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鎌首  作者: うちょん
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赤々


 第二章【赤々】




















 誰かの曇った心にさす光になりなさい。

         マヤ・アンジェロウ













 尊と刀悟が身構えてすぐ、剣を持った男たちが一斉に押し寄せて来た。

 そんなに広い場所じゃないのに、とかどうでもいいことを少しだけ考えてしまったが、そうはいっていられない状況だ。

 だがその男たちの奇襲よりも驚いたのは、隣で戦っている男のことだろうか。

 喧嘩は苦手だとか、体格的に不利だとか、襲ってきた男たちに言いながらも、そんな大柄の男たちのことをいとも簡単に殺し・・・いや、息の根を止めている姿は男たちよりも恐ろしいものだ。

 手慣れている感じもさることながら、血飛沫が舞うそんな中にも笑みを消さないことがより一層、男たちに恐怖を与えているに違いない。

 「他所見とは余裕だな!!?」

 そんな余計なことを考えていたものだから、尊を狙ってきた男が一気に距離を縮めて来た。

 尊は自分目掛けてきたその男と、男が持っている切っ先に集中すると、手で弾いて男の背後に回って男の膝を蹴り、男が前に倒れそうになったところで首に腕を回し、そのまま綺麗とは言えない鈍い音を奏でる。

 それを見ていた刀悟は、尊に向かってこう言った。

 「あれ?慣れてる?」

 別の男の顎を殴って脳震盪を起こさせている、というよりもほとんど即死状態した尊は、息をそれほど切らせることもなく答える。

 「生きていくのに身についただけだ」

 「そういうのが一番怖いんだよ、知ってた?」

 「お前に言われたくねえから」

 襲ってきた男たちが全員床に寝ていることを確認すると、刀悟は血がべっとりとついてしまったソレをヒュッと音を出して風を斬らせ、それから自前と思われる斬れ味が戻る小型の器具を使って研ぎ直していた。

