ルカーシュ
最近、朝起きて『おはよう』より先に言う言葉を、今日も侍従のニコに言う。
「ニコ、まだ返事は来ないのか?」
「おはようございます、ルカーシュ様。毎日同じことを言っていますが、まだ、でございます。大体あちらの国まで、手紙の往復は、1ヶ月かかりますからね」
「初めて会って3年、正式な申込みの手紙を出して半年も、待ってるんだよ。やっぱり無理ってことなのかな、マルティナ王女にこの国に嫁いで来てもらうのは…」
「まだ駄目と決まった訳ではありませんよ、正式に断りの連絡が来たわけでもないのですから」
ニコは慰めてくれるが、半年間返事は来ないのだ。もう無理なのだろうと半分諦めかけている。完全に諦めきれないのは、待つことに慣れてしまっているからだろうか。
マルティナ王女に会った…いや、見かけたのは同盟の調印をするために、父上とあの国に出向いた時だ。王太子である兄上が国に残るので、船に乗っての旅をしたかった俺は、無理を言って父上に連れて行ってもらったのだ。
大事な調印の場に未成年の俺が参列出来ないので、ここで待つようにと案内された部屋から何気なく庭を見ると、天使が花の道を歩いていた。部屋にいる使用人に誰だと尋ねると、末姫のマルティナ王女だと教えてもらった。その日のうちに父上に婚約出来る様に、願い出て欲しいと言ったが、無理だと即座に言われたらしい。
なんでも王女自身が恋した相手でないと、婚約が許されないらしい。それならば是非、交流をもたせて欲しいと願ったが、まだ社交デビューもしていないので、会わせられないとの返答だ。
確かに、デビュー前の王女が他国の王子と顔を会わせるなど、余程親しい、例えば血縁関係であるなどで無ければ、難しいことは理解出来る。だが、同盟国とはいえ海を渡るのだ、頻繁に来られる距離ではない。
せめてデビュー間近まで、婚約者が決まっていなかったら、俺から婚約の打診があることだけでも伝えてほしい。それまでに婚約者が決まってしまったら、諦めると伝え受け入れてもらえた。
そして、マルティナ王女が15歳になるまで後1ヶ月、まだあの国からの手紙は着かない。僅かな希望は、婚約者が決まったとの連絡もないことだ。
そして、とうとう駄目かと諦めかけていた時にその知らせは、突然齎された。
「おはようございます。ルカーシュ様、お待ちかねの手紙ですよ」
「……ん…ニコ、今、何時だ…?」
「いつもの起床時間より少し早めですが、コレが届いていたので、急いで持ってきましたよ」
まだ覚醒していない身体を起こして、ニコの手元を見る。
手紙?これは!あの国の王家の紋章!どっちだ、婚約者が決まったのか?それとも…。ニコから手紙を奪い取るようにして、急いで開く。
「来る!来るぞ!マルティナ王女が!ニコ、急いで迎えに行く手はずを整えろ!」
なんと王太子からの手紙によると、マルティナ王女は失恋して、こちらの国に嫁いで来る決心をしたらしい。どんな男か知らないが、彼女を振る?馬鹿なのか?
いや、その馬鹿な男に『ありがとう』と礼を言うべきか。
それからは父上にも報告して、迎えに行く船、護衛や侍女の人選と、婚姻まで過ごす離宮の部屋の準備、着いてから世話をする使用人の面接、マルティナ王女が、我が国で何不自由なく、生活出来る様に整える様に手配を頼む。
我が国では他国から花嫁を迎える時は、まずは離宮での生活をしてもらう。そこで純潔を失っていないか、体調を崩していないか、その土地特有の伝染するような病気などにかかっていないか、色々な検査をされて、体調の変化を見守り、問題無ければ半月程で、外を出歩ける様になる。俺も、その期間はマルティナ王女に会えない。
マルティナ王女は国を出てから半月程、海の上で過ごし、我が国に着いてからも、半月離宮に隔離されてしまうのだ。自由のない生活を、慣れない海の上や他国で過ごす。俺が彼女を望んだことで、不自由な生活をさせてしまうのだから、少しでも気分良く、不安や不満を持たずに生活出来るよう、準備が必要だ。
「ニコ、これから忙しくなるぞ」
「ルカーシュ様、待ち続けて良かったですね」
「あぁ、でもこれからだ。嫁いで来てくれるマルティナ王女に、少しでも好いてもらわなければ…ありがとなニコ」
そこからの俺は、父上や兄上、城の皆が驚くほどの行動力だった。そして、そんな俺を見てマルティナ王女を迎える為の準備を、皆が協力してくれる。本当に城の皆が呆れる程、あれこれ細やかな事まで指示を出すので、マルティナ王女を大事にしなければならない、そんな空気に皆がなった頃、今日港付近に、マルティナ王女が乗る船が無事見えたとの報告が来た。これから入港して、城に到着するのは明日の昼過ぎになるだろう。
