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血の宴 結末

「悪趣味ですね」

「そう?良いと思うけど」


少し高い位置にある家の屋根から、私とシルフィは地上で繰り広げられている殺人劇を見下ろす。


私がクスクスと笑うとシルフィは少し残念にため息をつく。


無論、あの麗人があそこまで残虐に人を殺しているのは私の【刻印】が影響している

【刻印】を肉体に刻む時、幾つか『命令』や『条件』、『性質』を加える事ができる。今回の場合、あの麗人に『夜の出来事の忘却』『夜の出来事に関わる認識の不可』『人殺しに快楽を覚える』『目につく人間を片っ端から殺せ』『リュウたちに殺されるまで何があっても殺されるな』と言ったものを刻み込んだ。これにより、あの麗人は人を殺すことを求める生粋の殺人鬼に堕ちたのだ。


そして、これをシルフィに見せているのはシルフィの適性を見るためだ。


復讐に取りつかれているシルフィが社会的な死何て非常につまらない手法で復讐を果たそうとしないか、それを確認する。


私は左膝を折り、頬杖を突きながらシルフィの方を見て尋ねる。


「それで、シルフィはこの惨劇をどう見る?」


シルフィは少し考えた後、確かな声音で答える。


「少なくとも、私のやり方ではありません。復讐に不純は不要ですので。殺人に関しては何とも。あくまで、自分の事ではありませんので」

「そう。まあ、それも一つの答えか」


復讐というのは大前提として無差別であってはならない。その考えはまあ、理解する事はできなくはない。何せ、その大前提を崩すというのなら、それは、復讐対象と同じ屑に堕ちると言うことになってしまう。


そんな外道に堕ちるのはシルフィからしたら死ぬ以上に屈辱的な事なのだろう。


……まあ、俗に言う狂人と呼ばれる人間は何かしらの美学――『拘り』を持っているものだ。それに拘るからこそ、狂人と呼ばれる訳だからな。


血に汚れる市場に横たわる一般人の死骸を眺めながらシルフィは私に尋ねてくる。


「ですが、何故このような惨劇を?」

「半分は趣味。もう半分は……当て付けみたいなものかな」


この殺戮劇はシルフィからすれば悪趣味極まりないものだろうけど、私からすればこれは非常に見応えがある。


悲鳴が、絶叫が、怒号が、少し遠くにいる私の耳にすら届き、辺りでは死にたくなくて這いずる探検者が同僚の魔術に焼かれて死に、剣で相手をする探検者は本来の実力以上の力を発揮する麗人に打ち倒されていく。


その姿を見ているだけでも心が踊る。あの中に入って多くの探検者を血祭りに上げたいところだけど、今回は我慢しないといけない。


「それに、あいつらに対する当て付けとしてはとても良い惨劇だと思うぞ」

「……そのあいつらというのは一体どこのどいつですか?」


おっと、言ってなかった。


「まあ、端的に表すのなら……常識という物差しでしか計れない無知な存在と言ったところかな」

「確かに、それは許せませんね」


まあ、これで分かる訳だから普通の生活では生きれない私たちがどう言った人間かよく分かるよ。

さて……と、やっと来たか。


遠くから走ってくるリュウと呼ばれた青年に確認し、目を細める。立ち上がりと『カード』から狐の面を取り出して装着する。


シルフィには事前に渡してあるから問題なし……と。後は万が一に備えておくか。


『カード』から蛇の王の頭を取り出し、断面から流れる血を右手の人差し指に漬ける。


単純に気配を消すだけでは駄目だ。そうなれば、向こう側から観測できないよう結界を張るのが正解だ。


屋根に拳大の円を描き、中に六芒星、円を囲うように八芒星を描く。そして、この紋様を囲うように文字と数字を書いていく。


「【八つの星よ、六つの星よ、空を区切り隔絶せよ】」


詠唱を唱え終えると陣に右手をつき、右に三時方向に捻る。


その瞬間、私たちを囲うように空気が揺れる。そして、すぐに見えなくなる。


さて、これで結界は完成した。いやー、『結界魔術』は戦争に使われるものだから様々な研究がされていて助かる。何せ、使用用途に応じて様々な種類があるわけだからな。


揺れた箇所を触れるシルフィに私は少し微笑み、バジリスクを『カード』に仕舞うと、力を落として座り込む。


右手を見れば、肌が毒々しい紫色に変色しており、腕にまで達している。痛みを感じるが、私は冷静に思考する。


やはり、かなり毒が回っている。バジリスクの血は最高位の触媒であり猛毒だと言われている。こうなるのも当然か。


私の右腕の異常に気づいたシルフィが慌てて、


「師匠!?その腕は……」


「あー、大丈夫だから問題ない。ほら、始まったしそっちを見た方が良い」


汗ばみながら、無知な者たちの方を左手で指差すと、シルフィの意識はそっちに割かれる。


その隙に『ザバーニーヤ』の刃の先端を腕に当てる。すると、腫れは治まり、身体の表面に隆起した血管は戻り、毒々しい肌は元に戻る。


この『ザバーニーヤ』の特性上、あらゆる毒を生み出せると同時にあらゆる毒を無毒化できる。


これは所謂、『反転』と呼ばれる現象だ。魔術具に稀に現れる現象で一つの魔術具が真逆の特性を持つことで、『ザバーニーヤ』は全てがその特性を持っている。


これのお陰で毒はほぼ完全に無力化できる。まあ、そもそも当たらないけど。


「師匠、この魔術はなんですか?」

「【無有縮地】。軍用魔術だよ」

「軍用……魔術?」

「一般的な探検者や傭兵が使う魔術とは違い、対人に長けた魔術のこと。主に各国の軍で使われている。多くの軍用魔術は各国の軍が共有しているけどこれのような秘匿されている切り札は軍事機密に指定されている」

