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鎌首  作者: うちょん
3/6

白々

第三章【白々】




















 何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう。

            ゴッホ












 優の決意を聞いたその夜、またしても襲撃されてしまった。

 なんとか戦って逃げ切れたものの、新しい拠点について、逃げ切れた、良かった、などと呑気なことを言っている大に対し、刀悟が口を開く。

 「なんで居場所がバレたのかな?」

 それは、誰もが思っていることだった。

 こんなにも早く、拠点がバレるということは一体どんなことが考えられるのか、すでにだいたいの予想はついていた。

 いつもはヘラヘラしている刀悟が、珍しく真面目な顔つきで言う。

 「考えられることとすれば、誰かが情報を漏らした、とかだよね」

 口角だけを上げて平然とそういう刀悟に、大は反論をするも、刀悟はそれさえも制止するように話し続ける。

 「最も可能性があるのは、逃げて来たとは言っているけど、実際のところはどうなのか分からない京賀さん、ってところかな」

 最後だけにこっとしながらも、その言葉には十分すぎる棘がある。

 刀悟の言葉に、大と優は護の方を見るが、護は護ですぐに否定も肯定もしなかった。

 いたたまれなくなったのは大で、護と刀悟の間に割って入るように立つと、身ぶり手ぶり加えながら話す。

 「いやいやいや、それはないって!!な?護も何か言えって!!まじで呉崎の奴変なんだよ。てか、そんなこと言って実はお前じゃねえの?みたいな感じだよな?なあ、護?」

 「・・・・・・」

 「おい、何か言えって」

 「・・・・・・」

 「!!!お前!ふざけんなよ!!!俺達がどんな思いで生きていたのか、わかってくれてると思ってたのに!!!」

 「陽守殿、落ちついて・・・」

 「ふざけんなよ!!」

 そう叫ぶと、大は部屋を出て行ってしまった。

 そんな大を、優は追いかけていく。

 シーン、となった部屋の何かには、きまずい空気さえも留まれないらしく、常に新しい空気によって満たされる。

 「ちゃんと否定しろよ」

 そう言ったのは、尊だった。

 一体幾つ持っているのかは分からないが、取りだした飴玉の包みを開けて口に入れると、ガリガリと余韻に浸ることもなく砕く。

 舌でコロコロ転がすという行為が苦手らしく、かと言って飴よりも大きいサイズが常に口の中にあるのも嫌なようだ。

 その飴を噛み砕く音が異様に響く中、護が答える。

 「実際、その話をされて、俺はその場で断らなかった」

 「そこから出るためだろ。それに、逃げるために嘘を吐いたってことくらい、向こうだってわかってる。お前も変に煽るようなこと言うのは止めろ」

 尊の言葉に、刀悟はペロッと舌を出す。

 またしばらく静かになったあと、今度は護が尊に尋ねる。

 「デコ太、なんでお前逃げなかった?すぐに国からは出られないにしろ、俺達と一緒に行動する理由はないはずだろ」

 「・・・もしかしてそのデコ太ってのは俺のことか。もしかしてデコ太ってのはおでこを出しているからなのか。お前のその呼び名のセンスはどうかと思うがどうなんだ」

 「いいセンスしてると思うよデコ太・・・プッ」

 隣で刀悟が笑っており、尊は刀悟を殴りそうにもなったが、なんとか耐えた。

 「変態野郎は利害が一致してるからってのは分かるんだが」

 「・・・え?聞き間違いかな?変態野郎って誰の事?まさかとは思うけど僕のことじゃないよね?そんな悪趣味なあだ名つけられる人なんていないよね」

 「あだ名っていうか、ミドルネームみたいなもんだろ」

 「尊さんのはミドルネームにすら出来ないからね」

 ピクッと反応した尊は、刀悟を殴ろうとしたのだが、両手を刀悟にがっちり掴まれたというのか、尊の攻撃をなんとか両手で受け止めたというのか、まるでプロレスでもしているかのような格好になっている。

