、ルカーシュ様」
マルティナは戸惑っているが、にっこり笑ってキュッと手を握り、『お願い』と言って強引に頷かせる。リーナは返事をすぐにしたので、俺の表情で言いたいことは伝わったはずだ。
リーナに任せておけば、医師が必要な程体調が悪いなら、きちんと手配してくれるだろう。
執務室に向かい、いつもの様に書類をせっせと片付けているとニコがお茶を入れながら報告してくれた。
「マルティナ様、少し熱があった様です」
「やっぱり…ゆっくり休んでる?」
「初めは大丈夫とおっしゃっていたようですが、リーナが医師を呼んで診察してもらい、熱があることを伝えられてからは、ベッドで休んでおられるそうです。ルカーシュ様は何故おわかりに?」
「ん?食事の時に、いつもと違ったからだよ。後は部屋までエスコートした時に、やっぱりいつもと違うなと思って」
「はぁ…そうですか…。リーナから手紙を預かっております」
手紙には、マルティナの体調不良に気づかなくて、申し訳ないと書かれていた。そして、マルティナの体調が戻り次第、夕飯後のお茶の時間を再開しても良いとあった。
リーナからの合格をもらったので、体調が戻ったら毎日!と言いたいところだが、やっぱり環境の変化もあり、色々と無理をしているから熱を出したのだろう。今後お茶に誘うときは、マルティナの様子を見ながら、負担にならない程度にしようと手紙をしまいながら思う。
「リーナに気にするなと、伝えておいてくれ。後、明日の朝に、いつもマルティナが散歩している場所の花を、部屋に届ける様にしてくれ」
「かしこまりました」
次の朝、マルティナの熱は下がったと報告が来たが、朝食を食堂で取るのではなく、俺の部屋で食べれるようにしてもらった。もちろんマルティナと一緒に。
マルティナは食堂ではなく私室にエスコートされて、座った途端次々に用意されていく様子に驚いていたが、俺が食べようかと声をかけると、『はい』と戸惑いながらも食べ始めた。
食事が終わって、お茶を飲んでいるときに。
「あのね、マルティナ。お願いがあるんだけど、今度から体調が悪い時はリーナか俺に必ず教えて欲しいんだ」
「ルカーシュ様、昨日は申し訳ありませんでした」
「違うよ、叱ってるんじゃなくて、心配してるんだ」
「心配ですか?」
「うん、そうだよ」
俺は、マルティナが無理をするのが心配だと伝える。そして、マルティナが無理をすることで、俺も体調が悪い時に俺だけ言うのはかっこ悪いから言えないと、伝える。
そうしてお互いが無理をしすぎると、言いたいことが素直に言えない関係になるのが嫌なのだと。
「俺たちは感情をあまり見せないように教育されているけれど、2人の間だけでも、それを無くしたいんだ」
「2人の間だけ、ですか」
「すぐには無理かもしれないけれど、徐々にお互いそうしていきたいんだ。体調が悪い時は、こうして部屋で食事を取っても良いし、熱があるとかじゃなく、ちょっと疲れてるな程度でも良いんだよ」
「ありがとうございます、ルカーシュ様」
「後はもう1つお願いがあるんだけど、マルティナの我儘が聞きたいな」
「我儘…ですか?」
マルティナは、あんまりピンと来てなさそうな表情で、考え込んでいる。
「うん、我儘とか…おねだりだな。まずは、俺の我儘を聞いて欲しいんだけど」
「ルカーシュ様のですか?はい、何でしょうか?」
「今度休みをとって出掛けたい場所があるんだけど、一緒に来てくれる」
「はい、かしこまりました」
マルティナは、どんなことを言われるのかと構えていたようだが、いつもの女神の様な笑顔で了承してくれた。
「良かった、じゃあそれまで体調を崩さない様に、無理せずにいてね。後、もう1日だけ部屋でゆっくり過ごして、退屈だったらリーナに言って図書室から本を届けてもらうと良いよ」
そうお願いしてから、マルティナを部屋まで送って、執務室に向かう。今度の休みに、一緒に出掛けてくれると約束したのだ。絶対に休めるように、今日はどんな仕事でも出来そうだ。
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