青々
鎌首
登場人物
神流月 尊 (かんなづき みこと)
陽守 大 (はるす だい)
呉崎 刀悟 (ござき とうご)
京賀 護 (けいが まもる)
蘭刃 優 (らんば すぐる)
覇天呀 神我 (はてが こうが)
刕豪 七翔 (しゅうご ななと)
澪 標 (みお しるべ)
朱槍 姫里 (あかやり ひさと)
京賀 武功 (けいが ぶこう)
京賀 闘矛 (けいが とうむ)
門司 (もんじ)
第一章【青々】
不幸というものは、耐える力が弱いと見てとると、そこに重くのしかかる。
シェイクスピア
これは、名も無き国で起こった、名も無き者達の物語である。
1人の男が、とある国に足を踏み入れようとしていた。
周りにいた者たちの話によると、その国はとても裕福で、国民の誰一人として国のことを悪く言う者がいないという、にわかには信じ難いほど良い国だそうだ。
食料にも賃金にも恵まれているため、国民はその国から一歩たりとも出ようとしないらしい。
他の国からやってきた者たちに対してもその施しが変わることはなく、一度その国に足を踏み入れてしまうと、その居心地の良さから、決して、国を出ようとしない。
その国には一カ月に一度ほど、食料などの調達で大きな門が開かれるのだが、そのときにも、輸送していた者達が国の中に入ることは許されず、門の手前で荷物を置いて行くように言われてしまうという。
国民がどれほどいるのか、どういった幸せな生活を送っているのか、誰にもわからない。
しかし、この男、神流月尊は、そんな謎だらけの国の検問所手前でじっとしていた。
木賊色の髪は前髪が邪魔らしく、おでこを出した状態でピンで止めてあり、葵色の瞳は澄んでいる。
そして飴をガリガリ噛んでいる。
一度は没落しかけた国が、超がつくほどのスピードで再建していったのだから、そんなに心強い国があるだろうかと思っていた。
尊が生まれ育った国は、とても貧しい。
貧しいというよりも、貧富の差がとてつもなく激しいと言った方が良いのだろうか。
良い暮らしをしている者はどこまでも贅沢をしているのだが、貧しい者は底のない地獄に落とされているかのような生活だ。
それでも両親が尊のためにと必死になって稼いで来てくれた僅かな金で、ささやかな幸せを感じていた。
しかし、ついに生活に苦しくなったある日、尊の父親は落ちていた宝石を見つけて拾ったところ、落とし主であった裕福層の太った男に盗人だと決めつけられ、斬首。
それを期に母親は体調を悪くし、あっという間に、本当にあっけなく死んでしまった。
1人残された尊は、なんとか1人で生きて行こうと思ったのだが、この国ではどれだけ頑張っても無駄だと分かり、国を出た。
そしてずっと噂で聞いていて憧れを抱いていた国に向かったのだ。
「そろそろ来るはず・・・」
門番はいないにしても、門は1人で開けられるようなものではない。
だが、尊は一カ月に一度運び込まれる食料に目をつけており、それがいつ運ばれるものなのかも調べていた。
物影に隠れていると、その荷物が門へと近づいて行くのが見える。
尊はその大量な荷物に紛れこむと、じっと身を潜める。
門が開くと大きな音がし、中から数人の男たちが出てようだ。
低い声が数人分聞こえて来たかと思うと、荷物がまた動きだし、尊はそっと荷物の隙間から辺りを見渡すと、荷物を引いている男たちに気付かれないようにそっと抜け出した。
「ふう・・・なんとか入れた」
尊は人の家の影に隠れていると、家の中からは人の声が聞こえて来て、小窓が開いていたためちらっと中を覗いた。
「・・・・・・!!?」
中腰ほどの高さになっていたからか、バランスを崩した尊は近くにたてかけてあった箒に触れてしまい、それが倒れる音が響くと尊は反射的にその場から離れようとした。
しかし、先程まで尊が紛れこんでいた荷物を運んでいた男たちが尊を見るなり、この国の国民ではないとすぐに理解し、尊を追ってきた。
これもまた反射的に、尊は走った。
どうして追われているのか分からないが、多分、勝手に国に入ったからだ。
不法入国の罪にでもなるのだろうかと思っていると、突如、腕を引っ張られる。
