酒場
宿題で疲れきったシルフィをベッドに寝かせると、私は窓から外に出る。
とんだ拾い物をしてしまったが……まあ、別に良い。予想外だが仲間ではないし、私を裏切る訳ではない。私の殺人計画に支障をきたす訳ではない。
宿から少し離れた繁華街を歩く。黒いエルフが珍しいのか昼間以上に向けられてるが、無視する。
殺すのは容易いが、流石にこの大通りで殺すのは良くない。やるのなら、裏路地に引き込んで確実に……と。
幾つかの壁に手をつき、白い線で描かれた術式を気付かれないよう刻み込む。
保険と言うのは幾つもの保有しておくべきだ。尤も、そんな事は起きないだろうと思うけど。
目の前をうろつく男女を見ながらどう殺すかを想像しながら繁華街と花街の境界辺りの酒場へと入っていく。
中はかなり広く、多くの客で賑わっている。それでいて、客はマナーをしっかりと守っている。
この酒場は探検者がそこまで使用しておらず、普通の市民が愛用している。というのも、探検者にとって他の探検者は仲間であると同時に商売敵でもある。都合のよい狩場や報酬の分配を山分けを盗み聞きされるのは自分の命にも危険が及ぶ。そのため、完全個室の酒場を愛用する。
探検者たちを使っても良いけど、相手は私がどんな存在か知っている。それなら、まだ情報が出回っていない一般の市民を使えばいい。
「ねぇ、同席しても良いかしら」
「うおっ!?あ、ああ。別に良いぞ」
若い男たちが座るテーブルの席に座ると、三人組の男たちは顔を見合せる。
いきなり知らない人物が隣に座ってきたのだから
無理もないか。
「葡萄酒を一つ」
「あ、あんた、何者だ?見た感じ、エルフってやつなのは分かるが……」
「私は……そうね『シエン』とでも名乗っておきましょうか」
店員に酒を注文しながら男の一人からの質問に答える。偽名なのは単に本名が知られ、足がつくのを回避するためだ。
「旅人ってやつか?美人さん何だから盗賊とかに狙われやすいだろ」
「あら、そんな事ありませんよ?襲われないよう何時もは男装してますので」
勿論、嘘だ。
見つけたら皆殺しにしていた。まさか、穏やかな美人を演じている私が生粋の殺人鬼だなんて誰も予想しないでしょう。
まあ、男装していたのは認めるけど。私が何時も着ている服の殆んどは男物だし。
「それでも美人さんなのは変わらないけどな。何で旅何てしてるんだ?」
「村が盗賊に焼かれてしまい、一人生き残ってしまいまして。今は手に職を得るために街から街へ移動しているに過ぎません」
「あー……ごめん。いらん事を聞いちまった」
「いえ、それも三年前の事ですし気にする事でもないですよ」
ばつが悪そうな顔をする男を宥めながら他の二人にも聞こえるように話す。
「それでは……自己紹介してくれませんか?流石に名前が分からないと色々と不便ですし」
「あ、ああ、そうだな。俺はグリュー。対面に座ってるのはラヴィとクヴィ。二人は兄弟で俺が持っている商会の副会長の息子だ」
「まあ。商会の会長さんでしたか」
翡翠の眼をしたのがラヴィ、紫紺の眼をしたのがクヴィ。顔立ちは瓜二つだから瞳の色で見分けるしかない。
それにしても、商人か。これは好都合だ。私にとって商会ほど良い情報網を持っている者はいない。
それに、商人なら私の利用価値も見図れる。私の術中にかかりやすい。
「シエンさんは何か趣味はありますか?」
「読書、それと情報ですね」
「情報……ですか?」
「ええ。様々な情報を集めて本にするのが趣味なんです。そうだ、私はまだこの街に来て浅いですし、何か面白い情報はありませんか?」
私の微笑に顔を赤らめるグリューを内心笑いながら葡萄酒を少しずつ飲みながら返答を待つ。
声音、口調、場の雰囲気、見せている性格、態度、それらを統一し場の空気を制御すれば、人を操るのは容易い。特に、酒を飲み気分が上がっている人間ほど正常な判断能力を失い、私の言葉に疑いを持ちにくくなる。
けど、察しが良い人間だも気付く可能性がある。相手は商人だし気付かれる可能性は普通よりも高い。
洗脳をする、という手段も無くはないけど……流石に時間が足りない。催眠術は使えないし、私の誑かしもまだまだね。
「そうだなぁ……そう言えば、働き口を探してるんだっけ?」
「はい、そうですが……どうかしましたか?」
「いや、領主様の侍女になることだけは止めておいた方が良いって情報があるんだ」
領主……確かここと幾つかの村を取りまとめるフェード伯爵家だったな。
あそこの領主はそこまで良い噂を聞かない。従者に暴行を振るう、奴隷を買って殺し合わせる、侍女たちに手を出す等々、特権階級を良いことに、好き勝手にやっている。
そして、その領主の館の別邸に剣士たちが泊まっているらしい。
まさか、ここであの剣士たちと繋がっている何て予想できなかったけど。
内心の同様を隠すようにより美しい笑顔を作りながら、グリューを問いただす。
「どういう事ですか?」
「商人仲間から聞いた話なんだがよ……あの領主が奴隷商から奴隷を買い付けているって噂があるんだ」
「あと、女子供を拐って自分の欲望をぶつけているとか……侍女たちに手を出したりとやりたい放題です」
「シエンさんは南方の出身です。ここら辺では滅多に見られない種族ですし、狙われる可能性もあります。貴族街には近づかない方が良いでしょう」
冊子にペンを走らせて三人からの情報を書き込む。
なるほど……これは使えるかもしれない。
それにしても、この人たちは私の事を美人だとか言ってるが……私からしたらこの顔立ちは目立つ以外の何物でもない。頬辺りに傷をつけておくべきか?
「もし、仕事に困ったら俺らの商会に来てくれよな。ヴァーム商会と言えばここら辺でそれなりに大きな商会だからよ」
「ええ、そうさせて貰うわ」
情報を入手したし、もう三人とも用済みね。
葡萄酒を飲み干し、指を弾く。たったそれだけで騒がしかった店内が静まり返る。
そして、店内の全員が床に倒れる。
系統外魔術『眠りの揺籠』と呼ばれる結界魔術で、術式を刻むことでその中にいる存在を眠りにつかせる。単純だが建物に仕掛ければ効果は薄くなる。そこは酒の力重なり、酒で酔っていた者はほぼ全員が深い眠りについた。
そこに別の系統外魔術『忘却存在』をつけた。これはこの術式とは別の術式に組み込み、別の術式が発動すると同時に起動し、術者の記憶を抹消するものだ。
この二つを組み合わせれば、かなり低いリスクで情報の入手が出来る。こういった結界系統の系統外魔術は使い勝手が良く、真正面からの戦闘以外では愛用している。
三人の顔を見た後、私は酒場を出て騒がしい繁華街を歩いてく。
情報は入手できた。それに、ここの領主か。……いいことを思い付いた。けど、実現するには少しばかり時間が必要だが……まぁ、良いか。
やり方次第では、どうとでもなる程度のものでしかない。それだけ今回のは簡単なのだ。