血の宴 終焉
「ここか」
『カード』の『マップ機能』を使い、街の中でも郊外に位置する建物の前に立つ。
建物は完全な正四面体をしており金属特有の無機質な光沢を帯びている。壁面には組合のマークである『剣を囲う十二の星』が描かれてはいるものの扉という扉が存在せず光を取り入れるどころか換気口すら存在しない。
辺りにはスーツ姿のギルド職員が剣や槍、弓、斧、ナイフと言った様々な武器を携えており、辺りの空気は物々しい。
まあ、仕方ないか。何せ、ここは探検者の監獄。この街で罪を犯した探検者はこの牢獄に収監される。
『カード』の表面に星を描くと画面から通知された情報が現れる。画面には殺人鬼を探検者用の牢獄に収監する、というものが写し出されていた。
これは探検者全員に送信されてい情報だ。まあ、この牢獄に入れられたのは私が【クサリバコ】でこの街の兵士たちを皆殺しにしたからだけど。
それに、こっちの方が私にとっては都合が良い。
誰も魔術で透明化している私を見ていない。だからこそ、こんな事ができる。
袖に隠していたナイフを取り出して地面に投げつける。地面に突き刺さると呪文を唱える。
「【闇よ将来せよ、地平の彼方まで。虫食いの虚構となれ】」
呪文の詠唱が終えると同時に魔力が滾り辺りの人間に黒い光が纏わり付く。回りついた黒い光は蛇のように絡み付き、目を覆う。
その瞬間、辺りを通ろうとした人間たちはみな一斉にここから離れる。一分もしない内に組合職員を除いて周囲から人の気配はなくなる。
人払いと五感誤認、常識誤認、ついでに魔術通信妨害の結界魔術【ルートゼロ】。一瞬で逃げ道をゼロにする軍用魔術。私が魔術に対象とした者以外は例え目の前で人間が死んだところで何事もなく通りすぎる事となる。
「これは……!まさか、【結界魔術】か!?」
「隊長!ダメです、『カード』が使えません!?」
「なにぃ!?」
向こうも対応しようとしているようだけど、無駄なんだよね。
水のベールを脱ぎ、組合の人間たちの前に姿を現す。私を見た組合の人間は直ぐ様武器を抜き、構える。
「貴様、確かこの街の探検者だな。この状況について知っているか?」
「ええ、知っているとも。何せ――」
それをやったのは、私なので。
無音の踏み込みと共に接近し腰から『ザバーニーヤ』を引き抜く。その瞬間、職員たちは一斉に飛び退く。
私は勢いのままに魔術具を振り抜き、監獄の壁に大きな傷をつける。
「この探検者か……!調子に乗る――」
「無駄だよ。【宝瓶宮:大海の大波】
着地と同時に魔術が発動し辺り一帯に大波を生み出して水没させる。数分後、私は魔術を解除し溺死した職員たちが地面に叩きつけられる。
規模と範囲を設定できるから便利なんだよな。それと……あーあ、服が濡れてしまった。何時もの白のワイシャツが身体をくっついて下着が透けてしまっている。ベタつくし、無駄に重い胸が見えてしまう。さっさと乾かそ。
水の魔術で服の水分を発散させると牢獄の壁に近づき、指先で壁に触れ、魔力を流す。魔力が壁に侵入すると同時に壁に赤い線が伸びる。
やはり、ある一定の条件を持つものしか入れないようになっている。けど、一々そんなのに構っている暇はない。
今度は掌を壁に当て、魔術を起動する。その瞬間、壁のロックが解除され中に通じる扉が現れる。
【刻印魔術】の本来の使い方は魔術を物や生物に刻むこと。しかし、私の場合はそれを『反転』させた。そのため私は自分が刻んだ【刻印魔術】以外も解除できる。
「名付けて【シュプリメ】と言ったところか」
開かれた扉を開けて中に入る。中は塔のような形状になっていた。上と下に螺旋を描くように壁に沿って道があり、中心は吹き抜け、その下がどうなっているのかは私の瞳では見えない。
へぇ……牢獄ってこうなっているんだ。まあ、私の場合そこまで意味はないけど。
刻んだ際に残った魔力を辿り、階段を降りていく。その壁をくりぬいて造られた牢屋の中から私を引き摺りこもうとする探検者の首を切り落としていく。
おおよそ、私の身体が目的なんだろうけど……まあ、私だって発育が良い事は理解しているけど、一々相手にするのも面倒だ。私はベッドに押し倒される事や深いキスをされた事はあっても操を許した事は一切ない。