 「あ」

 刀悟が急に声を発したため、尊はなにごとだと怪訝そうな顔をする。

 「1人くらい残しておけばよかったね。何の情報も得られなかったや。僕としたことが、あまりに久々の感覚で興奮しちゃったかな」

 「・・・・・・お前はもうしばらく喋るな」

 尊はすでに息のしていない男の身体に近づいて行くと、片方の膝を床につけ、男の身体をまさぐる。

 それを刀悟は、まるでいけないものを見ているかのように、両手で顔を覆っている。

 とはいっても、指の間は完全に開ききっているため、丸見え状態なのだが。

 「あ?」

 「何かあったのー?」

 間延びした声を出しながら寄ってきた刀悟にそれを見せると、どこかで見たことがあるような、と言っていた。

 男の胸元につけられている、重みのある、何かの紋章が描かれたソレが詳しくは何かわからないものの、この国に従事する者であることだけは分かった。




 目を覚ました護は、見覚えのある部屋にいた。

 ただし、椅子に身体を巻き付けられた状態のため、動くことが出来ないのだが。

 大きなベッドには豪華な飾り物がついており、上を見上げればシャンデリアのような立派な電気器具がぶら下がり、戸棚も窓も鏡も装飾品が豪勢にとりつけられている。

 そして座らされている椅子でさえ、1人が座るには十分すぎるほどの幅と高さがあり、腕を乗せる場所にも、スワロフスキーがこれでもかというほど縋りついている。

 「起きてるみたいだよ」

 ノックもせずに部屋に入ってきた2人の男を見るや否や、護は顔をしかめる。

 先に入ってきた男は、紺青色のさらっとした髪に藤納戸色の瞳で、言葉通り権威を身に纏っている。

 その後ろから入ってきた男は、み空色の長い髪を後ろで1つに縛り、滅紫色の瞳だ。

 護の前にぐいっと近づいてきた紺青色の髪の男は、いきなり護の短い月白色の髪を思い切り掴みあげると、髪を掴んでいない方の腕で護を殴る。

 「おい」

 後ろの男が声をかけるが、目の前の男はまた殴ろうと拳を振り上げたため、後ろの男がその腕を掴む。

 護の口の中は切れており、鉄の味を感じる。

 男は掴んでいた手を離すと、自分の髪の毛をかきあげる。

 「久しぶりだな、護」

 「なんとか言えよ、恥晒しが」

 「・・・・・・」

 「ずっとずっとずっと、覇天呀家に仕えて来た京賀家から、お前みたいなクズが出るなんてな。最大の汚点だよ。腹切って詫びろ」

 「闘矛、口が悪いぞ」

 「僕はいいけど、兄上の立場が危うくなるだろ。こんなクズのせいで。こんな奴が自分の兄だなんて思うと心底恥ずかしい。さっさと死ねよ」

 「私のことはいい。護が心を入れ替えて、再び覇天呀らと共に国と生きると言ってくれればいいだけの話だ。手段は選ばずともな」

 2人は護の兄弟だ。

 護のことを殴り喧嘩腰なのは護の弟の闘矛といい、闘矛を宥めるように諭しているのが護の兄の武功という。

 2人揃って剣術や武術に長け、国を収めている覇天呀家に仕えているのだが、護を誘拐したのもまたこの2人だ。

 弟の闘矛としては、護はもう戻って来ないものとして考えており、もし万が一にも敵として戦うことになっても迷うことなく滅する気でいる。

 一方、兄の武功も基本的には闘矛と同じ考えなのだが、もう一度だけ護の考えが変わっていないかを聞いてみようということで、今回攫うことにしたようだ。

 久しぶりに見る兄弟に、護は複雑な心境ではある。

 護が5つの時闘矛が生まれ、その後すぐに母親は亡くなった。

 とても厳しい一家だったこともあり、小さい頃から剣を持たされ、人を傷つけることを覚えさせられる。

 力こそが全てであり、権力には決して逆らうなと教えられて育ってきた。

 『自分が正しいと思ったことをしなさい。心に嘘を吐いてはいけません』

 「・・・・・・俺は、今ここで殺されることになったとしても、俺は絶対にあいつらと同じにはなりたくない」

 「ああん!?」

 護の言葉が気に入らなかったのか、闘矛はまたしても護の顔を殴りつける。

 それから、闘矛はしばらくの間護を殴り続け、武功もそれを止めることもせずにただただじっと見ていた。

 闘矛は自分の拳から血が出ていることに気付き護を見ると、護は額から血を流しながらも、その鋭い眼光を緩めることはしない。

 舌打ちをした闘矛が再び護に殴りかかろうとしたとき、ようやく武功が口を開く。

 「闘矛、そこまでだ」

 「なんで止めるんだよ!!こんな奴、生きてる価値もない!!」

 「落ち着け」

 闘矛は荒げていた呼吸を少しずつ元に戻していき、武功はその間に護に近づいてくると、ただその冷たそうな瞳を向ける。

 「今ならまだ遅くは無いぞ。それでも戻ってこないのか」

 「兄上!!」

 「こんな奴でも、一応は私達と同じく訓練を受けて来た。それなりに武力にはなるだろう。盾は多いにこしたことはない」

 「・・・・・・嫌だ」

 「この野郎!!」

 あっさりと拒絶を示した護に、一旦は下がった熱がまた上がってきてしまった闘矛だったが、武功の手が闘矛の身体の前に横に出されたことによって、その場から動けなくなった。

