狐面の噂
窓を開けて暗い空を見上げる。
……また黒い雲だ。これも、呪いのせいなのかな。
窓を閉じ、ベッドに座り込む。
あの惨劇から約半年が過ぎた。セルディたちはグリューさんや国の支援を受けてあの街のすぐ近くの村で過ごしている。村では行く場所が無い人たちや探検者が村人たちの手伝いや街から来るモンスターの討伐を行っている。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「くそっ!?早く修道女たちの方に連れていくぞ!」
ああ、まただ。
窓では体から黒い血を流して悶絶する探検者を他の同業者が背負って街で唯一の教会に向かって走っていた。
あの街から溢れ出たモンスターは多かれ少なかれ『死の業』の魔力を宿しているらしく、魔力的な抵抗力が弱いとたった一匹のモンスターを殺しただけで、あの探検者のように黒い血を出してしまう。
国から派遣された調査隊の話だと、何者かが街の地下に広がっているダンジョンの最奥にあるダンジョンコアを汚染した上で、流れている魔力を『呪詛魔術』の一つ【デッドバーン】で呪詛に汚染させたらしい。
セルディにはあまり分からないけれど、一つだけわかった事がある。これをやったという事はとんでもない魔術師であるということだ。
最低でもあのダンジョンを踏破するだけの実力を持ち、高位の『呪詛魔術』を使える術者はそういない。聞きかじりの魔術の知識だけど、何となくそう思ってしまう。
「おはよー!セルディ」
「おはようございますリージュさん」
抱きついてきたリューズさんの腕を離させるとリージュさんが明るい笑顔を浮かべていた。
リージュさんは何時もはモンスター狩りをしているけど、昨日呪いが溜まってしまって倒れたから今日は安静にしている筈なんだけど……。
「安静にしている筈ではないんですか?」
「いやー、それがちょっと訳ありでね。あ、入ってきて」
リージュさんが手を叩くと入り口のドアが開いて褐色の女性が入ってくる。
この人は……確か、頻繁に教会に出入りしている人だ。何度か見かけた事がある。何時もどこか陰鬱そうな顔をして生きているか死んでいるのかも分からない雰囲気の人だ。
「身体を鈍らせないよう体操していたらたまたま会ってね。それで相談に乗ったけど私の手では無理そうだから少し頼みたいの」
「どなたですか?」
「ジェシカさん。高い実力を持ってる剣士なんだけど……昨日かなり苦しんでいたから見て貰いたくて」
「……セルディはまだ見習いだから無理だぞ」
薬師のお婆さんから『回復魔術』と『製薬魔術』の技術を学んでいるとはいえ、まだ見習い、まだ診断できるものではない……!?
セルディはジェシカさんに詰め寄り瞳に目線を合わせる。
「ジェシカさん、何の呪詛を受けたんですか?」
間違いない。この感じは何となくだけど分かる。リージュさんがよく身に纏っていた呪詛の感じとよく似ている。
ジェシカさんは少し戸惑いリージュさんに肩を掴まれる。
「セルディ、流石にいきなりすぎる」
「あ、す、すいません」
「いえ。……けれど、やはり分かるのか」
「はい」
ジェシカさんは周りを気にする素振りをしてセルディの顔を見る。そしてテーブルに片足を乗せズボンを捲る。
ジェシカさんの片足には黒い痣が巻き付くように出来ていた。
痣は百足のような形をしており時折蠢いている。
「ッ!?何ですか、これ」
「あの日、最奥で戦ったあいつに与えられた呪詛だ。あいつは【ノロイノニエ】と言っていた」
「【ノロイノニエ】……」
一度も聞いたことがないし見たこともない魔術だ。
「術者は誰ですか?」
「分からない。けれど、狐の面を被った二人組だ。一人は長身で美しい体型をした女、もう一人はお前くらいの背丈の少女だ」
えっ……?それって……いや、分からない。確定的な情報ではない以上疑う事はできない。
「魔術師じゃないから分からないが……その二人組がフェードをあの惨状にした。実際に私は見たからな」
「ッ!?」
ジェシカさんの言葉に息を飲む。
ジェシカさんに呪いをかけた人物が街を破壊した人……?でも、そうなると……一体何の目的で?
「それで、これは解けるか?」
「……無理です。この呪いは解けません」
ジェシカさんの問いかけを首を横に振って否定する。
この魔術は恐らく高水準の魔術だ。半人前どころか見習いのセルディの手では解呪なんて不可能だ。
「……分かった。ありがとう」
そう言ってジェシカさんは足を下ろして立ち上がり家を出る。
呪いについても勉強が必要かもしれない。……でも、それでも分からない事が多すぎる。
「リージュさん、さっきの呪いは知ってますか?」
「全く知らない。私は魔術に関してはさっぱりだからね」
リージュさんのあっけらかんとした答えに少しため息が出そうになる。
そういう意味でもセルディに頼ってきたのかもしれない。けど、これは本職に頼むべき事案だと思う。
「そういえばさっき狐の面を被った二人組だけどさ、探検者たちや行商人の間では少し噂になってるよ?」
「そうなんですか?」
思わず聞き返すとリージュさんは頭を縦に振る。
「そうだよ。西にある街……『バイゴーン』で狐のお面を着けた二人組の探検者が成果を上げているんだってさ」
「それって……」
セルディには分かるそれは恐らく罠だ。敢えて自分の噂を流す事で自分達の情報を知っている人をおびき寄せるものだ。
そうなると、多分目的はジェシカさんだ。二人組の片方はジェシカさんに奇妙な呪いをかけていた。それの効果は分からないけど、執心しているのは間違いない。
しかも、場所が『バイゴーン』となるとより複雑になるかもしれない。『バイゴーン』はフェードと並ぶくらい有名な街の一つ。しかも、あそこは王国の王家とも縁深い場所だ。
街の破壊者がジェシカさんを引き寄せる。しかも場所が王国の直轄地。
「何か、嫌な予感がする」
「だよねぇ……」
セルディたちがそう思っていると黒い雲から雨が勢いよく降り始める。
とんでもない悪意が、渦巻いている。そんな気がしてならない。




