第二十六話
表面がぼろぼろに崩れかけた岩肌が覗いている。よく目を凝らせば所々に細かいキラキラとしたものが見えるだろう。その殆どは白っぽかったり、透明な石の小さな塊で、時折何かしらの色が混じったものが点在する。
それらは所謂、水晶であり、石英であり、そして一般的には魔石と呼ばれる鉱石だ。二酸化ケイ素を主成分としたそれらは地殻の大部分を占める鉱物であり、砂粒のような大きさ、あるいは結晶の形を成していないものは石英、結晶となっているものを水晶と大まかに呼び分けている。そして、子供の指先ほどの大きさの水晶はさほど珍しいものではなく、少し地面を掘り返せばそれなりの量が取れるだろう。
この地肌に露出している水晶も殆どが無価値とされるクズ魔石に分類される大きさだ。魔石に貯蓄される魔力はその大きさに比例する。つまり大きければ大きいほど、蓄えられる魔力と放出量が増え、そしてその希少性は高まっていくのだ。
だが、天然に産出される水晶の大きさにはある程度限りがある。採算性を考慮した場合、水晶鉱山の質と傾向にもよるがせいぜい大人の握りこぶし大が最大クラスだろう。ちなみにこれはギリギリCクラスの魔石に分類され、量産型のヴァルクアーマーに搭載される魔力量だ。ソレ以上となると、まず天然モノは存在しない。
だがかつて、このヴァージナ鉱山から産出された最大の魔石はBクラスに相当する大きさだったと言われている。
「ま、それも五十年くらい前の話デス。とっくの昔に閉山され、いまじゃ只の変哲もない山デスね」
濃い緑に覆われた山の麓をキャリアダックは進む。ここからではすっかり木々に覆われて見えないが、その昔はヴァージナ山のあちこちに坑道が掘られ、良質な魔石が産出したのだそうだ。大きさと質もさることながら、ヴァージナ鉱山の水晶は他の鉱山から採れる魔石よりも多くの魔力が蓄積されていたため、非常に重宝されたのだという。
「今じゃCクラス以上の魔石はかなりの割合で人工モノなんでしょう~? 昔の人は山に大きな穴を掘って魔石を拾ってたっていうから大変よね~」
「今でも稼働している魔石鉱山はあちこちにあるデスよ……現役で鉱夫やってる人達に失礼デス」
少し離れた木々の間からは辛うじて人工物と分かるそれ……かつての鉱夫たちが寝泊まりしていた宿舎や、採掘された魔石を選別したり加工する工場群が植物に呑まれかけている。そんな景色を横目に過ぎ去りながらキャリアダックは進んでいく。
* * *
『ここがだんじょんー?』
一行が到着したのはカルランの街からおよそ三時間、先程のヴァージナ鉱山跡から三十分ほどの距離の森だ。大境界に近い事もあり、周囲に民家や農場はもちろん無い。それどころかここ数年は人も殆ど立ち入っていないのか、下草や背の低い木々が鬱蒼と生えている。
そんなどこにでもある景色の中、唐突に現れたとでも言うべき人工物。元は白かったのだろうが、長年の風雨に晒されて表面がボロボロになった灰色をした背の低い四角錐が鎮座している。
ダンジョンの入口やその構造は多種多様だが、このタイプは比較的珍しい。錐の下方、地面に接する一辺が抉れるように切り欠いており、スロープから内部に出入り出来るようになっていた。
これまでに発見されたダンジョンの形状は様々だが、必ずといっていいほどヴァルクアーマーが余裕で入れる出入り口が設置されている。その理由は定かではないが、『本来は魔物が出入りに使う為』というのが通説だ。事実、ダンジョンの内部には魔物やヴァルクアーマーサイズの通路やフロアが多く設けられている事からもその説を裏付けている。
「うーむ。報告通り、この周囲は人間どころか魔物も徘徊している様子はなさそうデスねー。本当に稼働しているダンジョンなんデスかね?」
『偶然、ダンジョンの入口を見つけた猟師はそう言ってるみたいだね。しかし……』
警戒のため、ヴァルクアーマーに乗り込んだスターライト隊がキャリアダックを囲むようにダンジョン入口へと近づく。魔物からの不意討ちを避けるための陣形だが、むしろキャリアダックの進路を確保するために木々を刈り取るのが主な仕事となってしまった。
徒歩であればなんとか進めるかもしれない。だが、図体の大きな獣や比較的小柄なゴブリン級といえど、網のように生い茂った木々を少しも荒らさずに通ることは出来ないはずだ。つまり、このダンジョン周辺に魔物が徘徊しているとは考えにくい。
『地面の様子からしても、そう大きな動物や魔物が歩いた形跡は無いわね〜』
『おいおい、実はハズレでした、ってオチじゃねえだろうな?』
