わさび その1 その2
夕食がお刺身なのに、わさびを買い忘れてしまった。
その1
お刺身にしようと、絵美はいつものスーパーで買い物を済ませた、今日はPTAの会合で帰りが遅くなってしまい、夕暮れを曇り空が一層あたりを暗くしていて、その薄黒い雲に追い立てられる様に、無理やりブルトーザーで整地した坂を上り、同じ様な分譲住宅が建っている我が家へ帰った、疲れていたので夕食を簡単にしようと思っていた、冷たいお刺身を冷蔵庫にしまい、憂鬱な気分で家事を始めた。
夫の大輔は、明日のプレゼンのことが気になっていて、スマホで見ている小さな画面のサッカー中継も、休日の楽しみのはずが、あまり面白くなかった。
薄暗い物干しから洗濯物を取り込み、娘のメイに手伝うように声をかけた、日が暮れて薄暗くなった部屋で電気もつけず、ゲームに夢中になっていたメイは、めんどくさそうにスイッチを切った。
とりあえず体裁を整えただけの食卓を3人で囲み、黒い塗り箸を手に取ろうとしたとき、わさびの無いことに気がついた、刺身を前にして大輔は絵美に向かって愚痴を言い初め、明日のプレゼンの不安もあって、だんだん強い口調で攻め立てていた、メイも食事が始まらないので、ゲーム機をいじりだし、ゲーム音が苛立たしく鳴り始めた、絵美は逃れるように、わさびを買いに、コンビニへ暗い坂を疲れた足取りで向かった。
汁物が冷めてしまっていたが誰も気にしなかった、メイに箸の持ち方などいつものようにクドクドと注意をしながら、食事が始まった。
その2
今日はPTAの会合が思ったより早く終わったので、低くなり始めた夕日の眩しさの中、夕食の準備に余裕ができたので、デザートにプリンも作ろうかと思い、智子は買い物をしながら賑わっている商店街を抜け、小さな鉢植えの並んだ我が家へ帰った。
夫の誠は、新しいプロジェクトの立ち上げで張り切っていて、今日も休日なのに調べ物をしている、隣で息子の翔太も、最近買ってもらった図鑑に夢中になっている、二人並んでいるリビングの窓から夕日が差し込んでいて、大きい背中と小さい背中を赤く染めていた、布団と洗濯物は、取り込んであり、お日様の匂いのする洗濯物を畳みながら、二人の姿を眺めていた、昨日帰りが遅くなりそうなので、お刺身にすると言っていたので、それを楽しみに二人で掃除もしてくれていた。
赤いお刺身が華やかで豪華なので、食卓にそろった3人はいつもより気取った笑顔になっている、ご飯を白地に紺の水玉模様のお茶碗に盛ろうとした時、わさびの無いことに気がついた。
たまに引き起こすおっちょこちょいだが、申し訳なさそうにしている智子の姿は、愛おしく、たまらなく誠は好きだった、翔太をつれて、日が暮れてますます賑わっている商店街に、月明かりの小路を通り向かった、翔太は夜の街に興味津々で、冒険をするような少し興奮した気分で、誠の手を引っ張っていった。
寄り道をして、屋台のおでんも買って帰ってきたので、少し時間が経っていたが、二人にお使いを頼むと、いつも寄り道をして時間がかかるので、智子はデザートのプリンに、飾り付けをして待っていた、冷めた汁物と一緒におでんも温めて、湯気の立ち上る食卓で、翔太が自慢げに話す、今見てきたおでん屋台の、鍋の大きさや、具のおおさなどを聞きながら、食事が始まった。
雰囲気の悪い家族の夕食の風景と、雰囲気の良い家族の夕食の風景。