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起源

――夢を、見ていた。


土の匂いと心地よい風が通る草原にあるエイリーン王国の外れにある小さな村。


力強く、博識な父。優しく、時には厳しかった母。どこまでもひた向きな兄。我が儘だけどムードメーカーだった妹。


――そして、空っぽだった私。


五人で村に家を立てて静かに暮らしていた。


父と母は朝から畑に出かけ、兄も父の後についていっていき、妹は趣味の手芸を朝からやっていた。私には何も出来なかった。


朝の仕事を終えた両親と兄妹たちと朝食を食べたら私は毎日家の手伝いをしていた。


そして、酷くいじめられていた。石を投げられ、殴られ、蹴られる事は日常茶飯事であり、襲われる事も度々あった。


誰も、助けてくれなかった。肉親も、私がエルフだからと見捨てていた。覚醒遺伝によりエルフとして産まれたのだから、仕方ない事だ、と父は言っていた。


当時から私は頭だけ良かった。理解して、理解して、理解して――下らない、と吐き捨てて距離を置いていた。肉体的には生きていても心は死んでいた。


ある日、村に盗賊が襲ってきた。私を押し倒してきた盗賊の腹を咄嗟に果物ナイフで割いた。

その瞬間、凄まじい快感と満たされていく感覚を覚えた。


耐え難い快楽に頬を緩ませ、ナイフを振るい盗賊たちを殺し、返り血を浴びながら恐怖で埋め尽くされる村を駆けた。


盗賊たちを見つけたら拾った剣で殺した。血飛沫を身体に浴び、笑いながら盗賊たちの悲鳴は私の心を満たしていく。


瞬く間に盗賊たちを皆殺しにして、盗賊たちに内通していた村人を拷問の果てに絞め殺し、高笑いと共に天を見上げて呟いた。


――ああ、ここでなら生きていられる。


その時から、私は定期的に盗賊たちのアジトを見つけたらたった一人で襲撃するようになった。


より効率的に情報を手に入れるために文字の読み書きが出来るようになった。より効率的に情報を探るために人の誑かし方を学んだ。より効率的に殺すため最適な武器を選んだ。より効率的に殺すために水の魔術を独学で習得した。より効率的に殺すために毒や薬の作り方も学んだ。


絞め方も、蹴り方も、殴り方も、投げ方も、切り方も、奇襲の仕方も、隠蔽の仕方も、拷問の仕方も、毒の調合法も、回数を重ねる毎に上手くなっていった。


誰かを殺すことで初めて生の実感を得た私にとって、誰かを殺すことこそが生き甲斐になった。血と惨劇の中に生きる場所を見いだしたのだ。


しかし、それも永遠には続かなかった。


偶然、近くの森に盗賊が来ていたから皆殺しにしていたことを幼なじみに見られてしまったのだ。


それを知った父は激怒し小柄だった私の襟を掴み上げて壁に叩きつけられた。その時は母も、兄も、妹も、誰も私の味方をしてくれなかった。


その後、父は「危ないことをするな」だの「人を殺す事は悪いこと」だの言っていた。父の説教の中、反論するように私は言った。「正論の物差しで計るな」と。


人を殺すことで心が満たされる。それは周りから見れば狂人でしかない。だが、私にとっては初めて満たしたものだった。それを周りの物差しで計られ、外から妨害される何て許し難かった。


――この日、初めて父と大喧嘩した。


殴り方も、蹴り方も、投げ方も、頭突きの仕方も、タックルの仕方も、何もなっていない父を屠るのは簡単だった。


けど、数の暴力には勝てなかった。


その後、私は兄妹たちに取り押さえられ、考えを改めるまで家の地下に閉じ込められることとなった。


「変えれる訳、ない」


何も見えない暗闇の中を涙を流しながら結論に達した。


その結論に至った瞬間、私の中にあった枷が外れた。「知り合いを殺さない」――最後の枷が砕けた瞬間だった。


だから、更正したように見せながら、隙を待った。待って待って待って――一三歳の夏、大きな隙が出来た。


盗賊たちが再び村を攻めてきたのだ。


常に隠し持っていたナイフで盗賊を殺し、魔術で、拳で、蹴りで、縄で、盗賊たちを殺しに殺しまくった。


そして、盗賊たちを皆殺しにした後、村の中央にある広場に集められた生きている村人たちに落ちていた剣を拾って近づいた。


「助けて当然だ」――そう、ふざけた事を抜かしてきた村長に怒りを滲ませながらその首を剣で切り落とした。私に対する暴行を肯定していた村の長は、あっさりと死んだ。


そこからは私の一方的な虐殺が続いた。武器の正しい振り方も握り方も、戦いに対する経験も知識も足りない連中を殺すのは盗賊以上に簡単だった。何故なら――六年前よりその命を狙っていたのだから。


