炎水演舞
「シッ――!!」
ルー=ガルーは地面を蹴り高速で接近してくる。
流石に、こっちも使わないといけないか。
腰に携えた純白の魔術具を抜き取り、ルー=ガルーの爪を防ぎ、左手に持った『ザバーニーヤ』を振るう。
ルー=ガルーは『ザバーニーヤ』を回避し、距離を取り壁を蹴り天井に上がり、天井を蹴って踵を振り下ろす。
水の障壁を出して防ぎ、右手に持った魔術具でルー=ガルーの腹を切り裂く。
「ヌッ……!?コレハ……中々ニ痛イモノダ」
「魔術具『シルバーサン』。もう一振のナイフであり、貴方たちの天敵」
これは魔力を通す事でモンスターに対して治癒不可能の攻撃を与える事が出来る魔術具だ。とある理由から私が持っていますが本来は心神教における封印兵器『銀翼十天』の一つに数えられている聖具です。
危険過ぎて封印されている魔術具と秘密兵器だから封印されている魔術具が私の手の中にあるとは……本当に皮肉ですよね。
ルー=ガルーが高速で振るう爪を防ぎ、受け流し、回避しながら二つの魔術具を振るう。
「ナルホド、母ナル迷宮ガ我ヲ上層ニ転移サセタ理由が分カッタ。小娘、貴様ハ生キテ返ス事ハデキン」
「元より、私も同じだ」
『ザバーニーヤ』を指揮棒のように振るう。その瞬間水の刃がルー=ガルーに向けて放たれる。
「【宝瓶宮:水天の煌】」
魔術を唱えた瞬間、ナイフの刃に水が纏わり付く。
水の刃を回避し接近してくるルー=ガルーに向けて『シルバーサン』を振るう。その瞬間、ナイフの刃に纏っていた水が『シルバーサン』を振った軌道上に浮遊する。
浮かぶ水に触れたルー=ガルーの胸が切り裂かれ、鮮血が飛び散る。
「ヌッ!?」
「【宝瓶宮:氷刑の包囲】」
咄嗟に飛び退くルー=ガルーに向けて魔術を唱える。氷の剣がルー=ガルーを包むように全方位に出現する。
「コレハ……!!」
ルー=ガルーが何かを言おうとしたところで氷の剣が一斉に放たれる。
私のオリジナルの魔術群【宝瓶宮】。水属性にのみに特化したが故の絶対的な応用力と防御力。その集大成とも言える術式の数々。愚物たちには一切見せていなかった本当の切り札たちだ。
複雑すぎて唱えなければいけないのがネックだけど、元から唱えながらの戦闘は得意としていたし問題となる程ではない。
「ククッ……!中々ニイイゾ!!【人馬宮:烈火演舞】!!」
嘘だろ!?
ルー=ガルーが炎が籠った爪を舞うように振るう。氷の剣はあっさりと溶け砕かれていく光景に唖然としてしまう。
まさか、魔術をモンスターが使うなんて……!このルー=ガルー、どんだけ規格外なんですか!?
包囲を突破したルー=ガルーの炎を逆手に持った『シルバーサン』の刃に水を纏わせて防ぐ。
続く爪の演舞のようにくるくると回りながら振るわれる炎爪を水を纏わせた二つの魔術具で防ぎきる。
このままじゃルー=ガルーの間合いだ。魔術の打ち合いに持っていく……!!
隙を見て大きく飛び退き、距離を取る。
「言イ忘レタガ、我ハ打チ合イノ方ガ得意ダ」
嘘……でしょ!?
「【人馬宮:焔ノ矢】」
「【宝瓶宮:水天の杯】」
指を向けたルー=ガルーの指先から放たれる焔の矢を円形の水の盾で防ぐ。
な、何て光線だ……!熱が魔法の上からも感じる程の熱量かよ!?
「【人馬宮:炎ノ雨】」
「【宝瓶宮:大海の大波】」
光線を放ちながらルー=ガルーが放った炎の矢を膨大な水で防ぎルー=ガルーに奔流を向ける。
「コレハ……!!」
咄嗟に飛び、天井の岩を足で掴み、水の流れに隙間を作る私を睨み付ける。
私が水属性の防御を得意としているように、このルー=ガルーは火属性の攻撃、更に言えば打ち合いを得意としている。しかも、オリジナルと思われる魔術群を扱う何て規格外にも程がある。
単純な火力なら向こうが上。でも、それでも私の守りは突破できない。
『シルバーサン』を一回転させると同時に水の奔流を凍らせる。含むような笑顔を向けながら『ザバーニーヤ』を振るう。
その瞬間、氷から槍が生まれ天井に向けて放たれる。
「チッ……!!」
ルー=ガルーは舌打ちしながら氷の槍を爪で粉砕し天井を走ってくる。
流石に、そこまでしてくるか……!なら、こっちも……!
