Re3 魔法少女と聖王
異世界生活二日目には私は助けた人達と共に聖王国に着きました。
道中は思ったよりも長いものでしたが、日本に比べて自然に溢れるとてもいい景色をたくさん見られました。
魔物にも襲われなかったので仕事はありませんでしたし、それなりに楽しい旅……だったと思います。
ちなみに聖都アルルクと呼ばれるこの街は、非常に分かりやすく中世ヨーロッパな街並みで、所謂異世界ものファンタジーの定番みたいな町でした。
なのである意味見飽きた風景、あんまり面白くはなかったです。
そして今は四日目。私は一行の主であった貴族、ノワール侯爵の邸宅でお世話になっています。
「いやぁ……まさか貴族様だったなんて思わないよね」
助けた人がいきなり身分のいい貴族だったなんて思わなかった……。
だって思っていたよりは金銀ギラギラな感じじゃなくて、フォーマルな格好していたし。
馬車だって華美なものじゃなくてシンプル(?)な物だったし。
想像していた夢のある世界より、ちょっと現実的かも。
とはいえ、邸宅の大きさや外観、内装はどれも日本では目にすることの無いような光景であり、初めて見たときは土地が余ってるんだなぁとか、お金持ちってすごいなぁとか、つい平凡かつ日本人じみた感想ばかりがならんでしまったものだ。
と、色々と考え込んでいる、その時。
コンッコンッ
部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
「ミスミ様。お食事の準備ができました」
「あ、はい!」
私は呼ばれたのですぐに返事をして部屋を出る。
ちなみに名前で呼ばれているのはこの邸宅に来るまでの道中にノワール卿に自分の職業(?)が「魔法少女」であり名前は「三角廻」だと教えた為である。
教えた当初は名前を間違えたことをかなり謝り倒されたが、私が怒ってない、気にしなくていいと何度も繰り返すと、ノワールさんも理解を示してくれた。
「ミスミ様、どうぞ、こちらのお席に」
「はい。ありがとうございます」
食堂に着くと、この邸宅で私の世話をしてくれているメイドさんが席を引き、私が着席しやすい状況を作ってくれる。
正直、ここまでされると堅苦しくてあんまり嬉しくないのだが、ここに来てから3日、もう既に諦め、慣れ始めていた。
「おぉ、メグル殿、今日の料理こそは、メグル殿を唸らせて見せますぞ!」
そう言ったのはノワールさんだ。
ここに来て3日目だけど、実のところ、食事が口に合わない。
具体的に言うと、調味料が他に無いのか、料理が全部塩味で出て来る。
日本の家庭料理がどれだけ恵まれていたのか思い知らされているところであった。
まあ、流石に真正面から「マズイ」とは言わないし、実際マズイわけではない。美味しくないだけで。
とはいえ、どうしても満点の笑顔は出てこず、つい苦笑いになってしまい、彼にこのような言葉を使わせてしまっている。
ちなみに、出会った当初より若干彼の口調が砕けているのは神の使いという誤解が解けたことと、ここまでの旅(たった一日だけど)での交流が大きかったのだと思う。
「それで、メグル殿。考え直して頂けましたかな?」
「……んっく……ごくん……あの件ですか」
食事中は終始無言だったけど、食事が終わるとノワールさんから声をかけられた。
あの件とは、聖王様のことである。
「えぇ。ぜひメグル殿を聖王陛下にご紹介させていただきたい」
「うーん……」
正直この誘いには困っていた。
多分だけど、私の使命っていうのはこの世界を救うことで、恐らくは魔王みたいなものをを倒すことだ。
でも、この世界の事って何も知らないし、情報が欲しい。
でもでも、だからって王様に引き合わされて、一国に利用されるようなことは避けたい。
私は正義のヒロインで、魔法少女だ。
決してどこかに所属して利益や栄誉の為に、言いなりに力を振るう存在であってはいけない。
「その件はお断りしたはずですが」
なので私は一応、お断りをしていた。
幸い言葉も通じるし文字も読めるので知識は他でも仕入れられそうだし、何よりやはり利用するのが目的ではないかとちょっと勘ぐってしまう。
「そうですね……ですが、陛下はあなたに一度お会いしたいと申しておりました」
「王様が……ですか?」
王様が私なんかに何の用だろう。
も、もしかしてゴブリンを助けたから怒ってたりして……。
「メグル殿?」
「あ、あの。王様はどういった御用なんでしょうか? もしかして何か悪いことが……」