最後に、自分の肉親たちに血で濡れた剣を向けた。


「なぜこんな事を」――脚を震わせながら剣を向ける父は言った。


「お願いだからやめて」――涙を流し地面に額を着ける母は言った。


「いい加減にしろ」――怒りに顔を赤くしながら剣を向けてくる兄は言った。


「お姉ちゃん」――泣きじゃくりながら地面に座り込む妹は言った。


四人それぞれの反応を見定め、私は剣を握りしめ、恍惚な笑顔で、告げた。「お前らは私の生を否定した。なら、否定される覚悟を持っての行いだ」――と。


そして、手の力を抜き、剣を捨てた。それと同時に魔術を発動し、四人の身体を肉塊へと変えた。

静寂の村の大地に広がる血溜まりの中を裸足でヒタヒタと歩き、空を見上げて、呟いた。


「……世界というのは、私にとっては地獄でしかない」


異物を廃絶する世界何て、壊れてしまえ――それが、私の願いだ。



……久方ぶりに、懐かしい夢を見た。


宿のベッドの上で上半身を起こす。その瞬間、塞いだ傷の痛みが押し寄せる。


「ッ――!!」


やはり、これは慣れない……な。


完全に塞がり、傷痕すら残していない身体にある痛みを頼りに傷を撫でる。


回復薬――エリン名義の『カード』に残っていた傷を完全に塞ぎ、見た目元通りにする魔術を組み込んだ薬の効果は強力だが、痛みだけは取れない。


それだけ傷が深かったと言うわけか……咄嗟の判断で傷口を凍らせて正解だった。


滲むような痛みが伝わる身体を起こし、簡素な藍色の服とズボン身につけ、認識阻害のマント型の魔術具を被り窓から宿の外に出る。


街は復興の真っ盛りで大工たちの声や金槌の音が響いている。


『タイラント』の傷跡も一、二週間で元通りになるだろう。その間に私もここから立ち去るのが得策か?


「リュウ様!サインを下さい!」

「リュウ様、握手を!」

「あはは、ちょっと待ってね」


……リュウ?


街を歩いていると、ちょっとした人だかりが出来ているのが見える。気配を消し、隠れるようにその中を覗く。


「……!」


みーつけた。


人だかりの中心には、昨夜戦い、そして私が負けた青年が淑女たちの黄色い声に対応していた。


そのとなりに尻尾のような髪の束ね方をした青年と同じく黒髪の少女が不満げに杖を持って立っていた。


二人に目を合わせられる前に人だかりから抜け出して立ち去り、適当な場所で立ち止まる。


今は、駄目だ。今はあいつらを殺せない。殺すのなら、もっと確実に、もっと痛め付けてから殺す。


何故なら、あいつらの眼が酷く気に食わないからだ。


この世界に希望を持っている瞳。この世界で幸せに生きれる者の瞳。凡人が想像する幸せを実現できると信じている瞳――全く持って、反吐が出る。


あいつらは惨劇を知らない。


あいつらは地獄を知らない。


あいつらは悲劇を知らない。


あいつらは異端の幸せを知らない。


あいつらは――私のような怪物を知らない。


ならば、私が全てを演出しよう。この命に変えてでも、この世界の醜さを残酷な惨劇と共に表に露呈させよう。


それこそ、蹴りあげられて舞い上がる土埃のように。


私を否定し、怪物へと変えさせた世界を肯定する者に、血の惨劇を与えん――!


天下の往来の中で決意を固め、私は裏路地に入っていく。


あいつらの情報が必要だ。徹底的に調べるためにも『鼠』を使う。少し割高だが――致し方ないか。


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