 ギリ、と歯を強く噛みしめている闘矛に対し、武功はいたって冷静に話しかける。

 「うまくいくと思っているのか?」

 「・・・?」

 一体何のことを言っているのだろうと思った護だが、すぐに察しがついた。

 護の表情からそれを感じ取ったのか、武功は闘矛の前に出していた腕を下ろす。

 「お前たちの情報が、こちらには漏れていないとでも思っているのか?」

 「何を言ってるんだ」

 「どこから漏れているんだろうな。想像するのは容易いはずだ。お前達は限られた人数しかいないのだから」

 「おい、いい加減なことを」

 「人間は脆いものだ。そして欲がある。己のみが不幸から逃れられるならばなんでもする輩なんだ。わかっているだろう?」

 「ふざけんなよ!!!」

 ここにきて初めて護が声を荒げていると、そこへまたしても別の男たちが入ってきた。

 「なんだなんだ?でけぇ声が聞こえてきたと思ったが」

 「京賀兄弟がおそろいだ。あれ、結局二男くん捕まえてきたんだ。で?殺すの?」

 「俺ぁてっきり見せしめに公開処刑でもするもんだと思ってたぜ」

 濡羽色の短髪に香色の瞳の男は刕豪七翔、最年少でリーダーとして抜擢されたほどの男で、腕はもちろん戦略も練り、人望も厚い。

 京藤色の長い女性のような髪に千歳緑色の瞳の男は澪標、七翔に次ぐ実力者で貴族の女性たちにモテモテだとの噂。

 刕豪曰く、きっと口元にあるホクロがモテる要因だと言っていたが、周りの者はきっと違うと否定していたようだ。

 2人とも2メートル近くある巨躯だ。

 「まあ、洗脳的暴力的手段でこちらにつかせるという手もあるけど、それで言う事聞きそうなほど素直なのかな?」

 「こいつらの兄弟だろ?素直ではねぇわな」

 好き勝手に言っている刕豪と澪は、声を揃えてこう続ける。

 「「力付くなら得意だぜ(よ)」」

 その様子を、じっとモニター越しに眺めている男がいた。

 黄櫓染色のさらさらした髪に呂色の瞳。

 その隣にいるのは、胡桃染目色の落ちついた髪に白菫色の瞳の、とても綺麗な顔立ちをした男。

 「僕はね、思うんだ。国家という力は、国民にとっては絶対的なものでなければいけないと。それがみんなの幸せに繋がることを、僕はよぉく知っているからね。姫里、君もそう思うだろ?」

