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好きなものは、なんですか?  作者: 崎先 サキ
好きなものは、なんですか?
1/5

マルティナ

はぁ…溜息ばかりついてしまう。

先日、とうとう王太子であるお兄様から言われてしまったのだ。このまま婚約者も居ないままでは、この国を離れて、海を渡った同盟国に嫁いでもらうことになると。


私はお父様の5番目の子供で、3番目の王女。お兄様やお姉様は、派閥の均衡を保つために早くから婚約者が決められていて、もう既に結婚している。婚約者もおらず、未婚のまま残っているのは、私だけ。


末っ子で歳が離れている私に甘いお父様が、幼い頃から政治的なことは考えずに好きな人を見つけたら、その方に嫁げるように、してくださると言われていた。


実際には、私の婚約者が決まらないのは、あまり力のない伯爵家から側室になったお母様が私を産んで程なくして儚くなってしまい、政治的にも私を娶って旨味が無いのと、今はお父様が健在だが退位したり亡くなってしまうと、可愛がられている王女だとしても、王太子であるお兄様が王に成ったときに私の扱いがどうなるかなんてわからないので、手を挙げづらい状況なのだろう。


そして、優秀で華やかな容姿のお兄様やお姉様達と違い、平凡でどこか華やかさに欠ける私なんかを選んでくださる方も居なくて、歳だけどんどん重ねていき、もうすぐ15歳になるのに婚約者がいないまま、役たたずの王女になってしまった。


私の護衛騎士は皆、婚約者が居ない端正な顔の方ばかりなので、国内に私を留めて置きたいお父様は、彼らの誰かと婚約をと思い、護衛騎士を選んで下さっているのでしょう。でも誰もが私に興味も無く、私も彼らの中からこの方という人も見つけられませんでした。


もう諦めてお父様やお兄様に急にどの国に嫁げと言われても大丈夫なよう、城の図書室で1番苦手な言語の物語を読み解いている時、わからない言葉に苦戦している私を見兼ねて、そっと側に来て教えて下さった、お城の文官でしょうか?優しい笑顔、穏やかな口調のあの方を好きになってしまいました。


あの方に懸想していると、お父様に伝えてしまうと、王女からの申込みをあの方が断ることも出来ずに、困ると思うので、ただ見つめるだけ。図書室で偶然会って、時折目が合うと微笑んでもらえる、たまに読んでいる本を教え合う、そんな細やかなやり取りが幸せなのです。


今のままの役立たずの王女のままでは、いけない。同盟国に嫁ぐとお父様に伝えよう、そう思っている頃にお父様から呼び出しがかかりました。いい機会なので言ってしまおう。そう覚悟を決めて指定された応接室へ向かうとそこに、あの方が来たのです。


「お父様、お呼びと伺ったのですが…」


「マルティナ、こちらに来て座りなさい」


「かしこまりました」


「今日呼び出したのは、お前の婚約者にどうかと思っている文官が居てな、顔合わせの為に呼んだのだ。もうそろそろ来ると思うぞ」


お父様が文官と言われた時に、あの方の顔が浮かんでドキッとします。もしかして…と思っていると入室の許可を求める声がして、2人の文官が入って来ました。1人は年配の外交担当の文官、そして後に控えているのは図書室で会う優しい微笑みとは違う、いつもより硬い表情のあの方でした。

お父様と年配の文官が話をして、あの方が私を見て自己紹介して下さいます。


「外交補佐を務めている、アリスター・グランヴィルと申します」


「マルティナです」


お父様が婚約者にと紹介してくださったと言うことは、彼は結婚もしていなくて、婚約者もいないのでしょう。素敵な偶然に喜びを周りに気付かれない様にするのに精一杯で、ただ名乗ることしか出来ませんでした。初めてあの方の御名前を知りました、グランヴィルと言えば伯爵家、アリスター様は確か三男…。家を継げない三男なので、城の文官をなさっているのでしょう。