 しかし、尊と刀悟がこのような状況になっている原因とも言える張本人は、そんなこと気付いていないのか、気にしていないのか。

 いたって真面目な口調で続ける。

 「正直、この人数で国に戦争をしかけて勝てるなんて思って無い。大もユウも俺も。けど、この戦争は勝つことが第一の目的じゃない。なぜ戦争をするのか、その理由だ」

 「・・・・・・戦争になったとして、国で処理されるんじゃないのか」

 取っ組み合いを止めたと思われた尊と刀悟だったが、護の話を聞きながらも互いに蹴ったり叩いたりと、子供のような喧嘩を繰り返していた。

 「国外には届かなくても、俺達が動いたことで、通常の人としての感覚や感情、思考を取り戻してくれる人が、国側の人間から出てくれること。可能性は極めて低いうえに、戦力はどう考えてもあっちの方が上。不利だとかそういう次元の話じゃない。俺達はあいつらにとって相手にもならない。でも、状況は変わった」

 「どう変わったの?」

 尊に髪の毛を引っ張られながら、刀悟が聞いた。

 引っ張られた仕返しに、刀悟は尊の頬を強く横に抓るが、さらに尊は刀悟の右目下にあるホクロを執拗に指でつつく。

 それにどんな意味があるのかは誰にもわかってはいないが、急所だとでも思っているのだろうか、物凄い勢いでつつく。

 それはもうキツツキかというくらい、強く強くつついているものだから、刀悟はいよいよギブする。

 「お前等が来た」

 尊と刀悟は同時に動きを止める。

 「あいつらも、お前等には警戒しているみたいだ。何しろ、十分すぎると思っていた人数で、大を捕える、もしくは殺しにきたのに、それをたった2人でねじ伏せたんだからな。加えて、適応力や柔軟性、躊躇なく人を殺せる無機質さ等々含め、お前等はもう十分、あいつらにとって危険人物となったわけだ」