『ザバーニーヤ』を縦に振るい氷の槍をルー=ガルーに向けて全方位から放つ。
「【人馬宮:烈火演舞】」
「【宝瓶宮:水渦の舞】」
氷の刃を焔の演舞で破壊し、氷の上に着地しながら舞の如く炎爪を振るうルー=ガルーに対応するように二振の魔術具に水を纏わせ打ち合う。
渦のように全方位から激しく振るわれる魔術具にルー=ガルーの爪は容易く対応してくる。
ちっ……、これもダメ……!やっぱり最良の状態でないと無理ですね……!
拮抗する打ち合いを演じながら内心舌打ちをする。
『ザバーニーヤ』、そして『シルバーサン』。どちらも強力な魔術具です。それは保証しましょう。
けれど、足りない。それだけでは、足りない。この二つに私は適合しているとは言え、私の魔術群【宝瓶宮】とは適合していない。
魔術具には多かれ少なかれ、杖としての特性がある。杖の特性は『適応する魔術の効果上昇』で、魔術師たちが杖を持つのはそのためだ。事実、私も『カード』の中に愚物たちとつるんでいた頃に使っていた杖を入れている。
この二つにもその特性はある。だが、この二つと私の【宝瓶宮】は適合していない。それが火力不足の原因となっている。
やはり、あれを入手しないといけませんか……!
魔術具でルー=ガルーの爪を大きく弾き、距離を取る。
「終ワリダ【人馬宮:焔ノ矢】」
「いいえ、終わるのは貴方だけです」
明確な隙にルー=ガルーは大きく口角を上げ、指を差す。それを見ながら、私は後ろを向く。
その瞬間、背後で凄まじい大爆発が発生し背中を熱が焼く。
まさか、ただ隙を作ると思ってましたか?流石にこの読み合いは私の勝ちです。
靡くフードを指先で押さえながら爆発した方向を見る。爆発の衝撃で地面や壁、天井はひび割れており威力の凄惨さを語っている。
ルー=ガルーは地面に大の字で寝転がっているが、まだ息はあるようですね。
「ククッ……極上ノ獲物ガココニイタトハナ……!」
「まだ喋れるのかよ。それで、どうしますか?」
私としては少し疲れた。流石に休憩を取りたいところだが、このルー=ガルーはどう対処しましょうか……。
「何、先程母ナル迷宮ヨリ通達ガアッタ。放置セヨトナ。我トテ不満ダガ、母ナル迷宮ノ通達ナラ仕方アルマイ」
ほっ……どうやら相手も今回は手を引いてくれるようですね。ここで殺せばどれだけの人間が死なないのか分かったものではないし、最高の環境ではない以上、楽しむ事もできない。向こうから手を引いてくれるのは願ったり叶ったりだ。
「暫ク上層部ニテ休息ヲ取ル。再戦スルノナラ探シ当テテ見ロ」
言うだけ伝えたのか起き上がったルー=ガルーはすぐに立ち上がり土を払う。
「ソレト、我ノ名ハ『ロウ』ト言ウ。貴様ノ名ハ何ト言ウ」
「……シルバよ」
「ソウカ。デハ、マタ合ウ事ヲ祈ッテオコウ」
大きく地面を蹴ったロウはそのままダンジョンの暗闇の中へと消えていき、辺りの剣呑な雰囲気は和らぐ。
はぁ……まさかのネームドモンスターとは思ってもいなかったわ。
ネームドモンスターというのはダンジョンがごく稀に出現させる規格外のモンスターの事で、その全てに自ら名を持っているためそう呼ばれている。
確かに、ロウも火属性の魔術【人馬宮】の使い手だった、本当に規格外のモンスターだった。
背後から近づいてきたホーンラビットを蹴り殺して回収し『カード』を起動し、指を動かす。
すると、空中に立体的な地図が浮かび上がり、赤い点が一つ点滅している。
『カード』には『地形記録機能』がある。位置情報も記載されてるし今日は通った記録を辿ってさっさと帰ろう。
……それにしても、本当に便利なアイテムよね、これ。一体どうやって作っているのか本当に知りたいですね。