捕まってしまうのかと思っていると、尊の身体は思っていたよりも自由を保ったまま、ただ誰かの手で口を塞がれていただけだった。
「あぶねーあぶねー!」
尊の口を塞いでいる男は、京紫色の髪に玄色の瞳をしていた。
尊を追いかけていた男たちがどこかへと行ってしまうと、男はようやく手を放した。
「見かけねえ面してっけど、お前どっから来たんだ?どうやって入りこんだ?」
「・・・・・・」
「ああ、俺は正真正銘ここの国民だぜ!陽守大ってんだ!大って呼んでくれ!」
尊よりも背が高そうな男は人懐っこいような笑顔を向けてそう言う。
しばらく黙ったままの尊に、大は特に気にした様子もなく、笑ったまま首を傾げ、そして尊を連れて何処かへと向かう。
どこに行くのかと思っていると、大は勝手に話し始めてきた。
「この国にきたことを今更後悔したってしょうがねえぞ?他所ではどう言われてようと、この国は昔から変わらねぇ。理想郷だと思って来た奴らは数知れず。現状を知ったらもうここから逃げることは出来ねえ。悪夢の方がマシってくらい悲惨な状況なんだ」
大の話を聞くと、やはり先程見た住人たちの様子は幻ではなかったのだと、尊は確信する。
幸福な国だと思われていたこの国だが、その国民はとてもじゃないが生きているとは思えないほどに抜け殻化しており、それでも幸せそうに目を見開いている。
「詳しいことはさすがに分からねえけど、この国はおかしいんだ。国民はみんな食糧も家も与えられてるし、賃金だって悪くは無い。でも、なぜか健康状態は決して良くないし、病気が治ってもいないのに治ったと思いこんでいる人たちもいる。洗脳かなんかされてんのかとも思ったけど、それとも違うみたいで」
聞いてもいないことを大がペラペラと話すため、尊はそれをただ聞いていた。
自分も斜め後ろあたりを歩いている尊の方を振り返って大がまた何か話そうとしたのだが、その時、誰かがいきなり飛び出してきて尊と大にぶつかった。
「いって・・・!」
「いてててぇ・・・参ったなぁ・・・」
「誰だおま・・・」
ぶつかってきた男の顔を見るなり、大は指を指して口を大きく開く。
知っている人物なのかと思っていると、ある意味、知っている人物のようだ。
濃鼠色の髪は肩ほどの長さがあり、少しだけまとめて後ろで縛ってあり、右目の金糸雀色の瞳の下にはホクロがついている。
色白で長いコートを着用し、5センチほどのヒールを履いているのに、結構な速さで走っている。
「お前・・・!!指名手配犯の、確か、呉崎刀悟・・・!!!」
「呉崎?」
「知らねえのか!?全国指名手配犯だぞ!?連続殺人鬼の!!!」
「濡れ衣だよ。僕は・・・」
「待てーーー!!呉崎―――!!!」
「あ、やば」
刀悟は尊と大の腕を引っ張ると、なぜか自分と一緒に逃げるよう仕向けた。
「はあ・・・はあ・・・」
「疲れちゃったね。どこかお茶できるところはないのかな?」
同じ距離、というよりも、刀悟は尊たちに会うよりも前から走っていたのだから、2人よりも息を切らしているはずなのだが、一番平然としている。
刀悟がヘラヘラしながら尊たちの近づいてくると、あれほどニコニコしていた大は刀悟から距離を置き、警戒を示す。
自分のことを警戒しているのだとすぐに気付いた、もしくは会ったときから分かっていた刀悟は、両手をあげてひらひら動かし、まるで降参しているかのようだ。
大は刀悟を警戒したまま、尊に言う。
「こいつは色んな国で、老若男女問わず殺していて、その遺体は残虐非道なものだって話だ。そんな奴がなんでここにいるんだ!?」
刀悟は手をひらひらさせたまま、目を細めて笑みを浮かべながら口を開く。
「それを言うなら、この国で正常な判断と思考、行動を取れている君も、十分おかしいと思うんだけどね」
「それは・・・」
「陽守殿!こんなところにいらっしゃったのですね!探しましたよ!」
本紫色の髪を後ろで1つに縛り、撫子色の瞳に蘇比色の着物を身に纏った美男子が大を探しにきた。
大の他に男が2人いることを確認すると、大を見て、それに対して大が小さく頷くと、大を筆頭に、尊と刀悟をどこかへと案内する。
その道中、こんなことを話した。
