血の宴 下
「みーつけた」
タンスの服の奥に隠れていたメイドを掴み、引き出す。
恐怖で歪む顔を恍惚な笑みと共に逆手に持った『ザバーニーヤ』を振り払い、首を切り落とす。
うーん……これで五十人目かな。ちょっと疲れたな。まあ、いっぱい殺せるから別に良いけど。
血が付着したナイフを軽く振って血を払い、メイドの死体を放り捨てて部屋から出る。
流石に、もう生きているやつの方が少ないか。気配も集約されているし、残った奴らが部屋に立てこもっているのだろう。
私は血で汚れた手を見て、その血を舌で舐める。
やはり、殺人は良い。人が絶望し、壊れていく様を見るのは快感がある。生きている実感がある。
「それじゃあ、最後の砦でも壊しに行きましょうか」
魔術で生み出した氷で天井を破壊し、二階に上がり、執務室の前に立ち、扉を開けようとする。しかし、開かない。
流石に鍵は閉じられているか。中の方を見たいし、少し魔術を使っておくか。
手を扉に奥と掌から水が垂れる。水は水銀のような銀の光沢を持っている。水は扉と床に出来ている極僅かな隙間に入り込む。
水は流体。形はない。つまり、隙間さえあればどこにでも侵入することができる。そして、水の魔術を使い続けた私は水を使って索敵する事ができる。それこそ、水面に写った魚影で漁をするように。
『だ、大丈夫なのか!?賊は打ち倒せるのか!?』
『大丈夫です、旦那様。ここはバリケードと土の魔術で扉の強度を高めております。留まっている限り、賊は侵入することはできません』
『それにね、お父さん。この私がいるんだよ?入ってきたとしても勝てるよ。それに、メイドたちもいるんだから』
ふーん……魔術で扉の強度を高め、奥にバリケードを張っている、といったところか。この奥にいる人間は十人くらいかな。
水面に響く波の音を聞くように中での会話を聞くと、水を下がらせる。
もう必要な情報は手に入った。なら、そろそろ動きましょうか。
扉から手を離し、私は口角を上げて右手の人差し指を扉に向ける。すると、私の周囲から水泡が空中に浮かんでいく。
私は水の魔術に名前を与えない。水とは無形。形のないものに名前という形を与えるのに意味なんてない。だが、これには意味を与える。つまらん感傷でしかないが、礎には名を与えねばなるまい。
「【フォンダメンタ】」
指を弾き、私は名を告げる。
水泡が壁に溶け込んだ瞬間、壁が音を立てず砂へと変わる。その奥では、唖然としているメイドと騎士風の姿をした麗人、そして肉がいた。
【フォンダメンタ】は触れた物質の水分をゼロにする。木に触れれば枯れ、土に触れれば砂に、人が触れればミイラと化す。
まあ、彼ら彼女らにはそんなの関係ないか。だって、私を殺さなければ殺されるもの。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
剣を引き抜き、バリケードを飛び越えて迫る麗人の剣を『シルバーサン』で防ぐ。
へぇ、剣筋に迷いがない。けど、恐怖の感情が拭いきれてない。
麗人の全力の猛攻を逆手に持った魔術具だけで防ぎ往なし、流していく。麗人が歯を食い縛り焦りを剥き出しにする中、それを嗤うように欠伸する。
恐怖は時に人の心を縛る。そこに、私が嘲るような行動をすれば、相手は勝手に焦りを加速させる。そうなれば、相手は本来の実力が出る訳がない。
剣戟を円舞曲を踊るような足運びで躱していく。
さて、実力は見させてもらった。十二分でとても面白い事に使える。
麗人と切り結びながら、問いを尋ねる。
「そういえば、貴方は何故私と戦う」
「知れたこと!私は、この家を守るために戦っているだけだ!」
「……そう」
それなら、使える。
「拘束せよ」
「ッ!?」
鍔迫り合いながら、私は命令を下す。
その瞬間、足元に広がっていた水が触手のように麗人の身体に絡め、すぐに凍る。
私は別段二つの魔術具だけを使うわけではない。本職としていたのはこっち。
私は麗人を嘲笑うように見下すと麗人は怒りの眼差しを向けながら尋ねてくる。
「くっ……!何をするつもりだ!!」
「くふふ、とても良いことだよ。……君はすぐ後ろにいる人たちを殺す」
「はっ!何を言う。そんなこと、この私がするわけない!戯れ言を言うな、賊が!」
「そう。なら、さっさと始めるとしよう」
『シルバーサン』を鞘に納めると拘束された麗人の額に右手を触れる。そして、一言だけ麗人にしか聞こえない声量で尋ねる。
「【刻印】って知ってる?」
「ッ……!?まさか……!や、止めろ!それだけは止めてくれ!!」
先程の怒りの眼差しはすぐに消え失せ、麗人は生娘みたいな懇願をする。
流石、貴族の娘。【刻印】がどういうものか知っているか。まあ、知らなかった方が幸せだったかもしれないけれど。
魔力が掌に溜まり、黒い靄のようなものが掌から溢れる。
「【パラジット・認識改竄】」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