「それは私にもわかりません。ですが、もしかすると……」
「もしかすると……?」
「いえ、これは憶測でしかありませんね……しかし、悪いことはないでしょう」
「そ、そうですか」
まあノワールさんがそういうのなら……悪いことは起きないだろう、多分。
でも、この人ちゃっかり私を護衛に利用してるしなぁ……ちょっと不安ではある。
うーん。とはいえ、王様が会いたがっているとなると、無理に拒否したらそれこそ後が面倒なような気もしてきた……。
「仕方ないですね」
「では!」
「はい。王様にお会いしようと思います」
こうして、私は王様に会うことになった。
そして、三日後。ついに王様と会うことに。
ちなみにこれでもかなり早く予定を空けて貰えたらしく、それもノワールさんがこの国で結構有力な貴族であることが理由でもあるらしいと聞いたのは、メイドさんからだった。
えーっと、確か侯爵さまだったよね? 偉いんだっけ? 爵位とかよくわからない。
「緊張してきた……」
王城へ向かう途中の馬車の中、私はすこぶる緊張していた。
というのもこれから王様に会うというプレッシャーもあるのだが、それ以上に気になるのが服だった。
「大丈夫ですよメグル殿、何一つ変なところなどありません」
「そう、でしょうか」
この世界に来たときから私は魔法少女の時以外は高校の制服を着ていたのだけど、流石にその格好で王様に会うのは変かもしれないということで、ノワールさんの好意で私用にドレスを頂き、これを着ている。けど。
似合っているかどうかは別として、着なれない煌びやかな服で遥かに身分の高い人と会う……もう不安しかない。
「着きましたよ、メグル殿」
「うぅ……着いてしまった……」
しかしうだうだ悩んでいても時は進むし馬車も進む。ついには王城に着いてしまった。
それからもあれこれ考えている間に客間に通され時間が経ち、ついに謁見の時がやってきた。
謁見の間(王座の間?)に入ると、王座に着く王様と、その傍に家臣が複数人待ち受けていた。
王様も家臣の人も、皆基本的に金髪碧眼、容姿として特筆するところがなさそうな(人の事を言えないけど)顔ぶれ。
「そなたが噂の魔法少女、ミスミメグルか」
「は、はい」
王様の言葉に肯定の意思を示すと、王様、それに側近と思われるおじさん達に値踏みをするように観察される。うわ……居た堪れない。
ただでさえ着なれない服を着ているのもあるから、あんまりジロジロ見ないでほしかったりする。これならいっそ魔法少女の恰好で来た方が余程落ち着いた。
「余は聖王国のアルルクの聖王、アルバート・エリクシール。余もそなたの活躍は耳にしている。なんでも五十を超えるゴブリンを一瞬で倒し、卿の私兵もすべて無力化したとか」
「はっ、はひ!」
うっわヤバイよ。知られてるよ。しかも最初にこの話題だよ。
これ……怒ってる……? やっぱり。
「ふむ、嘘偽りはないか……流石は伝説の魔法少女と言ったところか」
「はい……はい?」
なんとなく魔法少女という点を肯定するつもりで頷いてしまったけど、何。
伝説の……魔法少女?
「伝説の魔法少女……ですか?」
「ふむ、そなたは知らないのか、知らずして名乗ったと言うのであればなるほど、本物と言う事か……?」
「????」
本物っていうのはどういうことだろう、偽魔法少女とか居るのだろうか。実際元の世界でも私を模した敵と戦った記憶はあるけど……。
「王よ、どうやら彼女は話を飲み込めていない様子、ここは私から説明してもよろしいでしょうか?」
「うむ、許可する」
「はっ」
そう言って事態の説明を買って出てくれたのは側近らしきおじさんだった。
見た目は三十代後半か四十代前半。灰色の髪に青い瞳。なんだかちょっと堅苦しそうな印象を受ける人物。この人だけキャラデザインが際立ってる感じがする。他の人が皆金髪碧眼だからかな。
「私はこの聖王国において宮廷魔術師の長をしている者、グレイスと申す。この度は同じ魔道を志すものとしてお会いできたこと、光栄に思います。異界の『魔女』よ」
「……はあ」
うん、もう既に不穏なワードが出てきてしまっている。
何、異界の魔女って……転生者だってバレてるっぽい上に、魔女とかいう若干悪い意味にも聞こえる単語まで入ってる。
「そう警戒しないでもらいたい。貴女は魔法少女、そうですな?」
「……はい」
「この世界ではかつてより言い伝えがあるのです『世界が混沌に堕ちし時、異界より魔道を極めしもの、魔法少女現れ、世界を救わん』と」
「そう、ですか」