「今から向かうのは、我々の隠れ家です。国の監視から逃れ、情報が漏れない隔離状態となれるよう、ある程度密閉された空間となります。私は蘭刃優と申します。以後、お見知りおきを」
「僕は呉崎刀悟だよ」
「呉崎・・・!?陽守殿、隠れ家に連れていって大丈夫なのですか?!」
「大丈夫もなにも、勝手に付いてきてるんだからしょうがねえよ。まあ、何かしようもんなら追い出せばいいだろ」
途中、警備員なのか護衛なのか一般人なのか、武装した者たちの姿を見つけると、隠れるよう言われたため言われた通りにしていた。
少しして男たちがいなくなりまた歩き出すと、それほど歩いていないところにまた武装した男たちがおり、隠れながら先を進んだ。
それが何回かあると、優はこう言った。
「それにしても、今日は多いですね。いつもより警戒が厳重な気が・・・」
「こいつらのせいじゃね?1人は指名手配犯で、1人は不法侵入者だし」
「ふっ、不法・・・ふがっ」
大の言葉に、思わず大きな声を出しそうになった優だったが、大がすぐさま口を押さえたため、周りにいる男たちには聞こえなかったようだ。
優は大に謝ると、再び周りを見渡しながら目的地に向かう。
そうしてようやく辿りついた先には、ブロックで出来た何か塊のようなものがあった。
「どうぞ」
下の方のブロックには隙間があり、そこをすり抜けていくと、中には大きな空間があった。
光はある程度差し込んではいるものの、外と比べるとやはり暗く、気温も低いように感じる。
家一軒よりも広いであろう空間の端には、これでもかというほどに積みあげられた新聞や何かの資料の山がある。
テレビもついているし、ラジオもある。
幾つか部屋も分断されているようで、生活するにはそれほど苦にはならないだろう。
そして何より気になったのは、部屋の真ん中にある土管を改造したような椅子に座ってコーヒーを嗜んでいる男だ。
「あいつは京賀護ってんだ」
月白色の短い髪に猩々緋色の瞳は不機嫌そうで、檳榔子黒色の首をすっぽり隠す服に身を包んでいる護という男は、大たちを一瞥したあと、ゆっくりと立ち上がってコーヒーメーカーに近づき、カップに注ぐ。
腰には大きな布を巻いており、ブーツを履いているその男は、肉まんを頬張り始める。
護からコーヒーを受け取った大だったが、コーヒーを飲む前に何かに気付き、中身を捨てる。
平然と肉まんを食べ続けている護に対し、大は刀悟の方を見て話す。
「さっきの答えだけど、俺が平気な理由はこれだ」
「?」
これとはどのことを言っているのかがわかっていないのか、それとも、そもそも自分が何を聞いたのかを覚えていないのか、刀悟は笑みのまま首を傾げる。
すると、護が何かを刀悟に投げてきたため、刀悟はそれをキャッチする。
「小瓶・・・?」
自分に対して投げられたその小瓶には、見覚えのある劇薬の名前が記されていた。
ちらっと横から尊は除き見してみたが、尊には見覚えのない名前だったことから、流通しえないようなものなのだろう。
その小瓶を持ったまま護に近づいた刀悟は、丁寧に手渡しで護にそれを返すと、新しく自分でコーヒーを注いでいる大の方を見る。
「俺は鼻が異常に良くてね。どれだけ無臭だって言われてるものだとしても、なんでか身体が拒絶反応を起こすんだ」
勝手に適当なところに腰を下ろしていた刀悟を他所に、尊にも座るよう勧めると、尊は小さめのドラム缶に座った。
それと同時くらいに話し始めたのは、尊と刀悟の分もコーヒーを淹れていた優だ。
「国から支給されている食料のほとんどのものには何かしら薬が紛れこんでいて、そのせいでみんなおかしくなっています。陽守殿は薬の入っていないものを匂いで判別し、それのみ口にすることで正常でいられるのです」
「へー、じゃあ、君はなんで?」
軽い口調で刀悟が優に尋ねる。
尊は、優に渡されたコーヒー、とはいっても正直そんなに得意ではないのだが、ミルクと砂糖を貰ってなんとか飲む。
殺風景な空間ではあるが、物が散らばっているわけではないからか、それほど汚くも感じず、ある程度物があるからか、寂しいようにも感じない。
刀悟に質問され、優は答えていいものかと、確認するかのように大の方を見ると、大は呆れたように笑いながら頷いた。