発見されるダンジョンは大抵の場合、どこからかエネルギーを供給され何かしらの装置類が稼働していたり、魔物の群れが内外を徘徊している。だが、極稀に完全に機能停止し魔物の姿もない、死んだダンジョンも見つかることがある。
「んー……でも微弱ながら探知機が反応してますね。一応、このダンジョンは生きてる……と判断してもいいのでは?」
ブリッジではアマネが何やらダイヤルやスイッチを弄る度、小さなスクリーンに映る波形がうねうねと形を変えていく。これはレーダーの一種で、ダンジョンの動力源や魔物の躯体から発せられる電磁波を感知することが出来る。もし死んでいるダンジョンであれば、この探知機は反応しないというわけである。
「ま、その辺も含めて調査するのが我々のお仕事デス。ひとまず、ダックを駐機できるよう、ちょっと整地するデスよ」
それからおよそ一時間、レイチェルのブラストウルフとマリアのアイシクルティーガーが周辺の地形確認と哨戒に出ている間、アークとヨウランはそれぞれ乗機を駆って森の真ん中に円形の更地を作っていた。ヴァルクアーマーが振るう刃物は乱雑に伸びる木々を麦穂を刈るが如く、あっという間に森の中にぽっかりとした空間を作っていく。
『ま、こんなもんだろ。スターマム、こちらスター2、即席だが駐機場の出来上がりだぜ』
『できあがりー!』
「マリア達のほうも特に異常は無さそうデスし、予定通りここで一泊、明日からダンジョン内部に潜るとするデスかねー」
「今回は簡単な任務になりそうですね、先生」
「ただダンジョンに潜って出てくるだけじゃ芸がないデス。デバイスじゃなくていいから、何かしらお宝でも見つけてきてくれれば御の字デスよ」
『こちらスター1。周辺をざっと見回ってきたが、魔物がいた痕跡を認めず』
『獣か何かはいるみたいだけどね〜。ダンジョンを見つけたっていう猟師さん、この辺りを狩り場にしていたのかしら〜?』
バキバキと枝をかき分け二体の巨人が姿を現す。哨戒に行っていたマリアとレイチェルが戻ってきたのだ。
この近辺の木は高さがヴァルクアーマーの全高とほぼ同じ程度、人間からすればやや高い樹木といったところ。濃い緑色の葉が無数に広がっており、木々の間隔はそれなりに開いてはいるものの、やや視界が狭まってしまう。
しかしそこは歴戦のスターライト隊。常人では気が付かないような僅かな異常や細かな痕跡を見逃さない観察眼を身に付けているのだ。地面の盛上がり方や木の葉の落ち方、樹木に付いている傷……もし魔物が通れば残るであろう痕跡はいくらでも考えられる。
『はー、こりゃあマジで空振りかもなー。魔物が居ないんだったらこのダンジョンの中にも居ない場合も多いっていうしな』
『んー、このへんにまものはいないよー! でも……』
アークスターのコックピットハッチを開いたアークは均整の取れた鼻をヒクヒクとさせる。生い茂る葉、湿った土や地衣類といった森の匂い、機体が発する鉄やオイル、ほのかなイオン臭。アークに言わせれば、魔物の躯体はヴァルクアーマーや人間が作る機械の類とは異なる特徴的な匂いがするのだそうだが、今の所は感じられない。
しかし、嗅覚や聴覚、視覚とは異なる感覚がアークの全身を揺さぶる。その方向は彼の足元――――地下に埋没するダンジョン内部からだ。
『んー、やっぱりわかんないや!』
『おいおいなんだよ、頼りねェなぁ……』
「仮にダンジョン内部に魔物がいたとしても、流石に匂いだけじゃ細かく判別できないデスよ。いくらアークの鼻が犬並とはいえ無茶ってもんデス」
『そーいうもんかねェ……ま、とにかく野営するぶんには問題なさそうだし、さっさとメシにしようぜ』
『めしー! ごはんー!』
「はいはい、それじゃあスター1、スター3は野営の準備を手伝ってください。スター2とスター4は警戒待機、ご飯が出来るまで周囲を見張っておいてください」
『あいあーい!』
『おいアーク、後で山鳥とか獣を狩ってこいよ。明日の朝飯にしようぜ』
『よるのやまはあぶないって、じいちゃんがいってた! もうくらいから、だめー!』
『お、おう……そういう所はキッチリしてんのな、お前……』
『アーク君、なんならおねーさんがそこらでパパッと鳥を捕まえてこようかしら〜?』
『レイチェル、君の銃だと熊くらいじゃないと物足りないんじゃないかな?』
『だろうな。そんな大口径で鳥を撃つと喰える部分が何にも残らねェ』
『くまはねー、やくとうまいけど、なかなかいないんだよー?』
次第に日が傾き、あと一時間もせずに周囲は夜の闇に包まれるだろう。明日のダンジョン探索を意識してなのか、パイロットの面々は知らずしらずに昂っていたのだった。