「つまり、メグル殿、貴女が本当に魔法少女だと言うのなら、貴女は異界から来た魔女ということになる、違いますかな」
「う……」
どうしようこれ、肯定してしてしまっていいのだろうか。
本心としては嘘は好きじゃないし、吐きたくない。でもかといってこれを肯定して「魔女」として吊し上げとかされるのも怖いしなぁ……。
何せこう、なんていうか、世界観もよくある中世ヨーロッパ風なので、真面目に、かつシンプルに魔女狩りとかが怖い。
「まあ……その、はい。異世界から、来ました」
『おぉ……』
私の言葉に、問いを投げかけた魔術師含め、この場に居る人すべてが感嘆の声を漏らしていた。
「それはよかった。世には我こそは魔法少女と謀り、有権者に取り入ろうと言う輩が多いこと多いこと、本物であれば我らも安心して助力できるというもの……であれば、ですぞ」
「はい?」
「貴女の目的は、世界の救済ですかな?」
「えぇっと……まあ、多分、そうです」
「多分?」
私の曖昧な返事にグレイスさんの眼が怪しく光る。マズい、変な事言って敵視されたりしたら困る、かもしれない。
「ええっと、私もこちらに来てから日が浅いですし、この世界の状況も知りません。ですからまだ世界を救おうとか、そういうのではないというか……ただ困っている人が居たら助けたいなって……」
「ふむ」
私の言葉にまた値踏みするような視線を浴びせられる……なにこれツライ。
「でしたら魔王を討伐すると言うことになるのですかな、ならば――」
「待てグレイス。余はお前に状況の説明は許したが詰問を許した覚えはないぞ」
「はっ――申し訳ありません聖王陛下」
グレイスさんの質問攻めを止めてくれた国王様だけど、できればもう少し早めに止めて欲しかった。
「よい。して、メグルとやら」
「はっ、はい」
「実は余から折り入って頼みがあってな」
「なんでしょう?」
なんだろう、王様からの直々の頼み、きっとすごく大切な事……だよね?
「実は数日前、魔王軍幹部から通達があってな」
「魔王軍からの通達……?」
「うむ、その内容は余の娘であるフレデリカを攫うと言うものであってな」
「娘さんを……」
国王の娘と言うことはお姫さまだよね……その子を攫うって……。
もしかしてそのお姫様は魔王軍にとって厄介な力を持っていたり……あるいは魔族すら魅了する絶世の美女……とか?
というかそもそも、律儀だね、魔族。
わざわざ予告状みたいなことしちゃって。
「娘は親である余の眼から見ても見目麗しく、まさしく傾国の美女。恐らく魔王軍の幹部もその美しさに目を引かれ、欲しているのだろう……」
「なる、ほど……?」
なんかこう「余の眼から見ても」って言うのがすこぶる気になるけれど、それってただの親バカなのでは? って、思うけれど、でもまあ、そうか、うん。きっと美人なんだね。
「そしてその幹部が娘を攫いに来るのが、今日なのだ」
「そうでしたか、お姫様を攫いに、幹部が今日…………今日?!」
え、嘘、この展開、唐突過ぎ。
「うむ、そこで頼みと言うのは他でもない、そなたに姫を守り、幹部を打ち倒して欲しいのだ」
「…………」
ま、まじですか。いきなり魔王軍幹部戦かぁ。
「どうしたメグルよ、よもや余の頼みは聞けぬと申すか? それともそなたが助けたゴブリン共と同じく、命は取れない、戦えないと申すか?」
「えぇっ?! っと……」
流石に断れる雰囲気でも立場でもないか……ここで断って人類の敵とか言われたらそれこそ魔女狩りコース間違いなしだもんね。
それに、今回はお姫様を攫うって言う、悪いことをする幹部相手だ。そういうことなら……ね。
「わかりました、私でお役に立てるのでしたら――」
私がそう、王様に協力を約束した瞬間。
ドォオオオオオオオオンッ!!
王座の間に爆音が響き渡った――。
「何事だ?!」
明らかに尋常ではないその音に、王様や側近達から声が上がる。
すると直ぐに王座の間の扉が開き、兵士らしき人が入って来た。
「失礼します、陛下、魔王軍幹部が単騎で城門に出現! 現在聖騎士団が交戦中ですが……あまりの強さに既に死傷者が多数……」
「ついに来たか……」
どうやら本当に今日、魔王軍の幹部が来てしまったようだ……。
「魔法少女よ、先ほどの頼み――」
「はい、お受けします」
さっきまでは若干の迷いがあった、でも。
死傷者多数……その言葉通りなら、その幹部は人を殺した。ならそれを黙ってみている訳にも、知らんぷりする訳にもいかない。
私は――愛と正義の魔法少女だから。
ご読了ありがとうございました!