蛇の王、そして出会い
『ザバーニーヤ』を片手に、『下級』のモンスターたちに切りかかる。
流石に、この階層では【宝瓶宮】を使わなくても良い。それに、私の目的はこの程度のザコではない。
ものの数秒でモンスターたちを殲滅すると、素材を『カード』に収納して足を進める。
誑かすための材料は多くは揃った。けど、最後の一つがどうしても入手出来なかった。と言うのも、その材料が稀少で、中々市場では出回らないからである。
となれば、自分の手で入手するしかない。それも、下手に探られると面倒だから一人で。
正直に言って、厳しい。相手も相手だ、かなり強い。本来なら複数のクランが集まって討伐を行う程だ。
けど、不可能ではない。
「さて……ここか」
階層で言うと一〇階層の大広間の一つに着く。その瞬間出入口は壁に変わり、閉じ込められる。
悪辣なダンジョンのトラップのこの広間において生きて帰れる者、又は下の階層に降りれる者はこのトラップを強制的に攻略しなければならない。
無論、他にも降りる手段はある。けれど、その方法も安全とは言えない。そのため、多くの探検者たちがこのトラップに挑み、壊滅している。
広間の空気が少しずつ悪くなり、それと同時にガラガラと不快感を覚える音が広間を包み込む。
「シャアァァァァ!!」
肉眼では見れないほど高い天井から鳴き声がしたと同時に巨大な何かが降ってくる。
咄嗟に地面を蹴って後ろに下がり、それを回避すると、真横から大振りの薙ぎ払いが振るわれるのを視認する。
真横に水の盾を作り上げて大振りの攻撃の威力を削ぎ、打ち上げる。
暗闇に慣れてきて、敵の姿が見えてくる。
敵は、蛇だ。
体長は広間の四分の一くらいの巨体。胴の厚みも二メートル近く、黒ずんだ鱗が光沢を放っている。
「シャア!!」
鋭い黄色の瞳で私を射ぬく蛇の噛みつき攻撃を足元を凍らせて滑るように移動して回避する。
それと同時に氷の剣を幾つもの作り出し、蛇に向かって打ち出す。
飛来する氷の剣は蛇の胴に的確に当たる。
が、鱗に阻まれて破壊される。それと同時に振り下ろされる尾の一撃を跳んで躱し、黄色の瞳に向けて左手の人差し指を向ける。
「【宝瓶宮:水滅の矢】」
唱えると同時に人差し指に術式が組み上げられ、レーザーのように水が射出される。
その瞬間、蛇の黄色の瞳が怪しく輝き、紅い光線を打ち出す。
レーザーと光線は真っ直ぐにぶつかり合い、互いに力が弾かれる。
この一撃でもダメか。それにしても、あの光線……ああ、成る程、あれに直撃してはいけないな。
蛇の正体に察しがつきながら蛇の噛みつき攻撃を『ザバーニーヤ』で防ぐ。それと同時に体内に水の塊を入れ、強引に飲み込ませる。
そして体内に入れた塊の操り体内から首を切り落とす。
「……『バジリスク』。確かに、『中位』の探検者には相手にするのは難しいでしょうね」
『上位』の探検者でも困難でしょうけど。
断面から流れる血を水で防ぎながら『カード』に収納し、地面に血溜まりも収納し、ベルトに着けた小袋から試験管を取り出して移し代え、再び納める。
流石に、これは表に出すわけにはいかない。あまりにも危険すぎる、というよりも目立ち過ぎる。
『カード』に収納したバジリスクの事を考えながら頭に叩き込んだモンスターの情報を思い出す。
『バジリスク』。蛇の王とも呼ばれる伝説のモンスター。太古の昔、ダンジョンが発見される前に地上にモンスターが跋扈していた時代において、災厄の一つとして数えられた『魔物』。英雄伝説において英雄たちに立ちはだかるモンスターの一体として描かれている。
その肉体は硬く、刃を通さず、魔術を受け付けない。血も肉も骨も猛毒であり、触れるだけで皮膚が爛れ、吸えば最悪死に至る。また、瞳から光線を放ち、触れた者は石へと姿を変え、砕ける。
本来なら国家の存亡にも関わる程のモンスターに分類される『特級』ではあるのだが……こうもあっさりと殺されるとは、一体どうなっているのだか。
伝説でも体内から魔術を使った何て聞いたことがないし、体内からの攻撃には弱かった……のか?そもそも、毒の塊であるバジリスクの体内から魔術を使うこと自体が自殺行為だけど。
上の階層に戻る階段が復活したので戻ろうとしたところで両腕に鈍い痛みが走る。
見れば、籠手を溶かし、毒々しい紫色の肌が見える。
唾液に含まれた毒が籠手を溶かして肌を焼いている。早急に対処しないと全身に回ってしまう。
咄嗟に『ザバーニーヤ』の切っ先を軽く肌に差し込む。
「ッ……!」
僅かな痛みが頭に走るが歯を食い縛って耐える。それと同時に毒々しい紫が刃に吸われる。
『ザバーニーヤ』の毒の吸収がなければ危なかった……。流石に、バジリスクの毒の解毒方法は確立していないだろうし、ほぼ確実に死んでいただろう。
使い物にならなくなった籠手を外して『カード』に仕舞い、立ち上がって上の階層に向かって歩いていく。
けど、これほどのモンスターが上層部に現れる何て、どんなイレギュラーなのだろうか。ダンジョンに異変が起きている、と見て良いと思う。
でも、解決するつもりは一切ない。そんなつまらない事をする労力は私にはない。
「きゃっ!?」
「おっと……」
ダンジョンの上層部に上がっていると曲がり角を出たところで少女とぶつかる。
地面に尻餅をついた少女の手を伸ばし「大丈夫?」と聞くと少女は頭を縦に降って手を掴む。
体術を何も習っていない。それどころか、探検者でもない。それに、この魔力は……流石に、見過ごせない。
「娘、何故ダンジョンにいる」
「えっと……連れてこられて……」
「そうか」
少女の首につけられた重厚な首輪を掴み、水分を抜き取り砂へと変え、呆然とする少女にマントを羽織らせる。
「着ていけ。貴女を地上に送り届ける」
「えっ……?」
「ダンジョン内で食事をとるのは困難を極める。モンスターの肉を使えれば良いが、それが出来るモンスターがいる層に着くまでの時間を考えれば、地上に戻った方が良い」
私としてはこの少女が下に降りて死のうが関係のない話だし、目の前で死んでも心は痛まない。
けれど、流石にここまでふざけた行為が出来る奴に関しては見捨てておけない。私以下の悪を許す訳にはいかない。
これはそのための試金石のようなものだ。
「でも……」
「でもではない。探検者でもないガキがこんな場所に入るな」
少女に吐き捨てるとダンジョン内を歩いていく。少女は戸惑いながらも私に着いていく。
予定変更だ。この少女をここに連れてきた連中を見つけ次第、条件を無視して惨劇を作り上げる。私にとって、自分以下の悪は無知よりも許しがたい。存在するだけでも吐き気がする。
全ては、私を満たすために。そのためなら幾ら回り道しようが関係ない。