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奴隷解放

……こうも侵入が簡単なのはどうかと思う。


中年の侍女の後ろを歩きながら、領主の館の中を案内されていく。


数日後、私は理由はどうあれ領主の屋敷の中を知らないといけない。そのために、態々実際にメイドとして雇われた。


勿論、あれこれと裏工作をしておいた。流石に使うのはもう少し後になるだろうけど。


「こちらを使いなさい。着替えたら館の掃除を行ってもらいます」

「分かりました」



二人部屋に案内され、部屋の扉が閉められ侍女頭が去っていくのを気配で確認すると服を脱ぎ、ベッドに丁寧に折り畳まれたメイド服に着替える。


……胸を強調するようなデザインをしている上、スカートの丈が短い。黒い長手袋とタイツで地肌は見えないとしても、少しばかり恥ずかしい。


このメイド服は領主の趣味だろう。良い趣味してるよ、全く。


背中に『ザバーニーヤ』と『シルバーサン』、太腿に暗器の針、長手袋の下に仕込みナイフを装備して残りを『カード』にしまい、部屋の外に出て扉の横に置かれていた掃除道具を手に持つ。


さて……どこに行こうかな。流石に、新米の教育係くらいいても可笑しくないけど。


「あの……貴女が教育係でいい?」

「……は、はい!そうでしゅ!」


あ、噛んだ。


舌を噛み、悶絶する犬のような耳を頭に乗せた少女に呆れながら止まるまで待つ。


これが教育係……まあ、別にどうだって良いけど。いざとなれば殺してしまえば良いし。


痛みが引いたのか、顔の赤らめながら少女は私の瞳を見る。


「え、えっと私の名前はリージュって言います!貴女の名前は何ですか?」

「私はシエンです。……どうかなさいましたか?」

「い、いえ!それでは行きましょう!」


リージュの後をついていき、屋敷の中を掃除していく。


メイドの数は……ざっと数えて百人近くか。流石、領主の屋敷だ、人数はそれなりに多い。だからこそ、私が入り込む隙間が出来る。


ここは私のような他種族のメイドも多い。そこの中に紛れ込むのは造作でもない。


それにしても、このリージュという娘……仕事の効率が悪い。どんくさい訳ではないが、体力がないと言ったところか。


「シエンさん、侍女頭から今日の仕事について何か言われましたか?」

「えっと、食事の配給と洗濯物の出し入れ、掃除ですね」

「あー……やっぱり言われてないんですね。ちょっとくらい抜け出しても問題ないですよね」


周りの目を確認しながらそう言ったリージュに手を引っ張られ一階の階段下、地下に続く階段の前に立つ。


リージュが階段の下の扉に入っていくとすぐに二人の獣人のメイドが扉を出て私の隣を通りすぎていく。


どうやら、交渉に成功したようだ。だが、少し私を見る目に期待が含まれているのは何故だろうか。


「ささ、侍女頭に見つかる前に早く早く」

「ええ、分かりました」


リージュに言われるままに扉の中に入ると背後でガチリッと鍵の閉まる音がする。


……害意はない。流石に殺し合うことにはならないか。


「この先の扉の先にあるのはここの領主様の秘密です。……他言しないように」

「分かりました」


まあ、言わないけど殺すがな。


リージュに連れられた薄暗い通路を通り、突き当たりにある重たい金属の扉を開ける。


まあ、大体予想がつくけどね。


「奴隷の収用部屋、と言ったところでしょうか?」

「はい、その通りです」


扉の先にあったのは幾つもの牢屋だった。錆び付いた牢屋の奥には獣人や小人、エルフと言った様々な種族の女が薄い布一枚で過ごしている。


やはり、あの商人からの情報は正しかったか。まあ、領主には悪い噂しかないから別段驚くような事ではないけど。


牢屋の前でしゃがみこみ、牢屋の中にある皿に置かれた食事を見て僅かに殺気が漏れてしまう。


……食事が残飯のようなものだ。ふざけているのか、ここの領主は。


殺気を隠して立ち上がり、リージュの方を向く。


「それで、何故私にここを見せたの?」

「私たちを……助けて下さい。外部から来たヒューマン以外の他種族は貴女しかいないんです……!」