 「・・・・・・」

 何も答えない男のことを咎めることもせず、天使とも悪魔とも言えない微笑みを浮かべる。

 「門司、何か用?」

 「新しい情報が入ったんで、わざわざここまで来たんスよ、オレ」

 「それは御苦労だったね」

 勝色の髪は、被っているニット帽から零れるように見えており、不言色の瞳はぱっちりとしている。

 門司と呼ばれた男は、微笑みを未だ浮かべている男に近づいて行くと、そっと何かを耳打ちした。




 「どこにもいませんでしたね。やはり、攫われてしまったんでしょうか」

 「護・・・まだ1人にさせるべきじゃなかったか・・・」

 護のことを探しに行っていた大と優が家に帰ると、そこには大量のむさ苦しい男たちの身体が重ねられていた。

 悪臭が漂っているため、それは生きていないとすぐに分かる。

 「おい、一体何があったんだ!?」

 「話すと長くなるんだけどね」

 「出来れば手短に」

 「敵、わー、倒す」

 「手みじかすぎだろ」

 大と優に事情を聞かれ、刀悟が答えようとしたのだが、あまりに簡単に説明してしまったため、その後結局刀悟がもう一度ちゃんと説明をすることになった。

 「それで、京賀さんは一体誰に攫われたと?」

 刀悟の質問に、大と優は互いの顔を一旦合わせると、ふう、と呼吸をして心を落ち着かせてから言う。

 「多分、国に・・・」

 「国に?なんで?」

 「それは・・・・・・」

 もごもごと、大の性格には似合わないその様子に、刀悟は続けて言う。

 「助けに行かなくていいの?殺されちゃうんじゃないの?」

 あっけらかんと、そういうことを簡単に言えてしまえる刀悟もなかなか恐ろしいものだが、今はいいとしよう。

 「そう簡単には殺されないと思う」

 「“思う”じゃ確証として足りねえだろ」

 理由をちゃんと話すようにと大と優に促してみたのだが、何故だか頑なに話そうとしない大に対し、ついに尊は痺れを切らす。

 これまでずっと飴をガリガリと音を出しながら噛んでいた尊は、一層強く噛み砕く。

 その音だけでも、その場にいた全員がびくっとしただろうが、それでも飴を噛み続けるあたり、尊の性格が知れてしまう。

 「てめぇ、勝手に人に力貸せっつっといて、てめぇら身内のことはだんまりか。こっちに情報も寄こさずに都合良すぎだろ」

 「それは、本当、申し訳ないと思ってる」

 「申し訳ねえじゃ済まねえだろ。こうして実際に命狙われて殺されかけてよぉ」

 「尊さん、殺されそうには見えなかったけど」

 「これ以上何か隠すってんなら、俺はまじでここでおりる。てめぇらがどうなろうが正直知ったこっちゃねぇからな」

 「尊さん強いから、話した方がいいと思うよ」

 タッグを組んだのかと思うほど、刀悟が尊の言葉に会いの手を入れるものだから、大は覚悟を決める。

 「勝手に話していいのかわからないけど、俺が知ってることは全部話すよ」




 京賀護は、京賀家の次男である。

 京賀家とは、この国を牛耳っている覇天呀一族とは昔から強い縁があり、騎士として仕えている。

 騎士として仕えているのは他にも幾つかいるが、今は省くとする。

 京賀家に生まれた護は、優秀な兄と弟に挟まれながらも、日々鍛錬に励み、充実した日々を送っていた。

 しかし、気になることがあった。

 母親が亡くなる少し前、嘆いていたことを。

 自分たちを生んだことを後悔しているのかと聞いたことがあるが、違うと言っていた。

 違う国から嫁いできた母親が、この国を見て何を想い何を感じたのか、当時の護には知る由もなかった。

 だが、ある日突如として気付くことになる。

 「俺が見て来た世界は、なんだったんだ」

 全てが偽物だと分かった途端、色んなものがガラガラと音を立てて崩れていくのが分かり、護は何を信じて生きていけばいいのかがわからなくなった。

 そんなとき、大と出会った。

 「護の兄と弟は、今も国側の騎士をしてついてる。だからきっと、護を連れ戻そうとしてるんだ」