 「照れるなー。僕はただ自分の命を守ろうとしただけだし」

 「勝てないにはしても、国に傷はつけられると俺は、俺達は思った」

 「どっちにしろ負け戦じゃねえかよ」

 「負けるにしても、蟻のように気付かれずに踏まれて終わるのか、鳥のように狙いを定められて撃たれるのかでも違ってくるだろ?」

 「そういうもんか?死ぬのは同じだけどな」

 そう言いながらも、珍しく尊は頬を緩ませていた。

 それに気付いた者がいるのかはわからないが、刀悟が小さく笑っていると、大きな音を立てて扉が開き、でかい図体が護に向かっていく。

 そのまま護の身体をまたしてもぎゅうっと抱きしめられそうになると、後ろから困ったように微笑む優が現れる。

 「馬鹿野郎!!!ちゃんと、違うなら違うって言わねえとダメだろ!!!いったあああああああ!!!!」

 「つい」

 「ついじゃねえよ!なんで嬉しくて抱擁しようとした仲間に対して胃袋グーパンチするんだよ!!!!」

 「だから、つい」

 「ついじゃねえわ!!」

 そんなワイワイした時間がある程度過ぎた頃、計画を立て始める。

 「さて、ここから真面目な話だ」




 「ふんふんふーん♪」

 黄櫓染色の髪の男が、鼻歌を歌っていた。

 特に特定の場所を眺めているとかそういうことでもなく、ただただ、どこかにいる誰かを思い浮かべながら、機嫌良く歌う。

 「さあて、そろそろちゃんと潰しておこうか。この国の秘密を、外に漏らされる前にね」

 ゆっくりと椅子を回すと、頬杖をついて、床に膝をつけて頭を垂れている2人の男に向けて、こんな言葉を投げる。

 「君らの兄弟も役に立たないね。武功、闘矛」

 「申し訳ありません」

 「あいつは、我々が必ず殺します」

 ニコニコとその言葉を聞きながら、男はこう続ける。

 「総動員で殺しに行くように。何しろ、この前の計画が失敗しちゃったからね。どんなネズミが侵入したのかはわからないけど、すばしっこいのは間違いないね」

 その部屋から出て行くと、武功と闘矛は、廊下を早足で歩く。

 冷静にしている武功とは裏腹に、少し苛立ったような闘矛が、隣を歩いている実の兄にドスのきいた声で言う。

 「どうして捕まえた時にあいつを殺さなかった」

 「・・・・・・利用できると思ったんだが、利用できないほどに愚かだった。ただそれだけのことだ」

 「本当にそれだけか」

 「ああ」

 武功の脳裏には、一瞬だけ、蘇る。

 幼い自分に向かって駆け寄ってくる、月のように美しい髪を持った弟の姿。

 自分しか甘える相手がいないのだからと、当時は陰でこっそりと、2人でおやつを掴み食いしたり、怪我をした弟をおぶったこともある。

 しかしそれも、今となってはただの残像。

 立場も違ければ、思考も欲の矛先も、全てが異なっている。

 武功の横顔を見ていた闘矛は、舌打ちをしてからこう言う。

 「もし兄上が、少しでも迷った剣を振るおうものなら、僕が首を刈るからね」

 闘矛の言葉に、武功は足を2度動かすよりも早くこう答えた。

 「迷う事などない」

 そのまま2人が向かった部屋には、すでに数名の男たちが揃っており、その中央には刕豪と澪もいた。

 「楽しみだね。手応えはあるのかな」

 「たった5人相手に、俺達まで出て行く必要があんのか?いくら強いっつったって、多勢に無勢だろ」

 「でも、俺達の部下が素手でやられちゃったって言ってたからね。俺らに喧嘩を売るなんて、馬鹿な奴らってことさ」

 「死んで後悔させてやろうってことだよな」

 すでに士気は十分に高まっており、刕豪が剣を抜いて天井に切っ先を向けると、澪、武功、闘矛と続き、その後他の者たちも同じように剣を抜く。

 「さっさと済ませようぜ」

 「そうだね。全ては神我さんの為に」

 金属同士がぶつかる音が響くと、それぞれは腰に剣を収めた。

 それから少しして、刕豪たちは再び集まっていた。

 「門司から聞いた日時は確か2日後だったな。最終確認をしておけ」

 「鍛錬はほどほどにして、身体をしっかり休めるように」

 刕豪と澪は各部隊に指令を出しに行く。

 刕豪らも自分の準備を始めるために自室へと戻ると、剣の手入れは勿論のこと、それ以外の準備も始める。

 刕豪に関しては、物理的な戦闘準備だけでなく、酒を飲むなどして精神的な準備もしていたようだが、一方で、澪は座禅を組んで精神統一を行っていた。

 酒を飲んでいた刕豪は、ある程度飲んで心地良くなった気分で、鍛錬場へと向かう。

 そこで上半身の上着を脱いでその上着を腰に巻きつけた状態で1人素振りをしていると、何やら奇妙な感覚に襲われる。

 それが一体なんなのかは、すぐにわかることとなる。

 鍛錬場に1人の部下がやってきて、息を切らせながらこう叫んだ。

 「大変です!奴ら、すでに攻めてきています!!!!」

 「迎撃準備をしろ」

 刕豪はすでに早歩きをしながら剣を腰に収め、腰に巻いていた上着も、バサッと広げて華麗に身につける。

 途中澪が隣に来たため、どういう状況なのかを聞いた。

 「前線部隊からの連絡があって、すでに戦前部隊は壊滅状態だとか」

 「何人送らせたんだっけ?」

 「50人ほど」

 「さすがだな。未知数の連中のお陰か?」

 「そんな呑気がこと言ってる場合じゃないんだけど、七翔」

 「わーってるよ。それにしても、門司の奴、情報操作でもされたか?」

 門司は国に仕えているわけではなく、金で雇われている。

 だからといって、これまでに誤った情報を持ってきたことなど一度もなかったため、刕豪たちも信頼してきたのだ。

 それが今回だけ、初めて、間違えた。

 「門司が裏切ったとか?」

 「それはねえだろ。金はあいつが求めてる以上を支払ってる。向こうがそれ以上の金を持ってる可能性は皆無」

 「ってことは、間違えたというよりも、謝った情報をわざと流された、ってところだね。門司が見張ってたことに気付いてたのかな」

 「まあ、今考えてもしょうがねえ」

 すでに全員に迎撃の指令が下される。

 まだ準備途中だった者、すでに寝ていた者、女性達と酒を飲んでいた者など色々な時間の過ごし方をしていたのだが、各々がすぐに先頭体勢に入る。




 ―8日前 夜

 門司は、言いつけどおりに尊達のことを見張っていた。

 これまでにも幾つも口や政府、組織などに属してきたが、この国が最も報酬がよく、言ってしまえば仕事が楽だ。

 国に刃向かおうとする国民はほぼおらず、毎日毎日、通常通りの生活をしているかの確認をする程度だったのだ。

 他にある仕事といえば、他国からの情報収集が多く、この国を侵略しようと思っていないか、秘密を握ろうとしていないか、バレてはいないかと、要するに国に不利益になるような行動をしていないかの確認程度だった。 