私が魔術の名を告げた瞬間、黒い靄が麗人の頭に覆い被される。絶叫が響き渡るが、すぐに聞こえなくなり、麗人の身体から力が抜ける。
あら、こんなに簡単に堕ちるなんて予想外だ。でも、プライドが高い人ほど【刻印】の汚染に耐えれない。彼女はそう言った人間なんだろう。
指を弾くと麗人を拘束していた氷が砕かれ、粉末となった氷が空気に消える。麗人の身体は床に倒れる。
「……賊め!」
そして、床に手をつきながら起き上がった女は床に落ちた剣を手に取る。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
女は雄叫びと共に嘲笑う私の横を通りすぎ、バリケードを飛び越えて部屋に戻る。それを私は狂笑する。
さあ、惨劇を作りなさい。
「賊がぁ!!」
「お、お嬢様!?」
麗人は近くにいたメイド目掛けて剣を振り下ろす。メイドはギリギリのところで避けるが床に倒れる。
命乞いするように手を向けるメイドの喉元に麗人は剣を突き立てる。
領主は戸惑いながら愛娘に声をかける。
「ど、どうしたんだ!?」
「うるさい、賊が。この家に入ってきた時点で死ぬと心得よ!!」
麗人は領主の言葉に吠え返すと、近くにいたメイドが逃げれないよう脚を切り落とす。
体勢が崩れたところでメイドの腕を切り落とすとようやく理解が追い付いたメイドの悲鳴が響く。
そのメイドの首を近くに立て掛けられていた矢で突き刺す。
「ごふっ……」
湿った声がそのメイドの最後の言葉となった。
麗人は立ち上がると、怨敵を見るような目で他のメイドたちを睨み付けると一気に切りかかる。
「くふっ、くふふふふふ!」
それを見て私は恍惚な笑い声をあげる。
ああ、本当に良い……!まさか、守りたかった人たちを自分の手で殺すことになるなんてね……!私の魔術は確かに認識を騙している。けど、精神の方には手を出してない。あの麗人はあれほどの殺人衝動を持っていたのね。
私の頭に【刻印】の情報が過る。
【刻印】。魔力や魔術を道具に刻むことができる魔術。私が使う『ザバーニーヤ』や『シルバーサン』、『カード』は全て【刻印】によって作られている。
そして、この【刻印】は人に刻むことができる。無論、教会が禁術扱いしているけどね。
【刻印】を肉体に刻むことで相手の精神を自由自在に歪め、認識を変える事ができる。それこそ、狂人を聖人にすることも、聖人を狂人にすることもできる。それを使えば、こんな事もできる。
「はあっ……!はあっ……!」
血に濡れた部屋の中で返り血を浴び、血だらけになった麗人が肩で息をする。
見えている世界、聴こえてる世界、感じている世界、匂っている世界、味わっている世界、それらにフィルターをかけ、私にとって都合の良い情報をする事も、それを誤りだと気づかせない事もできる。
麗人は、私の操り人形なのだ。
麗人は盛大に笑い、私は麗人の背後に立つ。
「やった……!これで賊を殺すことが出来……」
「【解除】」
そして、短くも残酷な言葉を囁く。
麗人に刻まれた偽りのフィルターが剥がされ、全ての記憶が元に戻る。
「あ、ああ、あああ……!」
全ての記憶が元に戻り、自分が犯した罪を認識した麗人は顔を蒼白にして地面に崩れる。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、大粒の涙を溢れさせながら絶叫する。蹲り、涙を流すその姿を私は嗤う。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!貴方、自分が守りたい者を守るために戦っていたのよね!?滑稽、滑稽すぎる!何せ、自分の手で守りたい人たちを殺したのだから!!」
麗人の心に刻まれた傷に徹底的に塩を塗り込み、滑稽な愚者を嗤うような声音で問いかける。
「――愛していた人たちを自分の手で殺した気分、どうかしら?」
「――貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
麗人は涙を流しながら怒り狂い、剣を握りしめ力任せに振るう。それを笑いながら剣閃を躱していく。
闇雲に振ったところで私には掠りもない。冷静さを放り捨てた時点で、この麗人の敗北は確約されている。
『シルバーサン』を左手で逆手に持ち鞘から引き抜くと同時に剣を大きく弾く。力任せに握られていた剣は手から離れ、麗人の背後の床に落ちる。
私は貴女を殺さない。良い事を思い付いたのだ、それに使うとしよう。
尻餅をつく女の頭を掴むと、再び黒い靄が掌から溢れる。
「【パラジット・人格改竄】」
黒い靄が麗人の頭を覆うと同時に麗人の身体が軟体動物のように間接の動きを無視して動きはじめる。
しかし、すぐになくなり、靄が晴れたところで麗人を血の海に放り捨てる。
ああ、明日が楽しみだ。とても、面白い事になるだろう。