 「京賀家は有能な一族です。京賀殿を連れ戻し、戦力にするお心算なのでしょう」

 「多分、俺と優を殺しにきたんだ。でも、どうしてここがわかったんだ?周りにはカメラもないし、発信機もつけられてないはずなのに・・・」

 大と優が場所の特定をされた理由を話しあっていると、また新しい飴を噛み始めながら、あっけらかんと言う。

 「そりゃそうだろ。ずっとつけられてたんだから」

 「「「は?」」」

 「は?」

 尊以外の3人が、ぽかんと口を開けながら尊の方を見るが、尊は自分に向けられた視線の意味がよくわからず、自分にかけられた声をそのまま返してしまう。

 それからほんの数秒間だけ沈黙が流れたかと思うと、大が大騒ぎし始める。

 「おおおおおお前一体全体どういうことだよお!?つつつつつけられてたって、どこから!?なんで!?つかそれをいわねーってどういうこと!?何からどうすればいい!?」

 「うるせぇな」

 「尊さん、僕も気付かなかったけど、いつから?どこに?」

 「ってかこの狂人が気付かねえのにお前気付くってどういうことだよおお!?」

 「陽守殿、落ちついてください」

 尊は、なぜそんなに驚かれているのかがわからなかったが、ああ、と何かを思い出したように口を開く。

 「俺、生まれ付きなのかなんなのかはわからねえけど片目があんまり見えなくて。他の感覚が鋭くなってんだよ。だから視線とか匂いとか空気?とかで、だいたい人の気配とかわかるんだよな」

 けろっ話す尊に対し、大はなにやら興奮したように尊に話しかけるが、あまりに距離が近かったため、尊に蹴られていた。

 それでも諦めずに這いつくばりながら、こんなことを聞いていた。

 「お前、どうやって生きてきたんだ!?小さい頃からそんな特殊能力が備わってたわけじゃねえだろ!?」

 「別に特殊能力とかじゃねえと思うが、小さい頃から三味線が得意だったから、演奏して小銭稼ぎとかしてたな。演奏してない時でも、変なおっさんが小遣いっていって金くれたときもあったけど」

 「お前危なかったな」

 「何が?」

 「いや、いいんだ。じゃあ、つーことは、ここがばれたのはその俺達をつけてきた野郎のせいだってことだな!そいつが国に金を引き換えに情報渡して、護を連れ去っていったに違いない!」

 それならばここから早く離れた方がいいのでは、という刀悟の提案もあったのだが大は乗り気ではなかった。

 その理由を聞いてみると、ここ以外にも幾つか拠点となる場所はあるものの、結構な数あるため、護が戻ってくるときに場所を移動してしまうと合流出来なくなってしまうのではないかというものだった。

 別に拠点の場所が分かってるなら、ここに何か次の拠点位置を特定できる暗号なりなんなりをおいていけば良いのではとも言ったのだが、それを考えるのは面倒臭いとのことだった。

 なんだそれとも思ったが、しかし、ここに居座るのも危険だ。

 刀悟はすでに話に飽きてしまっているのか、それとも何か考え事をしているのか、足を組んで頬杖をつきながら、大きな欠伸をしていた。

 優は皆の心を落ち着かせようとコーヒーを淹れると、大はすぐさま「ミルク多めで」と頼んでいて、それに便乗するように、刀悟は「僕は温めにして」と言っていた。

 「そんなこと言っても、戻ってくるかなんてわからねえだろ。そもそもあいつは国側の人間なんだろ?信用していいのか?お前みたいな阿呆は真っ先に踊らされるぞ」

 「おまっ、失礼な奴だな!俺は阿呆じゃねえからな!妹想いも兄だからな!それに鼻の良さだけはお前に負けねえと思ってる!」

 「国側について、美味いもん食って好きなもん買って、女はべらせてた方があいつにとっても幸せかもしれねえだろ」

 「はべっ・・・!!お前、護はそういう奴じゃねえからな!!護はちょっと天然なところもあるけど、はべらせるとかそういう不埒なことをする奴ではねえからな!修正しろ!訂正しろ!詫びろ!」

