Re2 魔法少女の異世界進出
目が覚めると、そこは草原だった。
現代日本ではまず見ることがないであろう、無駄に広いだけの、利便性のない草原。
美しく光が波打つような緑の茂った、まるで異世界のような草原だ。
「って……異世界だったよね……ここ」
私は先刻、ズルくてちょっとウザい自称神様にこの世界に転移させられたのだった。
「んー! とりあえず前向きに! 生きてかなきゃ!」
悪との戦いに勝ち、それでも死に、神に騙され、異世界のいざこざにまで巻き込まれようとしている私だが、それでも前向きに生きてみようと思う。うん。
でもとりあえず、その前に色々確認していこうと思う。
持ち物とか、戦闘力とか、ホントに色々。
「持ち物は……うん、すごい、なーんにもない」
立ち上がって、自分の身だしなみ、持ち物を確認。
お金も無いし、スマホも無い。他にも色々、何にもない。
せいぜい、全裸じゃないくらいだ。服装はお気に入りの私服……ではなく、残念なことに高校の制服だった。まあ、学生服は造りがしっかりしていて丈夫だから、ある意味一着しかない状態なら、これが一番物持ちいい気はするけど、年頃の乙女的観点からすると、これはちょっとな、って思う。
まあ服装仕方ないね……他の事を確認しよう。
「確認。魔術は使えるかなっと」
とりあえず、魔法少女として最低限の能力を確認しておきたい。
これが出来なかったら私、ただのJKだ。
いや、今や高校生でもないからただの一般人……。
それどころか住所不定、職業自称魔法少女の痛い子だ。
「まずは魔光球」
私が手をかざすと掌に拳大の光の玉が出た。
これは単純な魔力の塊で魔術って言うには微妙だけど、これができれば最低限の攻撃はできるね。
「次は身体能力強化……っと」
これもできる。
この辺は変身してなくても使える簡単な魔法だから確認しておきたかった。
後は、他の魔術も確認するなら、変身しないと。
なんだけど。
「(きょろきょろ)」
うん、周りに人はいないね!
つい現代日本の癖で周りに人がいないか確認してしまう。
身バレの危険はないし。別にアニメみたいに全裸になったりしないからいいんだけど、やっぱりちょっと気になるよね?
「それじゃ。キュアライト、フォームアーップ!」
その掛け声とともに、私は変身した!
といっても、髪が伸びたり変色したりはしない。
ただ衣装がピンクを基調にしたマジカルでフリフリな可愛いものに変わるだけ。
後は魔力コントロールに優れた杖が出て来るくらい。
これがないと魔術が使えないわけでは無いのだけれど、よくわからない小難しい魔術式の構築とか解析とか諸々をやってくれるからあったら便利なアイテムだ。
『無限の愛と正義の魔法少女、めぐる! ただいま参上っ!』
キメ台詞と共に若干辱め、もとい恥ずかしめなポーズを決めて変身を完了する私。
こんな本当に誰も見てないところでもやってしまうのは変身がこういうものだからであって、仕方ないのです。ここまでしっかりキメないと変身がキャンセルされてしまう仕様なので。
「うんうん、元の世界と変化無し! これならちゃんとアレも使えるかな?」
と、思い、私が次に魔法の運用を試そうとすると……。
『ヒヒィーン!! ドカーン! ギャー! キャー!!』
「え? 何っ?!」
なんだかすごく物騒で、ちょっと聞き覚えもありそうな音が聞こえてきた。
これ、誰かが襲われているときによく聞いてた気がする!
「確認しなきゃ!」
確か神様はこの世界が悪の存在に悩まされているようなことを言っていた。
で、あるなら、私のやるべきことは一つだ。
「もし悪者に襲われている人が居るのなら、助けなきゃ!」
そう思い、空を飛び、声のした方へ空を駆ける!
