そうして二人は月を見上げる
ある日の夜。
「君に、伝えたいことがあります」
「はい、なんでしょう?」
「月が綺麗ですね」
「そうですね」
「……どうやら、伝わらなかったみたいですね」
「……はあ?」
「帰ったら、夏目漱石のことを調べてみてください」
翌日。
「調べましたよ」
「では、返事をいただけますか?」
「“わたし、死んでもいいわ”です」
「……はい?」
「帰ったら、二葉亭四迷のことを調べてみてくださいね」
翌日。
「調べました」
「そうですか」
「昔の日本人は、ストレートな表現を“無粋”だと嫌ったんですね」
「それにしても、なんて遠回しな比喩を使うこと!」
「では、ストレートに言いましょう」
「はい、そうしましょう」
「僕は、君を愛しています」
「私も、あなたを愛しています」
数十年後。
「今日も、月が綺麗ですね」
「わたし、死んでもいいわ」
「……もう、洒落になりませんよ?」
「まあ、無粋なこと!」
そうして二人は笑い合い、いつまでも月を見上げるのです。
【解説】(規定文字数に足りないため、駄文を少々)
乙女の生活とは微妙に違いますが、1Pモノの練習作でした。今回の課題は『会話のみで物語を作る』と『比喩の活用』です。比喩については、夏目漱石・二葉亭四迷の有名なエピソードを使わせていただきました。(教えてくれた某さまに感謝!)
【エピソード】
夏目漱石、二葉亭四迷の両先生が『アイラブユー』という言葉を翻訳するにあたり、直訳の「愛してる」を無粋(日本人には無い感情)だからと嫌って、
夏目漱石:「月が綺麗ですね」
二葉亭四迷:「わたし、死んでもいいわ」
と超訳した、というエピソードです。
この作品では、回りくどい告白をしたインテリ男性に対して、女性がウィットに富んだ返答をするという形で使ってみました。
(蛇足解説:ラストの数十年後は、まだ生きてる設定です。もうそろそろお迎えが来る年頃になり「わたし、死んでもいいわ」がシャレにならんぞーというダンナのツッコミに、奥さんが文豪気取りで「女に年のことを言うのは無粋」と対抗するという、仲良し夫婦の話でした)
なお『比喩の活用』という課題については、「月/死」の台詞を一度「愛してる」に置き換え、最後に元の意味へひっくり返すという使い方をしてみました。
【追記】
この作品は『月が綺麗ですね』という一連のエピソードが一般に知られていることを前提としております。エピソードそのものが真実か否か、等のご質問にはお答えできませんのでご了承ください。
作者自身、ライトな知識をもとに想像を膨らませて書いておりますので、深すぎるご意見を寄せられて困惑しております……申し訳ありませんが、ご配慮くださるとありがたいです。
↓作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
どうも、自分の作品が理解されにくいらしい……。特に、比喩の使い方が下手(細かすぎて伝わらない系)と自覚したため、「分かりやすい愛の告白シーンを掌編にしてみよう!」と思い立って挑戦。なぜ会話のみかというと、目配せとか、頬を赤らめるとか、そういうしぐさで愛を伝えることを封印したかったので。しかし……結果的には、とんでもなく分かりにくい作品になりましたっ。撃沈! (でも、大人の方からはそれなりに好評……嬉しいけど心境複雑っ)