牢屋の中の人間を魔術で殺していきながら目当ての少女がいる牢屋につく。
牢屋の鍵を水の弾で破壊し、中に入る。中では麗人は牢屋の一番奥で足を抱えて埋めており、私が近づいてもピクリとも動かない。
うんうん、良い感じに壊れてる。だからこそ、面白い事に使える。
艶かしく唇を舐め、麗人の手に傷をつける。僅かにピクッ!と反応するが麗人は頭を上げない。
『カード』から試験管を取り出すと麗人の血を中に入れる。底に溜まる程度に入れたら再び『カード』から乾燥した草、白い粉、ハート型の錠剤を中に入れ、魔術で生み出した水を試験管の半分くらい注ぎ込む。
乾燥した草と白い粉は多幸感を感じる事ができる代わりに精神が蝕まれ、最終的に死にいたる危険な薬の材料となる植物の葉と木の実を擂り潰したもの。ハート型の錠剤は媚薬。かなり強力で表の市場では出回らないものだ。
まあ、私は服用しないけど何回か裏側の人間や商会の人間に服用させて検証をして、効果は実証済み。
そして、これに……と。
手袋を装着して『カード』からバジリスクの頭を取り出して血を採取し試験管の中に注ぎ込む。
試験管に蓋をして魔力を注ぎながらかき混ぜると血の赤い色から光沢のある紫色に変わっていく。
「魔薬の材料に淫欲の薬、高位の触媒。そこに魔力が加わる事で魔薬リチェンジが作れる」
色が完全に紫色になったところで蓋を開ける。中からは吐き気がするほどに甘い臭いが漂ってくる。
中身の液体を麗人の頭から一滴溢す。麗人の頭に紫の滴が落ちる。
「ガッ!?」
落ちた瞬間、少女の髪の色が茶色から白に変色する。
少女は悲鳴と共に床に倒れ、頬を紅くし吐息を洩らしながら恍惚な顔で痙攣し始める。
それと同時に液体を全て麗人の身体にかける。
かけられた部分から肌から鱗に、一体化し足は蛇のような鱗に覆われた尾に変わり、物語に出てくるラミアとよく似た姿に変わっていく。
数千年も昔、とある魔術師が普通の女に欲望が抱けず、唯一欲望を抱いたのが物語に出てくる人間の姿をしたモンスターだけだった。なら、そのモンスターを作ってしまえば良い。そのために、その魔術師はリチェンジ――人間改編魔術薬を作り上げたのだ。
この魔術薬の効果は凄まじく、魔術師は夢にまで見た存在を作り上げる事に成功し満足し、その後、魔術師はとある国に製法を渡してしまった。
そこから、その国では多くの奴隷が魔物の身体的な特徴を得た存在になっていったという。
その奴隷と人間が交わり、生まれたのが獣人である。
獣人を作り出せる。それを危惧した教会はこれを『禁術』とし、製法を封印した。
まあ、それも私が皆殺しにした教会から盗んできたのだけど。
これの良いところは【製薬魔術】ではなく魔力を利用した魔薬である事。つまり、【製薬魔術】が使えなくても作れることだ。
まあ、ラミアを造ることが目的ではないけど。
麗人がラミアへと姿を変えると私は四方にナイフを投げる。地面に突き刺さったナイフは青い光を放ち、ラミアを囲う。
戸惑うラミアに笑顔を向け、艶かしい笑顔を向けながら中指と人差し指を立てて詠唱を始める。
「【四方に檻、四の扉は閉じられた】」
青い光は縮小し始める。
「【罪の天使、罪を抽出する】」
ラミアの体から赤いもやが吹き出し結界に吸収されていく。
「【罰の天使、永劫に苦しみを覚える】」
痛いのかラミアは青い半透明の壁を叩き始める。しかし、壁はびくともせず更に縮小していく。
「【死の天使、巨大な個を押し込める】」
結界は縮小していき、指で挟める程度の大きさに変わったところで止まり、結晶化する。
この魔術、他の結界魔術と違って詠唱しながら魔術が発動するから少し感覚が狂いそうになる。
私は詠唱を終えると結晶化した結界を拾い上げる。
この魔術の名前は【ジョリーロジャー】。海賊旗を意味するこれは結界内の物体の圧縮する魔術だ。まあ、【結界魔術】では稀少な攻撃能力のある魔術だけど。
これはこれで、色々と役に立つ。持っておいて損はない。
『カード』に結晶化した結界を入れると私は牢を出て扉を開けて元の場所に戻る。地面に刺したナイフを引き抜き、私はさっさと歩き始める。
さて、さっさと逃げましょうか。捕まったら面倒だし。