 「めんどくせっ。なんだその友情は。つか、お前の友情暑苦しいわ。あいつもはべらせてぇかもしれねぇだろ。お前がそんなに決めつけてたら、はべらせたいもんも侍らせられねぇだろうが」

 「さっきからはべらせるはべらせるって、尊!俺はニュアンスしか意味が分かってねえが、お前はちゃんと意味わかってんのか!?」

 「どこにキレてんだよ。わかんなかったら辞書引くなり機械に聞け。便利な世の中になってんだから」

 「楽しそうだねー。僕も混ぜてよ」

 「楽しくねえぞ」

 尊と大のやりとりを見ていた刀悟が急に間に割って入ってきたのだが、それを尊は簡単に一蹴する。

 そして、護は絶対に帰ってくるから、ここから離れることは出来ないと、その意見を曲げない大に対し、尊は目つきを鋭くして言う。

 「勝手にしろ。俺は出て行く」

 尊が出ていこうとしたとき、大が尊の服を強く掴み、動きを止める。

 それでもなお、尊は力付くで出て行こうとしていたのだが、その2人を見ていた刀悟が、またしても面白そうだと言って、大の真似をしていた。

 尊の力はなかなか強いらしく、大と刀悟の2人の男にしがみ付かれているにも関わらず、一歩一歩足を進めていく。

 筋トレでもしているかのような重みと辛さに、尊は疲労感よりもなによりも、苛立ちの方が先立ってしまう。

 その感情をなんとか押さえながらも外に出ると、ふと、誰かがそこに立っているのがすぐに見える。

 顔は見えないが、多分女性だろうか。

 「!助けてください!人が、人が倒れているんです!!」

 大よりも20センチほど低い女性がそう叫ぶと、大は尊の服から手を放して、すぐにその場にかけよった。

 大はその横に倒れている人物のもとに近づくと、身体に触れてすぐに分かる。

 「死んでる!!」

 すでに冷たくなっているその人物に、大は大声を出した。

 それに真っ先に反応を示した刀悟は、少しだけ笑みを浮かべてなにやら楽しそうに大のもとへと駆け寄って行く。

 ぴょんぴょんとヒールを履いているにも関わらず身軽に動く刀悟を横目に、尊も大の言葉が本当かどうかを確かめるために近づいて行く。

 刀悟はその身軽なまま身を屈めると、横たわっている身体をぺたぺたと、これでもかというくらいに触っている。

 「触り過ぎだ」

 「だってー、こんな硬い死体初めてだからさー。いっつも新鮮な死体しか見てこなかったし」

 その刀悟の表現もどうかとは思ったが、尊は鼻を押さえながらも、何かに気付いてパッと後ろを振り返る。

 同じように鼻を押さえる大は、しかめっ面をしながらこう言う。

 「道理で。変な臭いがすると思ったんだよ。この臭いだったんだな」

 「陽守さんって馬鹿なの?」

 「おい、お前ら立て」

 「え?なんで・・・」

 さきほどまでいたはずの女性はいなくなっており、その代わりに、周りには国民であろう者達が沢山わらわらと集まっていた。

 どうしてこんな辺鄙な場所に死体があって、どうしてこんな早くにこんな多くの人たちが集まっているのか。

 尊は刀悟と大を連れてここから早く逃げなければと思ったが、もうその思考は遅かった。

 「おい!人が死んでるぞ!!」

 「あいつらが殺したに違いない!捕まえるんだ!!」

 勢いよく尊たちのほうに向かってくる国民に対し、大はその死体から離れることが出来ずにいたのだが、尊が大の首根っこを掴んで走り出した。

 刀悟はまたしても身軽に走りだし、尊の後を付いて行く。

 「踵踵踵踵!!!!!!すり減ってるからああああああああ!!!!」

 「うるさい」

 「まーだ追いかけてくるよ。距離は結構とれたけど」

 「優のところに早く戻らないと!」

 「だからわざわざ遠回りしてんだろ。拠点ばれねぇように」

 瓦礫の中でも、そのスピードをほぼほぼ落とすことなく走り抜けていくと、さすがにその場を追いかけてくる国民はいなくなっていた。

 あの場所付近で尊たちを探しているかもしれないが、大が裏口があるから大丈夫だということで、そっちから拠点へと戻って行く。

 「馬鹿か。あの女にはめられたんだよ」

 「なんで?」

 「陽守さんが邪魔だから捕まえて炙ろうとしたんじゃないかな」

 「怖ッ!炙るの!?」

 拠点に戻ると、優は外が騒がしかったから心配していたということで、何があったかを簡単に話した。

 その後尊は、ここを出て行くという目的を思い出して動き出す。

 「待てよ」

 いつもと違う口調の大に止められ、顔を見せる。

 刀悟と優も、大が尊のほうを見て立っている様子をじっと見つめる。

 刀悟はいつものにやけた様子もなく、優が淹れてくれたコーヒーを、足を組み直してそっと飲む。

 また力を貸してくれという話だろうかと思っていた尊は、そんな話はもういいのだ、自分はこの国から抜けだす方法を考える、と伝える。

 しかし、大はそれでも待ってくれと言った。

 「俺には、妹がいる」

 「それが何だ」

 「妹はこの国の誰かのもとに嫁に行ったんだと聞かされた。でも、俺は違うと思ってる」

 「・・・・・・」

 「夢に出てくるんだ。ずっと。泣いてる妹が・・・」

 大が10ほどになってから産まれた妹は、あまりにも歳が離れていたからか、少し戸惑いがあった時もあった。

 でもとても可愛くて、護りたいと思った。

 なるべく国から支給されたものを食べさせないようにしたかったが、すでに国の思うがままにしか動かなかった両親によって、妹も徐々におかしくなっていった。

 それでも、大は妹を大事にしていた。

 「ある日突然妹の姿がなくなって、俺は両親に聞いた。でも、あいつらはヘラヘラ笑いながら、嫁いで幸せになった、って言うだけ。そんなわけない。この国で、本当の、平凡な幸せなんて手に入れられっこないんだ」