塞き止められていたダムが決壊するように涙を流しながら私の胸に顔を埋め、リージュは懇願する。


そうか、屋敷の中で働いているヒューマン以外は全て奴隷だったのか。……顔も知らないグズにここまで怒りを覚えたのは初めてだ。


内心に渦巻く激情を押さえ込みながらリージュの顔を両手で掴み、目を見る。


「もう何人も死にました。私と一緒に買われた人も、私に優しくしてくれた先輩も……!私たちは自由に生きたいんです……!」

「なら、何故逃げ出さなかったのですか?」

「これです」


涙を流しながらリージュは首をつつく。すると、首に黒いチョーカーのようなものが現れる。


……魔術具か。行動制限系の『契約』と見てよさそうだ。


『契約』というのは系統外魔術の一つで一定の条件を相手と自分に刻み込み、違反したものに記載した罰を与えるというものだ。その特性から、契約書なんかによく使われており、商人たちの中には使い手がいることもある。


それを首輪に使うとは……。どうやら、斡旋した奴隷商はかなり性格がねじ曲がっているようだや。


「私たちはここの真実を外部の人たちに伝えることも、外に出る事も、逆らうことも、私たちには出来ません。……私達は籠の中の鳥なんです」

「へえ……」


正直に言って、興味がない。この程度の拙い魔術具程度なら素人でも頑張れば解ける代物だ、それを行わなかったのは奴隷たちの怠慢と言える。


だが、見捨てるつもりは一切ない。私という悪以下の悪を許すつもりは一切ない。


「ですから……どうか助けて下さい」

「なら、もうさっさと抜け出しなさい。もう既に起動していますので」

「……え?」


私が指を弾いた瞬間、部屋の中に数字と文字で出来た術式が姿を表す。


唖然とするリージュのチョーカーに手を掛けて引っ張ると、簡単に千切れる。


「えっ、えっ!?」

「もう既に、貴女たちの首につけられた魔術具は無力化されてます」


地面に落ちるチョーカーに身動ぎしながら驚くリージュに冷淡に告げる。


リージュに背を向け、水を生み出して振るうと、牢屋の格子と壁に繋がっている鎖を切り裂き、中に捕らわれていた奴隷たちを解放する。


私が仕掛けていた術式が、こんな形で使うことになるなんて、予想外も良いところだ。まあ、それだけこの屋敷の状況が逼迫していたと言うことなのだろうけど。


本来ならもう少し滞在する予定だったけど、こうなってしまった以上、さっさと去ってしまおう。


「い、一体何を……」

「私がこの屋敷を覆うように魔術具の効果を無力化させる結界を張っておきました。さっさと連れて奥の扉から逃げなさい」


この部屋の奥にある扉は昨日のうちに破壊してある。そこから水路をたどり、出ればそこから晴れて自由になれる。


メイド服を脱ぎ捨て、何時もの服に着替えているとリージュ呆然としながらすぐに立ち上がり、屋敷の方に通じる扉に手を掛ける。


「どうするのですか?」

「みんなを……連れてきます。二〇人くらいですからすぐに来ますよ」

「……そう。なら、私は先に抜け出させて貰う」


穏やかな口調から何時もの冷徹な口調に戻ると、奥の扉から水路に出る。


これで奴隷たちの脱出は出来るだろう。私としては奴隷たちを皆殺しにしたところで何も痛まないが、別に殺さなくても良い。何時でも殺せるが今ではない、それだけだ。


さて、これで準備は整った。再び、惨劇を再開させよう。


「あの!」

「うん?どうかしたのか?」


やってきたエルフの女性から宝石のような緋色の石を握らされる。


これは……何だ?何かしらの宝石のようにも見えるが……。


「これは何?」

「礼です。このようなものしか渡せませんが礼ぐらいさせてください、レイグラットのエルフ」

「……そう、分かった」


その後も突撃してくるエルフや獣人、小人族から様々な物を貰い、私は少しだけ困惑する。


ここまで礼を尽くされたのは初めてだが……ま、別段悪い気はしない。あいつらも礼が出来て嬉しそうだし、何も言わないていいか。


……レイグラット、というのは何だろうか。まあ、気にする事ではないし無視しておくか。

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