俺はまだ会うことが出来ないので、何か出来ることを…と考える。
「ニコ、花、花だ。どうしよう、今まで花など贈ったことがない、どんな花がいいんだ」
「そうですね。香りのキツイものは好き嫌いが別れます、大きな花束ではなく、小さな花束でしたらそんなに気にならないでしょうが…マルティナ王女は、どのような方なのですか?」
「天使だ、俺が会ったのは3年前の1度きりだから、今の雰囲気と変わっているかも…。よし、似合いそうな花を片っぱしから1輪ずつ選んで全部纏めた花束にしよう。それなら好きな花が、1つぐらい入っているだろう」
次の日の朝、庭師のジイさんを捕まえて、目に付く綺麗だと思う色とりどりの花を全て詰んでもらい、綺麗に纏めて花束にしてもらう。そして急いで部屋に戻り、手紙を書く。
これから暫くは、顔も会わせられないが、俺のことを知ってもらわないと駄目だからな。道中心配していたこと、来てくれて嬉しいこと、そして何か困ったことがあったら、すぐに言って欲しいと書く。
そして、離宮のマルティナ王女の部屋に作ってもらった花束と、手紙を運んでもらう。今日の食事は祖国の味付けで、出してもらえるように調理場に伝える。
きっと船旅なんて初めてで、やっと地面に降りてホッとしているだろう。疲れている時に食べ慣れない味だと、不安になるかも知れないからな。そして、これからはずっとここで生活するのだ。徐々に我が国の味に、慣れて貰えばいいのだ。
到着した翌日、マルティナ王女から返事が来た。手紙はマルティナ王女の国の言葉で書いたのだが、返事は我が国の言葉で書かれていた。まだ日常会話程度しかわからないが、慣れる為にも我が国の言葉で俺にも書いてもらって、返事に間違いがあれば、教えて欲しいとのことだった。
そして、花や食事が嬉しかったと書いてあった。
離宮の侍女達からも、到着した時には疲れている様子もあったが、花を見て嬉しそうに笑顔を見せ、食欲は控えめだが、美味しそうに食べていたとの報告だったから、大丈夫だとは思っていたが、改めてマルティナ王女から手紙をもらうと嬉しい。
我が国の言葉は難しいと、他の国の人間は中々覚えられないと聞いているのだが、マルティナ王女は綺麗な文字で書いてくれていた。少し拙い表現のところもあったが、覚えて来てくれたことが嬉しかった。
「ニコ、やったぞ。喜んでもらえたようだ。これからは毎日花を贈って手紙を出すぞ」
「はい、良いかと思います。後、欲しい物をお聞きして贈られては?」
「そうだな、そうしよう。今日は、お茶と菓子も贈ろう。どれが口に合うのか、わからんから気に入る物が、わかるまで毎日違うものを出すように頼んでくれ」
「はい、かしこまりました」
そうして半月、手紙で本が読みたいと聞いたので、何冊か図書室で選んで持っていってもらったり、花も最後の方は『部屋中花で溢れてしまいます』と侍女に呆れられたので、1輪だけ贈ったり、部屋の花が枯れて少なくなったと聞けば、数を増やしたりしながら、会える日を心待ちにしていた。
そして、今日やっとマルティナ王女に会える。
「緊張するな、おいニコ、本当にこの菓子で良いのか?」
「はい、美味しそうに召し上がられていたそうですよ」
「そうか、お茶も大丈夫か?」
「大丈夫です。ルカーシュ様、少し落ち着いて下さい。もてなす方がゆったりしていないと、マルティナ王女が緊張されますよ」
そわそわしながら応接室で待っていると、ノックが聞こえる。
入室の許可を出し、入ってきたマルティナ王女を見ると、……天使が大天使に成長して…、大天使というより女神か?
離宮の侍女達からの報告通り、祖国を離れて窶れたりすることもなく、ただただ、女神の様な微笑みの、美しいマルティナ王女が居た。
お互いに挨拶をして、お茶を飲んで喉を潤し、目が合った時、俺はまず直接聞きたいと思っていたことを聞く。
「好きなものは、なんだ?」
「好きなものは、なんですか?」
お互い同時に、同じ質問をしたようだ。思わず顔を、見合わせて笑う。そこからは緊張も解けて、話が自然に出来た。
恋物語が好きな事、花は淡い色の花が好きな事。お茶や菓子の好み、沢山マルティナ王女のことが知れた。
俺も、剣の稽古が好きな事、たまにお忍びで行く街の視察が楽しみな事、菓子は甘い物より酒精が強い物を好む事。
話をしながら、本当に楽しそうに、嬉しそうに笑ってくれるマルティナ王女を見て、結婚まで後半年、いいや、これからずっと、この笑顔を曇らせないように、これからお互いのことを少しずつ知っていって、関係を大切に築いていこうと心に誓った。
最終話まで読んでいただけて嬉しいです、ありがとうございました。
もしかしたら、ルカーシュとマルティナ2人のその後の話を書くかもです。