 とはいえ、門司と言えば情報収集の職人とも言える名であることはどの国の者も知っているため、この国に干渉しようとする者もほとんどいなかった。

 いたとしても、門司によって情報がすぐに渡り、国を滅ぼされる、皆殺しにされる、こちらの国で仕事をさせられるなどなど、とにかく、ろくなことにはならないということだ。

 そんな門司は、欠伸をしながらうとうとしそうになっていると、ふと、背後に何か気配を感じてバッと後ろを向く。

 首筋にすうっと突きつけられた冷たい感覚に、初めて息を飲む。

 にっこりと微笑んだ濃鼠色の髪の男によって、門司は見張りをしていた男たちの拠点へと案内されることとなる。

 「・・・どういう心算だ?」

 「何が?」

 「オレを拘束もしねぇで、なんでもてなしてんだよ」

 門司の身体を縛りつけることもなくただ椅子に座らせた状態で、優によって出された緑茶も添えられていた。

 この状態で、拘束されているとは言い難いのだが、門司の周りには、先程門司の首にナイフを当てていた男、刀悟を始め、大、優、護によって取り囲まれていた。

 尊は1人離れた場所で壁に背中をつけてぼーっとしている。

 「オレはなぁ、金で雇われてんだ。それ以上の金を出さねえと何も喋らねえぞ」

 門司は鼻ではんっと笑うと、椅子にのけ反るようにしながら、両足を広げながら伸ばし、両腕は頭の後ろで組んだ。

 大たちが互いの顔を見て、しばらく何も言ってこなかったため、すぐに逃げ出せる経路をちらちら確認でもしようと思っていた門司だったが、降ってきた言葉は、思っていたものと随分違った。

 「お前、死にたいのか?」

 「あ?」

 大は、なんとも悲しそうな顔で言った。

 こいつは何を言っているんだと思った門司だったが、続けてこんなことを言われる。

 「これからこの国で戦争が起こる。だから、死にたくなかったら、偽情報を流してほしいんだ」

 「・・・・・・はっ。勝つ方にいるのに、そんなことオレがすると思うか?」

 いつの間にか、暇になったのか刀悟が尊に近づいて花札をしようと誘っていたが、断られたため1人で遊んでいた。

 伸ばしていた足の片方を曲げると、もう片方の足の太ももあたりに乗せ、曲げたほうの足に肘をつけて頬杖をつくと、門司は勝ち誇ったような笑みを見せる。

 それでも、大はこのように続ける。

 「命より金を取るのか・・・」

 「ああ?命の心配がねえっつってんだよ。お前等こそ、国相手に勝てるとでも思ってんのか?止めとけ止めとけ。オレがこれまでに幾つか国相手にしてきたが、ここほどしょうもねえ国はねえぞ。子供も老人も女も、殺すことに躊躇はねえ。つまり、お前等に未来はねえってことだ」