 妹の仇を取るなどと、大それたことを考えているわけではない。

 ただ、許せないだけ。

 「・・・それでお前が死んだら、本末転倒な気もするがな」

 ふう、と息を吐きながらそういう尊に、大は小さく笑う。

 「そうだな」

 それからすう、と大の視線は真っ直ぐに尊に移される。

 真剣なその表情に、尊の表情も共鳴する。

 「力を貸してくれ」




 冷たい鉄の壁を背に、冷たく開くこともしない鉄格子を見つめる。

 あのあと牢屋に入れられてしまった護は、まるで囚人のような扱いをされ、食事もパンひとかけとコップ一杯の水だけ。

 上の方に小さな小窓がついているが、そこにも鉄格子がついているだけではなく、あまりに高さで月の明るささえ感じることも出来ない。

 今日何度目かとも知れぬため息を吐きながら、護はそっと目を瞑る。

 父親に身守られながら、当時の騎士団長らに剣術を教わる日々。

 どんなに厳しい鍛錬だったとしても、決してくじけることも諦めることもなく、自分を磨くために励んでいた頃。

 充実していた毎日だったが、1つだけ気がかりなことがあった。

 他国から嫁いできた母親の元気がないこと。

 顔色も日に日に悪くなって行き、自殺未遂を繰り返すようになっていた。

 心配した護は、母親の見舞いに通うようになっていた。

 父親や兄弟は、そんなものに意味は無い。

 医者に任せておけば良いのだと言っていたけれど、護はそういうことが出来なかった。

 そしてある日、母親はいつものように見舞いにきた護の頬をそっと撫でながら、薄ら笑ったこう言った。

 『護、私と一緒に死んでくれる?』

 まだ小さかった護は、『死ぬ』ということが一体どういうことなのかわからず、母親と一緒だという言葉だけで頷いてしまった。

 母親はティーポットから紅茶をカップに注ぐと、小瓶を取り出してそのカップの中に入れていた。

 『幸せになれますように』

 そう母親が言いながら入れていたから、護はシロップか何かだろうかと思っていた。

 母親にカップを渡され、母親も自分のカップを手に取ると、それを一気に飲み干した。

 護は少しだけ飲んだのだが、紅茶が思ったよりも熱かったため、一度カップを口から放した。

 すると、母親は急にもがき苦しみだした。

 首をかきむしり、目は見開き、口から泡を吹き、そのままベッドに倒れた。

 護は何がなんだかわからなかったが、助けを呼びに行こうとし、自分も意識を失った。

 次に目を覚ましたときにはもう、母親はこの世にいなかった。

 弟が生まれてすぐの頃だった。

 護は母親の死をいうものを受け入れることは出来なかったし、それからというもの、母親の話をしようとするだけで父親から折檻を受けるようになった。

 弟も大きくなっていくと、剣術の腕をめきめきあげていく。

 兄も隊長を務めるほど立派になったものだが、護は母親の死後、どうにも稽古に身が入らず、弟に馬鹿にされるようになっていった。

 父親はそんな護を見捨て、兄と弟にばかり構う様になっていた。

 食事の際も、護だけ父親たちから離れた席で取ることが多くなった。

 そんな時間ばかりが増えていくと、嫌でも護の中には、自分が間違っているのではないかという考えが浮かんでくる。

 母親のことを心配することも、いなくなったことに心が痛むことも、人を傷つけることも抵抗があることも、全部全部全部、自分だけが間違っているのだろうかと。

 徐々に寒くなってきて、護は身体を出来るだけ丸めた。




 「お。朱槍お姫様のお帰りだなぁ」

 「お帰り姫里さん。うまくいった?」

 1人の綺麗な女性が部屋に入ってくると、刕豪と澪は、その人物に向かって話しかける。

 当の本人は、長く綺麗な黒髪の前髪あたりをぐっと掴むと、そのまま後ろに勢いよく引っ張った。

 黒髪の下から現れたのは、胡桃染色の髪の毛だった。

 その人物は頭をブンブンと左右に動かすと、身につけていた艶やかなボタン柄の着物を脱ごうと、片腕を無理矢理袖から出す。

 女性にも見えてしまうほど白く長い腕には、程良く引き締まった筋肉が備え付けられている。

 それを見て、刕豪は酒を口に近づけながらこう言った。

 「本当、女みたいだよな」

 喉を鳴らしながら言われた台詞にも関わらず、朱槍姫里はその刕豪の言葉に対して文句を言うわけでもなく、睨みつけることもなく、ぼそっと声を出す。

 「捕まるのは時間の問題かと」

 「思ったよりあっさりだね。あれでよく俺達に喧嘩を挑もうなんて思ったよね」

 「脳味噌腐ってんじゃねえのか?」

 クツクツと笑いながら酒を飲んでいる刕豪と澪、そしてその場に報告にきた姫里のもとに、あの男が訪れる。

 「そいつぁどうかな」

 「門司じゃねえか。なんだぁ?なにかあったのか?」

 いつの間にか扉に立っていた男、門司は、指を3本立てて笑みを浮かべる。

 それを見て、刕豪と澪は互いの顔を見合わせた後、急にじゃんけんを始める。

 じゃんけんに負けた刕豪は、床に置いていた小さな袋を1つ持ちあげると、チャリン、と金属の音がするその袋をそのまま門司に向かって投げつける。

 門司は驚いたような表情になりながらも、袋をキャッチすると、袋の中を見て口角を上げる。

 「さすが隊長殿。太っ腹だねぇ」

 「で、何がわかった?」

 金を渡したのだから早く言えと催促するように刕豪が声を発すると、門司は袋を腰に下げながらへらっと笑う。

 「あの後、華麗に逃げて行きましたよ。あの男たち」

 「男たち?」

 目的は、陽守大という男の確保だったはずだが、なぜ複数形なのかと思っていると、門司が簡単に説明をする。

 思惑通りに大が姫里によって殺人鬼として追われることになったのだが、仲間が一緒にいるだろうから同時に捕まえられれば良いだろうと思っていたが、真新しい男によって、逃げて行ってしまったとのことだった。

 その報告内容に、先程まで気持ち良く酒を飲んでいた刕豪は、コップを持つ手に力が入ってしまい、コップはそのまま無残にも砕け散ってしまった。

 刕豪の手から血が出ているとか、破片を集めないととか、床もテーブルも拭かないととか、そんなことを考えている者は、この場には1人としていないだろう。

 「ああ?誰だ、そいつら。金余分にやったんだからちゃんと調べろ」

 「この前言ってた不法侵入者のことかな」

 「ええ、まあ。現時点で分かってることは、2人は最近この国に侵入したってこと。うち1人は人を殺すことになんの躊躇もない身軽な男で、もう1人も国の精鋭部隊の男たちを素手で倒せるほど強く、かつ、勘が良い男ってことくらいですかね」

