支部内の喧嘩
翌日、私は『探検者組合』のフェード支部の建物の中に入り、受付に向かう。
『探検者組合』と言うのは世界中に点在するダンジョンと呼ばれる迷宮を管理、監視する世界中に支部のある巨大組織だ。
私の目的はそこの『カード』と呼ばれる魔術具でこれがあるだけで国を渡る際の金を取られなくてすむのだ。まあ、幾つか条件が必要だけど。
流石に新しい人生を歩むために『エリン』で登録したカードは使えない。新しく『シルバ』で登録しなければならない。
「依頼ですか?新規登録ですか?」
「新規登録」
「畏まりました。では、暫くお待ち下さい」
受付嬢が奥の方に立ち去っていくのを確認していると背後から肩を叩かれる。
「おいおい、嬢ちゃん。悪いことは言わねぇ、あんたにゃ『探検者』は無理だ」
「……面倒ですね。では、試しましょうか?」
肩に手を置いた男の手首を握ると同時に手首の水分を力業でカウンターに叩きつける。
「がっ!?」
「立ちなさい。この程度なら、職員もきませんよ」
少なくとも、殺しが起きない限りは職員は動かない。組織の職員たちは基本的に放任主義である事は分かっている。
「へ……分かってんじゃねぇかクソアマ!!」
立ち上がり、殴りかかってくる男の拳を受け止め、握りしめ引き寄せて膝蹴りを顔面に叩き込む。
顔から血を垂らす男の手が服を掴み、そのまま引き寄せられ頭突きを額に叩き込まれる。
「でも、残念」
「~~~~~~!?」
硬い仮面にぶつかった痛みで悶絶する男の頭を右手で掴み上げ併設された酒場の方に投げつける。
ガシャン!!と言う音と共に机に落ちた男はその机に置かれていた木のジョッキや皿の食べ物で汚れながら気絶する。
「このクソアマ!!」
さて、潰しましょうか。
肴を無茶苦茶にされ激昂した男に接近するよりも速く身体を沈め、床を蹴り数歩で近づき回し蹴りを顔面に捉える。
「がっ!?」
地面に叩きつけられる男の頭を踏みつけていると背後から忍び寄る気配を感じとる。
やれやれ……何時もパーティーの後方にいた私に不意打ちは殆んど効かないのに。それを知らないというのは哀れでしかない。
大柄な男の拳を僅かに身体を逸らして回避しながら腕を掴み顔面に拳を叩き込み気絶させる。
「【ウィンドエッジ】!」
飛来する風の斬撃を飛び退いて回避しテーブルの上に乗る。
風属性の魔術師か。けど、魔術名を唱えて行っている時点でたかが知れている。魔術師見習いかな。
「【ウィンドエッ
「遅い」
近くのジョッキを蹴飛ばし、詠唱していた魔術師見習いの顔面に当てる。
背後から振り下ろされる剣を一回転して横に逸れて回避し、肝臓の部分を打ち上げるように殴り付ける。
痛みで怯む男の顔面に掌底を叩き込み地面に叩きつける。
「ふう……」
「クソアマァ!!」
息をついていたら前からレイピアを持った男が眉間目掛けて刺突してくる。咄嗟に回避するが仮面に突きが入り、仮面が割れる。
あーあ……このお面、極東の島国で手作りされてる高級品だったのに……。まあ、まだ代えがあるから良いけど。
「死ねぇ!!」
「五月蝿い」
再びレイピアを突いてくる男の攻撃を避けるがフードが外れる。
「その耳……まさか、エルフか!?」
「あーあ、バレましたか」
まあ、最初からそのつもりだったけどね。
動揺と欲望を滲ませる探検者たちの表情を見ながら妖しく唇を舐め、内心ほくそ笑む。
別段私の正体を隠す必要もありませんし、何時かはバレること、なら最初から表に出しておけばそういう存在だと認識させれる。
喧嘩を行ったのは私に視線を向けさせ、私が正体を明かす時にその存在をより多く伝えるため。まあ、少しやり過ぎてしまったけど、余興にしては上出来だった。
それに、大陸中央部のこの国では南方の少数種族は極めて稀少価値がある。奴隷として売れば莫大な金が入る。それを見越して私を捕らえて奴隷として売ろうとする輩が出てくるだろう。
「それでは、新規登録の準備が出来ましたので奥の部屋に来て下さい」
「それでは、私はこれにて失礼します」
受付嬢の呼び声が聞こえたため他の冒険者たちに投げキッスをして奥の部屋に向かう。
さて……『カード』を入手したら早速この街のダンジョンに入ろうかな。そうすれば、付いてくる初心者狩りがいるでしょう。
あとは……ふふ、それは楽しみとしてとっておきましょう。
部屋の中央部に置かれたソファに座ると対面に受付嬢が座り、手に持った幾つかの資料をテーブルに広げる。
「まず、登録ありがとうございます。まずこれを渡させてもらいます」
そう言って受付嬢はエメラルドグリーンのプレートをテーブルに置き、私の目の前に進める。
「これは『カード』。どのような魔物を討伐したか、またどのダンジョンに挑戦し何階層まで到達したかを記録する魔術具です。また、組織に加入している事を表すもので、国を渡る際の税を免除されます」
知ってる。『カード』について知らない事と言えば製造方法くらいだ。
「しかし、一年に一度も『カード』を更新しなければそれは無効となります」
分かってる。さっさと話を進めてくれ。
「ダンジョンとモンスターには、『下級』『中級』『上級』と言ったランクがあり、探検者にも『下位』『中位』『上位』と言ったランクがあります。全員最初は『下位』スタートですので頑張って下さい」
「分かりました」
嘘こけ。貴族のボンボンは金の力で『中位』スタートが当たり前なのに何言っているのだろうか。
「それと、武器ですがこちらから支給品がありますが、何か持ってますか?」
「まあ、持ってる」
そう言って腰に収めていた少し反りのついた紫色の柄のナイフを取り出し、すぐに鞘に仕舞う。
組織の職員は全員が厳しい訓練と難しい試験を突破したエリート中のエリート、モンスターに長けた探検者を一方的に潰せるほどの実力者揃いだ。その知識も並みではない。この得物の正体に気づかれるのは面白くない。
「分かりました。では、活躍を願ってます」
そう言って私と受付嬢は部屋から出て、私は支部の外に出る。
さーて……さっさと行かせて貰いますか。