昇進
全く……少し味気が無さすぎるのでは?
夕食の塩気のない野菜スープを飲みながら少しばかりうんざりとしたため息が漏れる。
一週間のペースを常に維持するために曜日ごとに食事が決まっているのは普通につまらないし味気ない。
『常に冷静で美人なシルバ』を演じるのも計画の一つだとはいえ、こうも食事が少ない上に味気ないのはストレスが溜まる。今回の計画において、私の役回りは『毒』。『杭』を集めているシルフィの役回りである『本』とサキュの役回りである『槌』を円滑に進めるための役回り。謂わば裏方だ。
何時もは表立って行動しているけど今回ばかりは裏方に徹する必要がある。何せ、今回の計画の基軸となるのは『魔導書』なのだから。
そのためには如何なる我慢もしなければならない。……とはいえ、これは耐えるのも一苦労だ。
「白薔薇のシルバさんですか?」
「はい、そうですが何か?」
食事の片付けをし終え風呂に入ろうとした時、食堂に入ってきた燕尾服を来た使用人に話しかけられる。
胸にある薔薇の色は黄。黄薔薇の使用人は主に役人関係の仕事をしている。それがここに来るということはおおよそ、昇進の連絡をするためだ。
「おめでとうございます、昇進です」
「……ありがとうございます」
私が黄薔薇から手紙が入った封筒を受けとると周りから一斉に拍手が沸き起こる。昇進する者は基本的に褒めるのが風習らしい。
まあ、私からすれば興味のない話なのだが。
さて、肝心の手紙は……と、これは厄介な仕込みをしているな。
私は手紙が入った封筒の表裏を確認して確信する。
一見すると何の変哲もない手紙だが、魔術が仕込まれているな。魔術師が見れば簡単に見抜ける程度のものだが、わからない連中からすれば簡単に引っ掛かる。
それに、使われている魔術も一度引っ掛ればアウトの『精神干渉魔術』の類か。
この魔術はその名前の通り被術者の精神に干渉する魔術だ。私の『パラジット』もこの類いだ。系統外魔術の中では比較的研究の進んでいる魔術だが、こうもお粗末だと使っている意味がない。
術式から見ると一時的に性欲を昂ぶらせる【魅了】か。……何を考えてこんなものを仕掛けているのか、キチンと問いたださないといけない。
魔力を流して術式を破壊して封筒から手紙を開ける。
「えっと、何々……?」
差し出し人は……あのルビアか。
さっさと読んでおこう。
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まずは昇進おめでとうございます。
貴女に目をつけて3ヶ月、やっと重い腰を上げてくれて嬉しく思います。
私も時間が足りないので手短に伝えます。貴女は私の側仕えになりました。
ふふふ、白薔薇から青薔薇への大出世ですね。
それでは、この手紙を読み終えたらすぐに来てください。
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あの女ぁ!!
私は手紙を怒りに身を任せ破り捨てたくなるが理性で押さえつける。
よくもまぁ巫山戯たことをここまで言ってくれるじゃねぇか……!地位がなければ計画そっちのけで殺していたところだ……!
「何て書いてあったの?」
「……ルビア様の側仕えになるようのお達しです」
「えっ!?それって凄く名誉なことでしょ!?」
ルーナの言葉とともに周囲にどよめきが走る。
ちっ……計画を進めれると考えればメリットだが、さすがに一気に飛躍し過ぎだ。悪目立ちどころの話ではないぞ……!
「それでは、ルビア様の部屋に案内します」
「分かりました」
使用人に連れられ私はメイドたちの間を通って寮を出る。
豪華絢爛の宮殿は夜は暗く、兵士たちが持つランプの明かりや窓から溢れる光しかないため不気味な雰囲気を漂わせている。
へぇ……タイミングや薔薇の仕掛けのせいで夜の探索は出来なかったがこうなっていたのか。暗闇に連れ込めば簡単に人を攫うことができそうだ。まあ、私はそんな事は理由もなくする事はないけれど。
「着きました」
「ありがとうございます」
連れてきてくれた使用人に頭を下げ、使用人が立ち去るのを確認するとドアを正面に見据える。
宮殿中央、宮殿に住んでいる王族たちが住む建物か。見た感じ部屋一つとってもかなり強固な魔術的な防御が施されているな。オーバーだが、このくらいやっておいた方が良いだろう。
深呼吸して渦巻く感情を鎮めるとドアを二回ノックする。
「入っても構いませんよ?」
ドアの内側からルビアの声が聞こえてくる。
了承を受け取るとドアを開ける。それと同時に目に入ってくるルビアの姿に顔を顰める。
「……何ですかその格好は」
「あら、良いでしょ?」
ルビアの格好は寝間着であろうネグリジェだった。だが、生地が薄く薄っすらと肌が見えている。服を着てないよりも破廉恥な格好だ。
部屋に入り、ベッドに座るルビアに近づくとルビアは自分の隣に座るよう促してくる。それに乗るとルビアは少し嬉しそうな表情をする。
「もう少し生地が厚いものを着たらよろしいのでは?」
「たまにはこういう服も良いとは思わない?」
「思いません。他のメイドたちは何も言わないのですか?」
「他のメイドたちはもう慣れてしまっているから何も言わない」
全く……この女は。
仄かに香ってくるシャンプーの匂いを嗅ぎ取りながらルビアを見る。
それと同時にルビアが両手で私の肩を押してベッドに押し倒してくる。
覆い被さるように四つん這いになるルビアは先程の表情から打って変わり、色に満ちた笑みを浮かべ舌舐めずりする。
「ふふふ……私の魔術で興奮して滾っているのでしょ?大丈夫、私もだから」
「……あの程度の魔術に引っ掛かるほど、私は愚かではありません。【魅了】、精神に干渉する魔術なら解かせて貰いました」
「やっぱり凄いですね……!この私の魔術を解くなんて」
あと、あの魔術を仕組んだのはやはりこいつだったか。
別段魔術を使って弾き飛ばしても良いが……手の感じからすると、武術は何も学んでいない事がわかる。受け身の失敗で怪我されても困る。
「いくつもの『結界魔術』で外部からこの現状を見ることができないようにしていますが、こうするのが目的ですか?」
「ええ。しっかりと貴女は私のものだとマーキングしておきたいのです。社会的にではなく、貴女の心に」
「私の心は私の物ですので。それと、一つ言っておきます」
「なんですか?」
「私は攻められるのはあまり好きではないんです。攻めて攻めて、攻めまくる方が好きなんですよ」
そういうと同時に魔力を当て、身体から自由を奪う。
リュウたちと戦った際にコツを掴んだ。何となくの技術から確実な技術に変える事が出来たのだ。
倒れてきたルビアをベッドに倒すとその両肩を私が両手で押さえつける。
「形勢逆転、ですね」
「えっ……か、身体が動かない……!?」
「ご心配なさらず、毒ではありませんので。でも、私の手から抜け出す事はできませんよ?」
艶かしくくちびるを舐めるとルビアは顔を真っ赤に染める。
今日は寝させるつもりはない。私の技術は女性から情報を抜き出すために技量を高める必要があったから、性癖混じりに伸ばしたもの。並の女ならヒイヒイ言わせる事ができるぞ?




