おまけ① 朱槍姫里
おまけ①【朱槍姫里】
朱槍姫里は、みなしごであった。
誰から産まれ、どこで産まれたのかさえ何もわからないまま、捨てられた状態だった。
何かの縁で拾われたものの、それは残酷にも、人と人とも思わぬような国であった。
姫里にとって運が良かったのは、赤子であったときから、とても美しい顔をしていた、ということだろうか。
拾った者は初め、女の子かと思ったほど透き通るような色白い肌で、胡桃染色の髪もまた女性らしく、大きな白菫色の瞳は、姫里を見た全ての者を虜にした。
歳を重ねるごとに姫里の美しさは磨きがかかり、国王の周りを取り囲む女性たちよりも美しいとまで言われるようになった。
とはいえ、男として生まれた姫里は背丈もそれなりに伸び、体つきもがっちりしていくはずであった。
とはいえ、姫里は政治がらみで役に立っていた。
「綺麗な顔だな。まるで女だ。その顔を利用しない手はないな」
その美しさは男性とは思われることはなかったため、女装をさせて、相手国の男を手玉に取るという仕事を任されていた。
その仕事のため、姫里は成長期の時も最低限よりも少ない食事しか与えられず、声も男性とバレないようにするため、そういった仕事の際には薬を飲まされるようになっていた。
どのような薬かは、姫里にはわからない。
ただ、飲めと言われたから飲んでいた。
本来であれば、生まれながらに恵まれた体格を持つはずだったからなのか、姫里はそういった食事制限などをされたにも関わらず170を超え、顔つきもキリッとしていく。
それでも美しいことに変わりはなかった。
ちなみに、姫里の名前は本名ではない。
他国の政治関係者が、姫里のことを気に入ったのは一度や二度ではない。
「どれ、綺麗な女だな。こっちにこないか」
「少しくらい笑顔になったらどうなんだ」
「私の妻より美しい。あなたさえ良ければ、私の側室として迎え入れても良いんですよ」
「俺の子を身ごもってくれるか」
気持ち悪い言葉を何度かけられたかわからない。
男だとは気付かずに押し倒されたこともあったが、そういうときは決まって刕豪が男を止める役目をしていたため、男とバレることもなかった。
とはいえ、気分の良いことではない。
男として存在しているのに、男として生きていけないのは、侮辱とも思えるものであるが、姫里は何とも思わなかった。
感情など、小さい頃に国によって殺されてしまったのだから。
「良いか姫里。お前は国にとって大事な道具なんだ。顔や身体に傷をつけてはいけない。お前は女としてこれからも生きていくんだからね」
そんな姫里にも、ふと思い出すことがある。
「あなた、綺麗な髪をしているのね」
いつだったかは忘れたが、あの人に言われた言葉。
その人は精神的に不安定になって、3人目の子供を生んですぐに死んでしまったらしい。
いつだって女と間違われて生きて来た姫里だが、その人だけは、姫里を見てすぐに男の子だと分かったようだ。
どうして分かったのかと聞くと、その人はクスリを笑った。
「うちの子と似て、やんちゃな顔してるもの」
その人は、とても優しく微笑んだ。
あの男たちのように卑下た笑みなどではなく、胸のあたりがほっこりするような、温かくなるような、そういうもの。
あの人は、自分と同じくらいの子供がいるのだと言っていた。
長男はとても厳格で真面目な性格で、父親にも一目置かれ、子供なのに色々と忙しそうにしているらしい。
三男はまだ生まれたばかりだがとても父親に似ていて、なんだか冷たい感じがするのだとか。
次男だけは、少し違うという。
「あの子はね、お見舞いに来てくれるの。摘んできたお花を、手を土まみれにして、私に持ってきてくれるの。不器用で甘えるのもあんまり上手じゃないんだけど、その優しいところが、とっても嬉しい」
ちらっと横を見ると、立派な花瓶に挿してある、その辺に咲いているのであろう、雑草のような花。
それを大事そうに見つめながら、毎日お水を替えているという。
それから、その人はこう言った。
「あなたと友達になれたらいいんだけど」
当時、“友達”というものがどういうものかなどわからなかった姫里は、頷くことも首を横に動かすこともしなかった。
その後すぐ、姫里を探しにきた男によって、その人から引き離されることとなったが、誰かがその人に駆け寄って行くのが見えた。
まるで月のような色の髪の毛をした、自分とは違う、男の子らしい、子供らしい、そんな人物。
羨ましい、そんな初めての感情を持った。
でも、それはその時だけ。
最初で最後の、他人への感情。
「どれ、その可愛い顔を見せておくれな、姫里」