「私はこの国の生まれではありません。かつて親に売られてこの国に来て、この国が運営する施設で働いておりました」
「なるほどね。変な薬が入った物を食べさせられるのは下層域の人間だけ。国に近い者はそれを避けられるってことだね。ってことは、そっちに座ってる京賀さんもなのかな?」
ズズ、といつの間にかお茶を飲んでいた護に視線を向けながら言う刀悟に対し、答えたのは大だった。
「ああ、こいつはちょっと訳ありで。まあ、似たようなもんだけど」
「じゃあ、今度は僕の番だね。得意じゃないけど、自己紹介といこうか」
誰も求めていないし聞いてもいないのだが、刀悟は自ら立ち上がり、まずは一礼をする。
パチパチと拍手でも浴びると思っていたのか、刀悟は自己紹介をすると言ったにも関わらずなかなか口を開こうとしなかっただけではなく、催促するように「拍手を」と呟いたため、仕方なく尊たちはまばらで小さな拍手を響かせる。
それで満足したのか、刀悟はくるくると歩き回りながら話す。
「実はこう見えて僕、小さい頃から奇行が多い男の子だったんです」
「だろうな」
「ええ、そう。とても意外でしょうね?」
「なんつー都合の良い耳してんだよ」
尊に突っ込まれても気にせず、刀悟はまるで武勇伝の如く語る。
「その奇行というか、まあ、子供なのだから仕方がないんだけど、とにかくその奇行と名がついてしまった僕の行動によって、両親は僕のことをあろうことか国から追い出したんだ。ああ、僕、この国の生まれなんだけど。まあ、それまで育児放棄っていうか、ろくな食事もさせてもらえなかったこともあって、こうして陽守さんと同じように普通でいられているんだけど」
「同じ?こいつ俺と同じって言ったのか?耳鳴り?」
「とても可哀そうな僕だけど、なんとか別の国で逞しく育ってね。見た目が少し女の子っぽいからっていって、襲ってくる変態野郎共もいたんだけど、そういう輩はコックちょんぎってやろうと思って常に鋏とかカッターは持ち歩いてたね。それで何回か捕まったことあるけど」
どうして捕まったんだろ、と、未だにその答えが出ていない様子の刀悟に、誰も何も言わなかった。
ぴた、と足を止めて手を顎に当て考えている様子の刀悟だったが、急に尊の肩に顎を乗せてどうしてだろうと聞いてきたため、尊は驚いて肩をびくっと震わせる。
尊の回答など待っていないのか、刀悟は尊が何かを言う前にまた歩き出した。
「でもね、やっぱり両親にはもう一度だけでも会いたいと思ってこの国に潜りこんだんだ。僕を見るなり襲ってくる怖い人達にはそれなりに抵抗したけど、それだけで指名手配されるとは思ってなかったよ。なんて酷い国なんだろうね」
「お前、今更親に会ってどうすんだ?感動して泣いてくれるとでも思ってるのか?」
「まさか。薬漬けにされて、そんなまともな感情になるわけないでしょ」
「お前に再会したところで感動することがまともな感情だとは思えないけどな」
「尊さんてば辛辣。まあとにかく、僕は両親に感謝を示す為に復しゅ・・・じゃなくて抱擁をしにきただけ。でも、生きてるかもわからないし、どの辺に住んでたとかも覚えてないから大変大変」
「(こいつ復讐って言おうとしたぞ)で?呉崎の話はいいとして、お前は一体誰なんだ?」
刀悟がこれ以上話さないようにと大が口を挟むと、刀悟は立ったまま腕を組む。
これまでに名前を一切名乗っていなかった前髪をあげているこの男に対し、大だけでなく、刀悟も優も護も、全員の視線が向く。
尊は充分に甘くしたはずのコーヒーをなかなか飲みきれず、視線を集まったことで、さらに飲みづらさを感じる。
口につけていたカップを口から放すと、ため息を吐いてから話す。
「俺は、神流月尊」
「カンナヅキって十月の?」
「字が違う。まあ、どっちでもいいけど」
尊は、小さい頃のことは省略し、両親が亡くなって1人で生きていくために、平和に生きていけそうなこの国にきたことを伝える。
まさかこんな内情を隠した国だとは思っていなかったし、入るときはなんとかなったとしても、出るのはそう簡単ではないだろう。
国とは言えどもまるで要塞のような塀を超える手段など、考えていなかった。
頬杖をして尊の話を聞いていた大は、ニッと大きく笑みを浮かべると、その場に立ち上がって尊に近づいて行く。