 「・・・・・・」

 大は残念そうにちらっと刀悟を見ると、そこにはすでに刀悟はおらず、門司の首筋には先程感じた冷たさと同時に、少しのぴりっとしたような痛みも走る。

 反射的にそこに手を伸ばした門司は、自分の首が薄らと斬られていることに気付く。

 そして、背後にいるその人物は、きらりと光るそれを持ったまま、そこについた門司の血をぺろりと舐めあげている。

 「今ここでお前1人殺すことは、物理的には可能なんだけど・・・」

 さすがに大としては気が引けるようなのだが、他の者がどうかまではわからないと言われた。

 門司は、思考を巡らせる。

 確か、陽守大という男を筆頭に、その仲間2人、計3名を捕えて殺す予定だったのだが、それをひっくり返すようにして現れた実力者がいた。

 そのうちの1人がこの男だろうかと思うと、門司はさすがに血の気が引いた。

 優も腰にある刀に手を当てたまま門司を見ているし、護は護でゴキゴキと指を鳴らし始めている。

 いつもはヘラヘラとしている門司だが、珍しく顔を引き攣らせる。

 「わかったわかった。降参だ」

 門司はのけ反らせていた身体を正すと、両手をあげて顔の横あたりに持ってくる。

 「しょうがねえ。命あっての物種だ」

 思っていたよりもあっさりとそう言った門司に、護はあまりにあっさりしていたため疑いの目を向ける。

 すると、その目つきに気付いた門司は、聞かれてもいないのに答える。

 「さっき言ったろ?俺は金で雇われてるだけだって」

 そしてすぐに門司を解放したのだが、門司が嘘を吐き、国側に偽情報を流さないということもありえたのだが、門司はそうしなかった。

 なぜかと言われると、門司は薄々感じていたからだ。

 「時代はいつだって変わっていくさ。どれだけ続いた国だろうと、これだけのことをしてたらいつかは国を潰そうって輩が現れる。そしてそれは勝ち負けに限らず、国を滅ぼす第一歩になるってことさね」