 「ちっ」

 「ちゃーんと調べますから」

 そう言うと、門司は部屋から去っていく。

 その途中、門司は常に浮かべているはずの笑みを少しだけ止め、何かを思い出したあと、今度は笑みと呼ぶには不気味な顔をする。

 「調べますよ勿論。なにしろ、この俺の気配に気づいたんだから。あいつが一体何者なのか・・・・・・」

 腰に引き下げた重みのある袋を摩りながら、門司は消えていく。

 牢屋で眠ってしまっていた護のもとに、足音が響く。

 目を開けて自然と目の前の鉄格子の向こう側に視線を移すと、そこには兄である武功の姿があった。

 しばらく互いに何も話さないでいたが、先に口を開いたのは武功だった。

 「情報を持ってこい」

 「・・・・・・」

 「ここから出してやる。だから、お前の仲間の情報を持ってこい」

 「誰がッ」

 「名前、拠点、戦力、武器、戦術、計画、なんでもいい。わかること、得られる情報を全てこちらへ持ってこい」

 「だからッ・・・!!」

 あまりに勝手に話を進めてくる武功に、護は勢いよく立ち上がり、鉄格子の方までずんずんと向かって行く。

 鉄格子を両手で掴むと、そこから自分がどれほど冷たい場所に捕えられているのかがわかるが、今はその感覚さえない。

 目の前にいる兄は、なんとも同じ人間、兄弟とは思えないほど冷たい目つきをしていて、その口から発せられる言葉もまた、想像以上に冷たいものだ。

 「お前はあいつらとは違う。愚かな思考を与えられたのかもしれないが、父上の教えを忘れたわけでないだろう」

 「・・・・・・」

 「あんなゴミ溜めみたいな場所で生きていくのは辛いだろう。こちらへ戻ってきて、全てが保障された平和な日常を過ごせばいい。何をそんなに拒むことがある?」

 「・・・・・・ッ」

 感情があるのかないのかも分からないその言葉と表情に、護は武功の顔をまともに見ることも出来ず、下を向く。

 武功はそんな護の気持ちなど知らず、自分たちの一族が、これまでどれだけこの国に貢献をしてきたのか、どれほどの功績を残してきたのか、どれほど力を尽くしてきたのかなどを話してきた。

 その間もずっと、護は顔をあげることが出来ず、俯いていた。




 「戻って来たぞ!!!」

 大が大きな声を出して叫んだ。

 何が戻ってきたのかと思っていると、久しぶりに見る月白色の短髪の男、護だった。

 大は護に抱擁をし喜んでいるが、護はそれを迷惑そうにしていた。

 あれから、やはりあの場に留まっているのは危険だということで拠点を変えたため、もう護には会えないかもしれないと思っていたようだが、護は護で拠点を幾つか巡り、ここに辿りついたようだ。

 まだその場に尊がいることに気付いた護が何か言おうとしたのだが、それよりも先に、大と同じように喜んでいる優が尋ねる。

 「京賀殿、大丈夫でしたか?!お怪我は?どうやってここまで!?」

 「大丈夫だ。見張りが1人しかいなかったから逃げて来た」

 「そうでしたか。御無事で何よりです」

 もしかしたらこのまま一生会えないのではないかと思っていたのは大だけではない。

 優もホッとしたように胸をなで下ろしていると、大は護が戻ってきた安心感からか、こんなことを冗談っぽく口にする。

 「断念するようかと思ったよ」

 すると、ピクリと肩を動かしてすぐさま優が反応する。

 「それは絶対にあり得ません!!!」

 珍しく大声を出した優に、大だけではなく、その場にいた全員が驚く。

 すぐにハッと我に戻った優は、取り乱してすみませんと謝ったが、大は自分が変なことを言ったからだと謝り返す。

 少し空気が和やかになったところで、優は先程より柔らかな表情で、しかし、先程と同じくらいに真っ直ぐに言う。

 「何が起ころうとも、私は命を賭して戦います」

 優の意志を確認しているかのようにその場がシン、と静まり返ると、その空気には似合わないほどぶっきらぼうな声が先陣を切る。

 「おい、優」

 「神流月殿、なんでしょうか」

 「お前、施設ってなんの施設だ」

 「え・・・」

 急に何の話かとも思ったが、きっと、以前に国が経営している施設にいたということを話した記憶があるため、それについてだろうとわかるのに、そう時間はかからなかった。

 しかし、わかってもすぐに優は答えようとはしなかった。

 先程前の勢いがどこへやら、口を噤んでしまった優を見て、尊の援軍というわけではないのだろうが、刀悟が頬杖をついて楽しそうに話す。

 「あー、僕も気になるな―。もうここまで切磋琢磨してきたんだし、これからのことも考えて、話してくれてもいいと思うんだけどなぁ」

 「・・・・・・」

 それでも黙ったままの優の口を開かせたのは、やはり尊だった。

 「どうせ研究所とかだろ」

 「なんで・・・!!」

 「あ、そうなんだ。国の研究所ってことは、国の人達を苦しめて来たってこと?」

 刀悟の、優の気持ちをくみ取ることもない言葉に、大は心配そうに優を見るが、優は覚悟を決めたように真っ直ぐに尊を見る。

 「そうです。ですから、一刻も早く、奴らの息の根を止めたいのです」








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