惨劇、邂逅
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「どけ!私が先だ!」
「ギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「魔術師を配備しろ!火力で押し潰せ!」
咆哮、悲鳴、絶叫、怒声。
私が街に解き放った『タイラント』は感情の赴くままに建物を破壊し、等しく生きる者に死を与えていく。
心神教の教会。備え付けられている時計塔の頂上にある鐘のある台座に座りながらワインをグラスに注ぎながら眼下の光景を見下ろす。
より肥大化し五メートル近い巨体になった『タイラント』に探検者やこの街を守る兵士たちが魔術を唱え、当てていく。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」
大きく身を焦がした『タイラント』は大きくのけぞり、咆哮と共に後ろに下がる。
中々の威力ね。魔術としての火力はそこまでだけど束ねればそれなりの力にはなるか。まさに連携で個以上の実力を出す。探検者らしい連携ね。
でも、それだけではダメだ。それだけでは殺せない。
『タイラント』の身体から煙が出始め、傷が塞がり焦げた箇所は元の緑色の肌へと戻っていく。
『タイラント』には心臓の部分にコアがある。それを破壊しない限り再現なく再生する。
開けている眼が金色に輝き、様々な色の魔力、そしてその流れを視認する。
エルフの瞳は生まれつき魔力を視認できる。その中でも白目の部分が黒い者はより精密に魔力を見透せる。
気味の悪い見た目のせいで迫害を受ける事もあるらしいが……私からしたらどうでも良い話だ。興味がない。
街に広がる惨劇を肴にワインを飲み、観賞する。
私は毒に対応できるよう身体を調整していたせいかどんなに強い酒を飲んでも酔い潰れる事は勿論、身体を火照らせることも出来ない。
「ん……?」
こちらに向かってくる炎の砲撃に私の術式が反応して障壁が防ぐ。
流れ弾……?それにしてはここまで距離があった筈だけど……。
「いいや、違うか」
連続で飛来する魔術の攻撃にイラつきながら障壁で防いでいく。
誰かが気づいたか。でも、私にとってはその程度、些事でしかない。
塔から飛び降り、屋根に降りると同時に迫ってきていた剣士の剣を『シルバーサン』で防ぐ。
人数は二人。この剣士と魔術師。剣士の方は中肉中背のここら辺では珍しい黒髪黒目、だがパットしない平凡な顔立ちの少年。だが、見える魔力は私と比類する程に強く多い。
魔術師の方は距離があるから分からないが、流石にこの剣士に並べる程の実力者だろう。
「お前がこの騒乱の元凶か?」
「さて、どうかしら。そうだと言えるしそうではないとも言える」
確かに私はこの騒乱を引き起こした。だが、その切っ掛けはこの街に蔓延っていた悪が暴発しただけに過ぎない。私という悪以下の悪は惨劇をもって滅ぼされるべきなのだから。
「お前のせいで……どれだけの人間が死んだと思っている!?」
「さあ?私にとっては関係のない話だと思うのだけど」
剣を振るわせる剣士は剣を振るわせて屋根を蹴る。大振りの振り下ろしを『シルバーサン』で軌道を逸らし、出来た隙を右足で蹴り飛ばす。
「がっ……!?」
「雨の日に私に勝負を挑んだ時点で……敗北しているのよ」
屋根に転がる剣士に向けて左手を軽く振るう。その瞬間、屋根を濡らしていた雨は纏まり剣士に向けて刃を放つ。
「くっ……!魔術師か……!」
答える理由は、ない。
更に手を振るい剣を振るいながら逃げる剣士に向けて水の針を飛ばす。
剣士は針を剣の腹で弾き、逃げから一転し迫ってくる剣士に向けて腕を伸ばし、指を弾く。
その瞬間、辺りの雨水は凍結する。
「雨の日の私には勝てない。つまりはそういう事よ」
氷の彫像に変わった剣士に背を向けながら屋根から降りる。
さて、今は逃げるか。流石に向こうも押されそうだし……
「させ……るかぁ!!」
ッ!?何、この光!?
屋根の上から暗闇を照らすような不躾な光が照らされ咄嗟に飛び退く。
ちっ……あの剣士、何かしらの仕込みをしていたのか……!!
「――――――――」
理解できない言語が響き渡ると同時に光は収束し巨大な剣へと形を変えていく。
あの光は魔力。それが超高密度に圧縮されて剣が作られている。あれは、何だ。あんなものがあって良いのか……!?
そして、振り下ろされる。
「【宝瓶宮:水天の杯】!!」
全力で魔術を作り上げ光の剣を防ぐ。だが、光の剣は身体を切り裂き、鮮血を撒き散らす。
障壁が、盾が、破壊された!?
「くっ――――――!!」
歯を食い縛ると同時に遅れてきた衝撃で身体は吹き飛び、街の中の水路に叩きつけられる。
意識は……ある、か。
激痛で意識を強制的に持たせられながらも水路を泳ぎ岸に上がる。傷口を魔法で凍らせると辺りの気配を探る。
流石に……この辺りにいないか。
ここは『タイラント』が最初に現れた地点……あの酒場があった場所の近くだ。だから市民は避難してるし探検者たちも『タイラント』を追って移動している。この辺りに人がいないのは当然だ。
それにしても、何だったのだろうか、あれは。
橋の下に移動して橋の基板に凭れながら座り込み、あの光景を思い出す。
あの光は全て魔力だ。だが、魔力が可視化する程に束ねることは不可能に近い。脳の方が耐えきれないからだ。それを実現する……一体どうやって……。
ズキリ、と肩から斜めに切り落とされた傷が焼けるような痛みを放つ。
流石に、これは少しばかり治癒が必要ですね……。とりあえず、宿に戻りましょうか。
壁に手を付きながら立ち上がり、壁伝いに歩いていく。歩きながら、脳裏にあの剣士の顔がちらつき、軽く舌打ちをする。
あれは希望。どうしようもない悪に対し光を差し込める不躾な希望。私はあれが――心底気にくわない。
拳を握り、壁に叩きつける。じんわりと血が滲むが気にはしなかった。
気にする程の余裕は、もう私には残っていなかった。
雨粒を落とす空を路地裏で見上げ、大きく口角を上げ、嗤う。
あの光を潰す。あの光を私と言う悪をもって潰す。
惨劇を、悲劇をもってこの世界の罪を、その末路を提示しよう。私を否定したこの世界の悪をもって、あの剣士の希望を粉々に破壊する。
目標は決まった。もう手を抜かない。徹底的に破壊しつくす。
今回はお前の勝利だ、剣士。だが、次からはそうは行かない。その眼に、宴を焼き付けろ。