「ここだ……」
下を見ると、複数の馬車とそれに随伴していたであろう人々が襲われていて、中には武器を持って応戦している人もいるが、どこも戦況は劣勢のようだ。
「っていうかあれ……」
人々を襲っている者の姿を視界にとらえると、それは見覚えのない……いや、正確には見覚えはあるけれど、実物を知らない生き物がいた。
人より小柄で鼻が尖っており、緑の体表をした小人……。
「ゴブリンっていうんだっけ、あれ」
そのゴブリンに今、人々が襲われていた。
確かゴブリンと言えばゲームでは序盤の雑魚敵……だったはず。
でもどう見ても状況は劣勢だし、もしかして本物ってかなり強い?
「って、そんなことより助けなきゃ……あ……でもっ」
もし、ゴブリン達にも事情があったらどうしよう……もしかしたら、あの人達が悪いことをして、それで怒ったゴブリンが襲っているのかも……。
でも…………でも!
「とりあえず! 争いを止めなきゃ!」
そう思い私は魔法を発動する。
「魔光球、魔術属性変更……属性物理……シュート!!」
私が魔術を発動すると、私の周囲に拳大の物質が複数作成され、それらがゴブリン達の顔面目掛けて飛んでいく――!!
「ぎおっ!?」
「ごぶっ!!」
「ぎぇっ!!」
私の放った魔術(物理)が直撃し、ゴブリン達が次々と気絶していく。
……気絶してるよね? 死んでないよね?
などと私が心配していると、武器を手に持った人達が動き出す。
どうやら、最初は何が起きたのかわからずに戸惑っていたようだが、ゴブリン達だけに被害があると見るや、とどめを刺すために動き出したようだ。
「ダメーーーー!!」
私は大きな声で叫ぶと、ゴブリン達にとどめを刺そうとした人達をバインドという魔術で拘束した。
この拘束魔術なら、並大抵の者では抜け出せないはず。
事実、この魔術で拘束されて動けるものは一人も居ない様だ。
その様子を見てか、私の声を聴いてか、拘束されなかった無抵抗な人々が私を見上げる。
「なんじゃアレは……」
「まさか……神の使い?」
「でもあのへんな格好はなんだ……」
「神の使いなら我々の常識から外れた衣装でも不思議はないのでは?」
などなど、様々な声が聞こえて来る。なるほど、言葉は理解できるみたい。私の言葉が通じるかは別として、だけど。
ていうか、うーん……変なんだ。この衣装。
まあこの世界でもこの衣装が通用するとは思ってなかったけど、なんかちょっと恥ずかしくなってきた。
地球とは違う意味で身バレを防ぎたいかも。
「まあ……とりあえず降りて話を聞こうかな」
そう思い、私は地上に降り立った。
するとそんな私を神の使いと勘違いしている人達は私に群がり、崇めてきた。
そして代表らしき人物が声を上げる。
「おぉ……神の使いよ……我々無力な人間をお救い下さり、ありがとうございます」
「え、あぁ、はい」
本当は神の使いじゃなくて魔法少女なんだけど。
でも実際、意地の悪い神様の使いではあるし、間違ってもいないから今は否定しなくてもいいかな?
「神の使いよ……できれば我らの同胞を開放しては貰えませんでしょうか」
「同胞?」
そう聞いて彼らの仲間を拘束したままだったことを思い出す。
うーんと、こういう時は。
「……ゴホンッ。いいでしょう。ですが、私は無益な殺生は好みません。武器を下げなさい」
「ははーっ」
代表の者はそれだけ言うと、彼らに武装解除を言い渡し、再度私の前に戻り、跪いた。
そしてどうやら私の言葉もちゃんと通じているようで安心した。あの神様の事だからこういうの雑かと思ってたけど、そこはちゃんと仕事してくれているようでホントに安心。
「これでよろしいでしょうか、神の使いよ」
「えぇ、結構です。それではバインドを解きましょう」
そう言い、私は拘束魔術、バインドからの抵抗を止めた彼らを自由にしてあげた。
その後も様子を伺っていたが、皆、不承不承ながらも武器を仕舞い、私のもとに集った。
なんだか周りを囲まれて、跪かれて、祈られて……我ながら居た堪れない気分。
「それで……神の使いよ」
「待ってください」
「?」
私が彼らの言葉を遮り、止めると皆不思議そうな顔をする。
「私は神の使いではなく、魔法少女めぐるです」
さっきそれっぽい演技をしておいて今更だけど、やっぱりこれは居た堪れないので、正直に違うと言っておこうと思った。
「魔法……いやまさか……。マホー・ショージョメグル、ですか?」
「……はい」
なんか違うけど、まあいい。
イントネーションの違いはあれど、まあ多分、伝わっているだろう。伝わっていて欲しい。
「それではマホー様とお呼びしても?」
「い、いいですよ」
魔法って……なんでそこで切るんだろう……何か勘違いを受けている気がする。
「それでは、マホー様」
「なんですか?」
「何故ゴブリン共を殺さなかったので?」
「え」
それはさっきも言ったはず……私は無益な殺生は……。
「かの者らは魔王によって生み出された悪意ある魔物。何故お救いに?」
「それは……」
私を取り囲む皆から一斉に疑惑の目が向けられる。
うぅ……なんていうか、いきなり面倒なことになってない?