「顔を合わせたことはあるだろう?マルティナ」


「はい、図書室で幾度か…外交補佐だったので語学が堪能だったのですね。わからない言葉を教えていただいていました」


お父様はニコニコしながら、とりあえず庭で散歩でもしてきたらどうだと提案され、初めてアリスター様にエスコートされて、庭まで歩きます。お父様やお兄様と違うエスコートに緊張して、前を向いたまま歩いて話を楽しむ余裕もありません。


「王女様、私は」


「マルティナとお呼びください」


「かしこまりました、マルティナ様。私のことはよろしければ、アリスターとお呼びください」


「アリスター様…」


ぎこちなく会話をし、護衛騎士や侍女の誘導に従っていつの間にか東屋に着き、お茶をすることになりました。


「マルティナ様の婚約者候補にと伺ったのですが…」


「私も今日突然、お父様から応接室へ呼び出され婚約者を紹介すると言われたのです」


「え?…陛下からですか?」


「はい、そうなのです。でもアリスター様でホッとしました、お話したことも無い方だったら、どうしようかと思っていたので」


「…そう…ですか…」


「もしかして、ご迷惑だったのでしょうか?」


「…いえ、ただ、私は継げる爵位もありません。王女様に、降嫁していただける身分では…」


「私はお父様から、どなたに嫁いでも良いと、幼い頃から許可をいただいています、ですからその心配は無用かと思います。私が母から受け継いだ小さな領地と、それに合わせた爵位がもらえるかと思いますので」


アリスター様は何かに驚いた様子でしたが、私の説明に頷き少し考え込まれてしまいます。私は初めて見るアリスター様の表情を、新鮮な気持ちで見つめ婚約者になってもらえたらもっと色々な表情を見ることが出来るのだと、嬉しく思っていました。


「あの…マルティナ様。暫く婚約者候補として私とお付き合いいただけると嬉しいのですが…」


「最初は候補としてですか?正式に婚約者となってから公表と言うことでよろしいでしょうか?」


「はい、私はただの文官ですので…話してみて合わない事もあるかと…」


今まで婚約者が現れなかったのに、今後アリスター様以外の方が選ばれることはないでしょうが、候補の時点で発表してしまうと、仕事がやりにくくなったりするのかもと、すぐに発表するのは見合わせようと思い頷きます。アリスター様もホッとしたお顔をしているので、正しい判断なのでしょう。


今日はまだ、お仕事の途中に上官に呼ばれ顔合わせになったので、次からは時間を設けて会うことを約束し、アリスター様は職場へ戻ります。私は密かに慕っていた方と、これからは頻繁にお話し出来るのだと嬉しい気持ちで一杯でした。


それからは、婚約者として発表出来ないアリスター様と、一緒に居ても不自然に思われないように、周りには語学の教師になっていただいたことにした。そして授業が終わったあとの休憩として、お茶会をしたり、お庭を散歩する。もちろんその時は色々な言語で話をしながら。


「マルティナ様は本当に、飲み込みが早いですね。もう苦手だと言っていた言葉も、日常会話なら問題なく会話出来る様になっていますよ」


「アリスター様のお声が素敵なので、覚えやすいのです」


「…ありがとうございます」


アリスター様は照れてらっしゃるのか、中々目を合わせてくれません。でも少しずつ距離が近づいている気がしていました。そろそろ『婚約者になって下さい』とお願いしようかと考えていた矢先、何時もより少し早めに図書室に着いた私は、新しい恋物語を探すため本棚に向かっていると、微かにアリスター様のお声が…。こっそり声がする方へ近づいて行くと。


「…ティーのことか?」


「お前このままで大丈夫なのか?」


いつも私のことをマルティナとしか呼んでくれないアリスター様が、ティーと愛称で呼んで下さってる。ドキドキしながら続きを聞いていると。


「陛下からの申し出だ、一介の文官が断れないだろう」


「まぁ、そうだよな王女様のお相手だ。まだ婚約していなかったのだから、断るわけにはいかないか」


「あぁ、そろそろ時間だ。いつも心配かけて悪いな」


「お前も仕事があるのに大変だな、ベティーナには俺からも上手く言っとくよ」


足が震えて、その場から動けません。ですが、ここから立ち去らなければ。幸いなことに、今の会話は護衛騎士も侍女も近くに居なかったので、私が聞いたことはアリスター様にはわからないでしょう。