「なんでそんな事を知っているんですか……」

「何、昔とった杵柄さ」


正確には、元のパーティーの愚物どもと一緒にいた時の、だけどね。


指を弾き空間が揺れると同時に視点が移る。僅かな意識のタイムラグの後、私たちはリュウたちと殺人鬼の戦い間近の位置に立つ。


【無有縮地】は位置座標と結界を張った場所の位置座標を擬似的に入れ換える魔術。擬似的に、というのはあくまで移るのは五感だけで肉体は元の地点から動いてないからだ。


しかし、それは偵察に極めて使える。何せ、結界を張ればどこへでも行くことができ、情報収集が本当に簡単にできるようになる。その上、肉体の方は極めて強固な結界で覆われ、視覚、魔力的な索敵でも確認することはできない。


メリットがあまりにも大きかったから情報を消すためにこの魔術を生み出した国の王に【刻印】を刻み、暴君に仕立て上げ僅か半年で国を崩壊させた程だ。


さて、そろそろ聞こえてくるかな。


「何故だ!何故君がこんな事を……!」

「そうです、何故貴女がこんな非道を……!貴女は騎士に憧れていたのではないのですか!」

「アハハハハハハ!知らないし興味もない!それよりも殺す!!」


麗人はリュウと剣戟を結び大きく離れると同時に空いている左手の籠手でジェシカの刀を防ぐ。


続くジェシカの猛攻を身のこなしで避けると火や水、風の玉が麗人の元に殺到し爆発する。


「きゃあ!?」


身を伏せるシルフィに呆れながら、私は目の前を見る。


「問題ない。ここは戦闘の被害がこっちくる事はない」


それに、この程度で死んで貰っては困る。


沸き上がる土煙が切り裂かれ、ボロボロの鎧を身に纏った麗人は笑顔を絶やさずにリュウに斬りかかる。


「くっ……!」


リュウは光を帯びた剣で防ぐが続けざまの拳が胴に入る。


「がっ……!」

「キヒ!」


身体をくの字に曲げるリュウ、その顔面に麗人の鋭い回し蹴りが入る。


「ごっ……!」

「【ヒール】!」


剣を地面に刺して立ち上がるリュウの身体に白い光が入り、リュウの傷を癒す。


へぇ……回復魔術か。中々の手際だし慣れているのだろうな。ヒーラーは戦線を支える重要な役割、コンマ数秒でも遅れれば人が死ぬことすらありその職に就いている者は少ない。


回復に斥候、魔術師、剣士……改めて見てもバランスが良い。


リュウが地面を蹴り麗人の間合いに入ると同時に麗人が鋭い突きを放つ。リュウは身を回転させ頬が擦れる程度の距離で回避する。


「はああ!!」


麗人の剣を弾くと麗人は咄嗟に飛び退く。しかし、麗人の身体を幾つもの稲妻の矢が走る。


「やっと、直撃しました……!」


見れば、ツキシマが杖を麗人に向けていた。


矢に射たれた麗人は力が抜けたように膝から崩れ落ち、リュウに抱えられ、地面に置かれる。


なるほど、雷の矢なら威力次第で麗人を無力化できるということか。


……つまらん。つまらんつまらんつまらんつまらんつまらんつまらん!!


こんな結末は予想以下だ!悲劇が、屈辱が、慟哭がない!そんなもの、ジャンク以下だ!


結界を解除し意識を元の場所に戻し、私はあいつらを見下ろす。


なら、こっちも裏技を見せてやる。


親指を動かして人差し指に触れ、物を指で弾くような構えをとる。


「し、師匠!?いったい何を」

「つまらない結末から反転させる」


麗人は私が予想以上に弱かった。まあ、私もそこまで期待していなかった。せいぜい、何かの手違いで殺され、心に深い傷を与えてくれればよかった。


しかし、麗人は殺されなかった。


なら、使い物にならない、使い物にならない玩具は壊さないといけない。


「【解除】」


指を弾く。たったそれだけの行為により麗人に刻まれた【刻印】は消し飛ぶ。


【刻印】をされていた記憶はそのまま残る。


つ・ま・り!!


「――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


絶叫。喉を千切れんばかりの麗人の絶叫が暴風のように街に響いていく。


麗人は髪を掻きむしり、膝から崩れ落ち、目から濁流の如く涙を流し、頭を何度も何度も地面に打ち付ける。勢いはどんどん速くなり、どんどん麗人の額は血で汚れていく。


あまりの豹変ぶりに驚いたリュウたちは麗人に駆け寄る。


「どうした!?」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!」


壊れたオルゴールのように謝罪するリュウたちの言葉は聞こえていない。身体を押さえて動きを封じるリュウたちの顔は困惑そのものだ。


それを見て、口角がつり上がりのがわかる。


数多の罪のない人間を殺したんだ、私のような人間以外は耐えれる訳がない。


「……悪趣味」


それを見たシルフィはポツリと感想を呟く。


確かに、悪趣味そのものだ。私としてもこの方法は好きではない。


けど、今回の場合そっちの方が面白い。


「さあ、撤収するよ」

「……良いんですか?あのままだと収監されますよ?」

「愛する者を殺し、罪のない人間をこの手で殺したんだ、もう普通の心を保てる訳がない」


想像絶するショックを受けた時、人の心は脆く砕ける。あれは最早ただ絶叫を奏でるだけよオルゴール、それなら壊すよりももっと使い道がある。


悲劇を終わらせない。それだけだ。

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