「無益な殺生は好みませんから」
「無益ですか……とてもそうは思えません」
「……私は彼らの事情も、また、あなた方の事情も知りません、ですが、両者の命は救いたいと思いました、間違っていますか?」
私の言葉に、皆ざわつく……。
この世界ではきっと魔物は殺されて当たり前の存在なのだろう。
今回は事情を知らなかったからとは言え……今更あの無抵抗な状態のゴブリン達を殺すなんてできないし……。
「いえ……命の恩人の決定を私共にどうして覆せましょう。今回はあのゴブリン達は見逃しましょう」
「……そう、ですか」
よかった。どうやら事なきを得たようだ。
でも、今回は……か。
つまり次はないってことだ。
私も、その心づもりで居るべきなんだろうか。
「それで、マホー様」
「はい」
「もしよろしければこのまま聖王国までご一緒いただけませぬか」
「聖王国?」
私が問い返すと皆一瞬きょとんとして、それから私の衣装を見て得心行ったという様子で頷いた。
「その装い、見慣れぬものと思いましたが、異国の方でしたか」
「え……えぇ。はい。そうです」
まあ、間違ってはいない。嘘もついてない。
紛れもなく異世界の、異国の魔法少女である。
「では是非とも我々の都である聖王国に! 此度のお礼もしたく……」
「あ、いえ、お礼は結構です」
私は彼らの言葉をにべもなく断った。
お礼と称して賄賂を食まされて働かされるのは嫌だ。
まあ、困ってる人を救いたいのは事実だけど、でも利用されるのはちょっと違う。
「そう言わずぜひともこちらの謝礼を受け取っていただきたく」
「えぇ……でも……」
言って、差し出されたのは麻袋。
中身は見たことの無い硬貨。これ、この世界のお金かな……。だとしたら結構欲しい。何せ無一文だ。
でもここで賄賂……もとい報酬を受け取れば次は何を……。
でも、でも…………うーん……まあ、いっか。
「では有難く受け取ります」
「ありがとうございます。マホー様」
私は名前も知らない彼から麻袋を受け取ると、魔術で別の空間に閉まっておいた。
それを見た人たちが「おぉ!」とか「神業だ……」とか言ってるけど気にしない。
気にしたくない。
「それでは、聖王国までご案内いたします」
「はい、ありがとうございます」
「いえいえ! こちらこそ助けていだたいた身ですから!」
そう言って低姿勢を保っているが表情には安堵の色が浮かんでいた。
あ……これ。
そこまで来て気づいた。
「(これ護衛に使われてる奴だ)」
でも気づいたときにはもう遅い。
報酬は受け取っちゃったし、今更国には寄りませんとも言えない。
ついでに他に行く先もないし……。
私は聖王国への道中を残った馬車に乗せられ、ガタガタと揺られながら進んでいく。
こうして私は、異世界に来てさっそく、助けた人たちにいい感じに利用されてしまったのでした。
ご読了ありがとうございました!