 色んな国を見て来たからこそ、わかった。

 どんなに強い国だろうとも、時代や人の流れには逆らえない時がくるのだと。

 ましてや、倫理的に道徳的に問題を抱えた国というのは、そう長くは繁栄できないものであると。

 「って、伝道者が言ってたからな」

 門司は、大に言われたことを国側に情報として流すとすぐ、その姿を消した。

 「上手く行ったみたいだね」

 尊たちは、夜明け前に前線部隊を壊滅させると、それぞれ各方向へと走りだした。

 門司の動きひとつで、こんな結果にはなっていなかっただろうと思うだけで、より一層、どうして門司は自分達の情報をちゃんと流してくれたのかと不思議に思う。

 尊たちが動き出した頃、門司もまた、安全な場所に身を隠し、そこから双眼鏡を使ってどうなっているのかを確認していた。

 「あちゃー、始まっちゃったか。まあ、オレのせいでもあるけど」

 粉塵が舞う地から時折見える人の形。

 それが一体誰なのかは分からないが、これから激しい戦いが始めることだけは確かだ。

 「怖い怖い。オレは金で動く男だが、それよりてめぇの命が可愛くてねぇ。とんずらさせてもらうぜ」

 すたこらさっさと去って行った門司のことなど露知らず、戦争というにはあまりにも戦力差がありすぎる戦いが始まった。




 「・・・・・・」

 護の前には、武功と闘矛が立っていた。

 互いに剣を構えてはいるが、国を背負っている者と、国を放棄した者。

 言い方を変えれば、国に服従する者と、国に刃を突き立て、自由を手に入れようとする者。

 「護!」

 重たい空気を切り裂くように現れたのは、護の生い立ちを知りながらも、気持ちをくみ取って共に戦う同志として迎え入れてくれた男、陽守大。

 大は護の隣に立って剣を持つと、護の目の前にいる2人に向ける。

 「あいつらは?」

 「知らん!バラバラになったからな!そう簡単には死なねえだろ!!多分!!」

 大の登場が気に入らなかったのか、それとも、護と対面したこと自体が気に入らなかったのか、闘矛はギリギリと歯ぎしりをして睨みつけていた。

 「ようやく直に手を下せる・・・」

 一方その頃、刀悟は澪と向き合っていた。

 「誰だか知らないけど、人を殺すのは慣れていそうだね?君かな?侵入者っていうのは」

 「慣れてるのはお互い様でしょ。僕よりも濃い血の臭いがする」

 鼻を人差し指を横にして蓋をするように押さえている刀悟に、澪はにっと口角を上げる。

 顔の横に項垂れるように流れている美しい京藤色の髪の毛を指で拾い上げて耳に引っかけると、剣を構えて不敵に笑う。

 「これだけ大勢に囲まれ、さらには俺と向かい合って、そんなこと言えるだけ十分君は化物じみてるよ」

 「それって自分のことをそれだけすごい人間だって言ってるのと同じだよ?遠回しに自慢してるのかな?僕、そう言う奴ってあんまり好きじゃないんだよね」

 「奇遇だね。俺も好きじゃないよ。この国に何かしようとする奴らはね」

 別の場所、同じように大勢の男たちに囲まれている真ん中に、尊は立っていた。

 そんな尊の前には七翔が悠然と立っているのだが、威圧感が、なんというのか、刀悟とはまた違ったものを感じる。

 無意識に、尊は呼吸が浅くなっており、それに気付いて、酸素を体内に取り込もうと深呼吸をする。

 急に血のめぐりが良くなったような感覚に、尊は胸をなで下ろす。

 尊のことをずっと見ていた七翔は、腰から剣を抜きながら、ぴくりとも表情を変えずに無機質な目を向けてくる。

 「お前みたいな奴にやられるとはな。ある程度の精鋭部隊に襲わせた心算だったんだが、俺の目が節穴だったのかぁ?」

 「・・・・・・精鋭部隊?訓練の受けてない一般人でも寄こしたのかと思ってた」

 「言うねぇ。まあ、俺ぁそのくらい生意気な奴を痛めつけてから殺すのは好きなんだ。頼むから、そう簡単に死なねえでくれよ?」

 「悪趣味だな。あいつが戻りたくないってい言ってるのがよくわかるよ」

 尊の言っている“あいつ”というのが誰の事なのかすぐに分かったのか、七翔は少しだけほくそ笑んだ。

 尊は、周りで自分のことをいつでも襲える状態の男たちのことも気にしながら、目の前にいる一番の危険人物の一挙手一投足にも警戒する。

 「京賀護のことか。あいつぁ馬鹿な野郎だよ」

 少しだけ冷たい風が額にすり寄っていき、まだ明ける様子のない空からは雨さえ降って来そうだ。

 「兄貴や弟と一緒に国に大人しく尻尾振ってりゃあよかったものを、わざわざてめぇから寿命終わらせるようなことするなんてよ。馬鹿としか言いようがねえよ。命賭けてまで公表するようなことじゃねえだろ?他の国でも、少なからずやってることだ。くだらねえ正義感に駆られてるからこんな最期になるんだよ」

 じりじりと詰めよってくる男たちだったが、尊の表情が変わり、思わず足を止める。

 ただ睨んでいるだけではなく、刕豪とも澪とも違う、静かな怒りなのか、青いマグマのような、表現するにはなんとも難儀ではあるが、何かの予兆とも取れるその静けさに、皆が身体を強張らせる。

 「正義感じゃねぇ」

 「あ?」

 「そんなもんじゃ、ここまで命は張れねえだろうよ」

 尊の言葉に、七翔は首を傾げる。

 違うというのなら一体なんだというのだと思っていると、尊の後ろにいた男が10名ほど一気に尊に襲いかかる。

 幾重にもなるその刃を尊は避けると、首を折り、腹を裂き、腕を斬り、足を刺し、男たちは容易く倒れて行く。

 その華麗な動きには一切の無駄がなく、七翔はゴクリと唾を飲み込みながら、面白いものを見つけたように目を丸くしながら口角を上げて笑みを見せる。

 素手で剣を持った男相手になぜそこまで動けるのかと、七翔は興奮気味だ。

 「お前、いいなぁ!よし!俺も本気を出してお前を殺すとしよう!!」

 「さっきの答えだが」

 「ああ?なんかあったか?」

 すでに忘れしまったのか、七翔はそんなこともうどうでもいいと剣を握る。

 そして尊に向かって進んで行く。

 「決して変わらないのは、信念だ」




 「・・・・・・」

 物影に隠れている優は、国が経営しているとある研究所へと来ていた。

 大たちが大騒ぎをして囮になってくれた間に、優は目的地へと無事に辿りつくことが出来たのだ。

 すでに戦いが始まっているからなのか、研究所は平然としており、衛兵などという物騒な格好をした男たちの姿も見えない。

 以前優が働いていた頃とあまり変わらない風景が、そこには広がっている。

 「(よし)」

 優はいざ、と思い動き出したそのとき、どこからか啜り泣くような声が聞こえて来た。

 おそらく女性のものと思われるその声の方向へと歩いて行くと、隅っこで肩を震わせながら、こちらに背を向けた状態で泣いている女性の姿が見える。

 優はどうしようかと思ったのだが、放っておくこともできず、声をかけてみる。

 「あの、何かありましたか?大丈夫ですか?」

 次の瞬間、泣いていた女性はいきなり優に剣を振り抜いてきた。

 完全に無防備状態で向かったわけではなく、念の為腰の刀に手を置いた状態で声をかけたため、優はなんとかその攻撃を受け流すことができた。

 女性の髪の毛がずるっとすり落ちると、そこから出て来たのは、美しい顔と胡桃染色の髪の毛。

 誰だと聞こうと思った優だが、先に口を開いたいのは相手のほうだった。


 「ここに来ると思っていた。蘭刃“ゆう”」






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