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勇者問答

「【――執筆完了】」


シルフィの声と共に壁や床に膨大な量の文章が刻み込まれる。


本を閉じたシルフィはそのまま立ち上がり、壁を背に凭れていた私を見上げる。


「……この術式、一体何に使うの?」

「それはあくまで保険。面倒な連中が解呪しても問題ないようにするためのね」


『魔導書』の魔術の一つ【ライブラリィ】。図書館を意味するこの魔術は魔術をストックできる。シルフィがいる限り、惨劇は簡単に引き起こせる。


「……彼らは?」

「うん?……ああ、あと一分も経たずに最奥に辿り着く。私たちも最奥で最後のセッティングをするよ。セッティングは任せる。基本的に手筈通りにね。アドリブを加えてもいいけど私を殺さないように」

「分かってる。……師匠には恩義があるし、人手はなるべく減らしたくない」


『カード』から道具を取り出してシルフィに渡すとシルフィ本の中に収納する。


私とシルフィは通路を歩きすぐの十字路を右に曲がる。


「……誤差の範囲内では?」

「まあ、そうだよね」


曲がってすぐに大広間――最奥に出る。


最奥は壁や天井、床から水色の水晶が突き出た空間だった。中央には巨大な柱があり、その中にダンジョンの中枢、脳とも呼べる水晶玉が嵌め込まれている。


水晶玉の名称は『ダンジョンコア』。私が【邪悪収集】に使った水晶玉と同じものだ。


「それじゃあ、始めて」

「……分かった」


シルフィが柱の方に向かったのを確認すると私は仮面を外して『カード』に仕舞い別の仮面を取り出して着用し腰袋の中身を確認する。


うん、問題なし。これなら面白い事ができそうだ。


確認がし終えたところで大広間の入り口に数人の集団が入る。


「君たちは、探検者か?」

「ま、そう呼ばれているよ」


剣を構えて入ってきたリュウを私は笑みを浮かべながら睨み付ける。


私の剣呑な雰囲気に気づいた褐色の女――ジャシカが前に出る。


「ダンジョンでモンスターの横取りはご法度だけど、アンタ、私たちに敵意を持っているな?」

「ええ、貴方たちは私にとって敵なので」


言い切ると同時にジェシカが地面を蹴り接近してくる。


腰に装備した『シルバーサン』を引き抜いて振り抜かれる太刀を防ぎ蹴り飛ばす。


「がっ!?」

「ジェシカ!?」

「ジェシカさん!?」


蹴り飛ばされたジェシカが驚愕の声をリュウたちの近くにまで吹き飛ばされるがすぐに起き上がる。


まあ、殺せるほどの威力は無かったし。


「ちっ……!あの女、化け物だ……!気をつけろ、リュウ!」

「化け物とは心外な。私はあくまでただの魔術師だけど?」

「魔術師……!?ジェシカさんに匹敵する接近戦の技量を持っていて……!?」


まあ、見るからに後衛職のツキシマは驚くよね。


近距離戦で魔術を使う人はそれなりにいる。けれど、純粋な近接職に迫るのは極めて少ない。


ジェシカの前にたち剣を向けるリュウは私を睨み付ける。


「何者だ……お前」

「そうね、数日前の化物騒ぎと領主令嬢の狂乱に関わる者、と言っておこうかな」

「ッ!?お前がエミリアさんを!」

「ああ、あの人はエミリアって名前だったんだ。まあ、どうでも良いけど」

「ッ!?」


私の態度にリュウは青筋を立て怒りを露にする。


ホント、怒りやすいね。正義感が強い相手は挑発しやすくて助かる。


「エミリアさんは心神喪失した状態になってしまった。それを聞いてもどうでも良いと言えるのか!!」

「言えるよ。だって、私の事じゃないし。それに、そうなるよう私が仕向けたのだから」

「仕向けた……!?まさか、魔術か!?」


へぇ……まあ、神心教の人間がいるから聞いてても変ではないか。


「『刻印魔術』。本来の用途は道具に様々な魔術的な特性を刻み込む魔術だけどね。けど、使い方次第では人の人格も記憶も感情も簡単に作り替えり操り人形にできる悪魔のごとき魔術。まあ、教会に似たような技術が封じられていたのは予想外だけど」

「まさか、一年前にあった大聖堂の毒殺事件を引き起こしたのも……!」

「そう、私だ」


それを聞いたと同時にツキシマの隣に立っていたリューズが殺意を向ける。


「……秘匿していた様々な書物や危険な魔術具、薬品を手に入れるためだけにあれほどの惨劇を引き起こしまのか……!」

「うーん……まあ、それもあるけどね」


実際はそれはついで。本当の目的は……ただの腹いせに近いけどね。私、自分以下の下劣な悪は許せないし。


「……何で、そんな事をする。何故、罪のない人を陥れて殺める」

「楽しいから」


私は満面の笑顔で答える。


「――何を、言っているんだ?」


リュウは呆然とした表情を浮かべる。


まあ、どうしようもない正義の味方であるリュウには理解できないだろうけどね。


「肉を切る感覚が、苦痛に喘ぐ声が、絶望に染まった顔が、それらを作り上げることがとても楽しいからだ。だから私は人を殺す。だから私は心を穢す」

「――ふざけているのか?」

「ふざける?まさか。私は真面目に楽しんでいる。ああ、理解しようとしなくて良いよ。貴方は理解できないから」

「ッ――!!」


正義の味方面したリュウには私のあり方を理解できる道理がない。


「それじゃあリュウに質問だ。貴方はこの世界をどう見える」

「……綺麗な世界だ。目新しい事ばかりで、多くの人たちが笑顔で暮らしている、希望に満ちている、そんな世界だ」


まあ、そうだよな。


私はリュウの答えに心底同意して同時に煮えくりかえる程の怒りを覚える。


お前らから見た世界はそうだよな。


けど、私から見た世界は違う。どこまでいっても醜悪極まりないものでしかない。


「そう。なら一つ面白い事を教えてやる。……醜悪な地獄を見たことがないゴミが世界の本質を語るな」

「がっ!?」

「リュウ……えっ!?」


私の発言と同時にリュウとツキシマの身体から力が抜けたように倒れる。


全く……この程度の小細工で無力化できる何て予想外だ。もう少し周りに気を配れよ。


「何を……したんですか!?」

「ん?ああ、少し魔力を当てて身体から力を失くしただけだよ。数分もすれば元に戻る、魔術とも呼べない簡単な小技だ」


魔力の操作と制御は基本中の基本、その間に割り込むことで身体に一種のバグを引き起こす。


まあ、かなりの時間を割くことになるし制御に付け入る隙がないと意味のない話だけどね。


「ッ……!ジェシカさん、気を付けて下さい。彼女は少なくとも私たちの数段上の実力者です。魔力の隙を突いて無力化できるのはそういうことです」

「なるほどね……それじゃあリューズにいっておく。あの女は端的に言えば化物だ。少なくとも、近接では勝ち目がない。サポートがあっても意味がないだろう」

「……でも、ここで勝たないと」

「意味はない……!」

「二人、とも……!」


ジェシカとリューズが倒れた二人の前に出て得物を構える。


へぇ……まあ良いか。


シルフィがセッティングを完了させるまでの時間潰しだ、やってやるよ。

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