アリスター様に図書室に着いていることを気づかれない様に、必死に足を動かし、気分が急に悪くなったと周りに伝え部屋へ戻ります。真っ青な顔をした私に誰も疑いを持たず、部屋へと送ってくれました。

さっぱりとした口当たりの果実水を飲み、今日は図書室へは行けないとアリスター様に知らせてもらいます。


寝台に落ち着き、王太子であるお兄様にお手紙を書き、面会の予約を取ってもらいます。そして信頼できる侍女のエルゼに、アリスター様の想い人であろうベティーナ様を調べてもらうことにした。くれぐれも、お父様には内密で。そして明日に渡すように指示をして、アリスター様にもお手紙を書く。『体調を崩した為、暫く授業は休みにして欲しい』とお願いをする。


そして3日後、お兄様が部屋に来てくださった。私が体調不良と偽っているため、態々出向いてくださった。


「お兄様、グランヴィル様はまだ私の婚約者にはなっていないですよね」


「うん?なってないな」


「候補からグランヴィル様を外して、お兄様が前におっしゃっていた、同盟国へ嫁ぐお話を勧めていただきたいのです」


この3日間、色々と手を尽くして調べた結果、アリスター様はベティーナ様という恋人がいらして、お互い爵位が継げない者同士だったので、城の文官として働き要職に就いて収入が安定したところで、結婚する予定をしていたそうです。そこに、私が慕っていると勘付いたお父様がアリスター様の上司へ話を持っていき、顔合わせになったそうです。


アリスター様は、お父様直々のお話を断ることも出来ずに、私を蔑ろにも出来ずに困っていたのです。私の存在はただアリスター様を困らせるだけの存在でした。体調が悪いと手紙を出したのに、お見舞いの花も届かないのが、そのことを証明しているようでした。


お兄様に彼には恋人がいらした事もお話して、私が同盟国に嫁いだ後、アリスター様に代官になっていただき、20年何事もなく治められたら領地を譲る計画を話します。代官になれば恋人とも結婚出来ると考えたのです。


「良いのか?お前の初恋だったのだろう?このまま知らない振りをして婚約してしまうことも出来るぞ」


「いえ、私はアリスター様の幸せを望みます。私ではあの方は幸せになってはいただけないでしょうから…」


「わかった、ではそのように手配しよう。父上への説明はどうする?」


「私がします。憧れていたが実際話をしたら違ったとでも申します。アリスター様にも、私から…そしてお兄様から、教師をしていただいたお礼に代官にと話をお願いします」


お兄様は一言わかったと言い、頭を不器用に撫でて下さいました。


それから私が図書室へ行くことは、なくなりました。アリスター様には一度だけお会いして、精一杯の笑顔で嘘を吐きました。


「同盟国に嫁ぐことになりました、アリスター様に教えていただいたお陰で言葉には困らなさそうです。今までありがとうございました」


「そうですか、お幸せに」


そう言って笑って下さった顔が、私が見た顔の中で1番素敵な笑顔だったので、部屋へ帰って泣いてしまいました。

こうして私の初恋は終わりを告げたのです。


今日、同盟国へ行く船に乗ります。

アリスター様に、初めてお会いした時に教えていただいた言葉。


『好きなものは、なんですか?』


一度もあなたに聞かれなかった言葉。私もあなたに尋ねなかった言葉。

向こうに着いて旦那様になる方に、尋ねたいと思います。

今度の恋は、独りよがりの恋ではなく、お互いに思い合える恋にしたいと希望を抱きながら…。

読んでいただけて嬉しいです、ありがとうございました。

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