ぐいぐいと寄ってくる大に、尊は思わず身体をのけ反らせる。
「尊!俺たちと一緒に国に喧嘩吹っ掛けてやろうぜ!!!」
「は?」
「俺達がこうして集まってるのは、国に制裁を与えるためなんだ。戦うためなんだ!この国の現状を知ったなら、力を貸してほしい!」
これでもかというほどに顔を近づけてくる大に対し、尊は近いからまず離れてくれと頼む。
大は「悪い」と謝りながら少しだけ距離を取るが、それでも目をキラキラさせながら尊を見つめてくる。
「・・・・・・人数的に無理だろ。俺達と国じゃあ、戦力が違いすぎる」
冷静な判断だった。
どれだけの戦力があるかは知らないが、この人数よりは遥かに大きいことくらい、容易に想像がつく。
残っている、温くなったコーヒーを一気に飲み干すと、大は胸に手を置き、自信満々にこう言い放つ。
「大丈夫だ!優が眠り薬を作って、それを国中の奴らに飲ませる計画なんだ!眠ってる間に頭の首を取るだけ。いけるだろ!?」
「・・・・・・」
頬を引き攣らせた尊を見て、大はキョトンとする。
こんな計画を誰が立てて、一体誰が良しと判断したのかと周りを見てみると、優は困ったように笑っており、護に至っては頬杖をついて聞いているのかいないのか、目を瞑っていた。
はあ、とため息を吐いている尊の近くにいた刀悟は、はっきりと言う。
「何その馬鹿みたいな計画」
「「・・・・・・!!」」
ケラケラと笑いながら言い放った刀悟に対し、大は最初こそポカンとしていたものの、徐々に頬をぴくぴくさせる。
大が刀悟に喰ってかかろうとしたとき、それまで大人しくというか、興味無さそうにしていた護が目を開け、大の首根っこを掴むことは身長差で出来ないため、膝かっくんをする。
突然のことに、大は綺麗に前のめりに倒れそうになるが、なんとか踏みとどまった。
「何するんだ護!」
「その変態野郎の言う事も当然だ。騎士の野郎どもとやり合うことも考えておいたほうがいい」
「わかってるよ・・・」
だから頼む、と大は尊にまだお願いしていた。
両手をパンッ、と合わせて頼みこんでくる大は、決して悪い奴ではないことはよくわかったのだが、そういう問題ではない。
尊は一言、こう告げる。
「考えさせてくれ」
ポケットに入っていた飴玉を取りだすと、尊はそれを口に放りこみ、躊躇なくボリボリと噛み砕いていく。
夜になるとあまり人は出歩いていないということだったため、尊は外に出て空を仰いでいた。
飴玉はすぐに無くなり、またすぐに口寂しくなる。
この国を出た方が良いだろうかと考えていると、風の流れが微妙に変わったこと、微かな物音、そして匂いで気づく。
「なんだ?」
「・・・お前、出て行くつもりだろ」
そこには、鋭く光る目を持つ護がいた。
「俺の勝手だろ。そもそも、俺はこの国に執着もなければ愛着もないんだ。知らない土地で知らない戦に関わる気もない」
「大は見ての通り1人になっても突っ込んで行く。そんなことはさせられない」
「自分のことも話さない奴と手を組めって方が無理な話だろ?信頼関係もくそもあったもんじゃねえ」
「・・・・・・」
誰のことを言っているのかがすぐに分かったのか、護は黙ってしまう。
そんな護を見て、ふう、と鼻から息を吐いた尊は、護との距離を取る為にもその場から立ち去って行った。
翌日、飴をガリガリと噛みながら、さてどうやってここから出ようかと思っていた尊だったが、優が慌てたようにやってきたことで、一旦その思考は止まることとなる。
「そんなに慌ててどうしたの?厠にでも行きたいの?」
またそうやって、刀悟がケラケラと笑いながら優に尋ねてみると、尊に無言のまま頭を叩かれる。
冗談なのに、と小さく言ってはいたものの、刀悟が言うと、冗談は冗談でも可愛いものではなくて性質の悪いものだと感じてしまうから不思議なものである。
そんなことはおいておいて、はあはあと肩を大きく上下に動かしている優に大が近づいて行くと、優はこう叫ぶ。
「京賀殿が、戻ってきません!!」
「護が!?」
「まさか攫われたのでは・・・!!」
護と優は買い出しに出かけていたようなのだが、一旦分かれて買い物をし、時間を決めて待ち合わせをしたらしい。
しかし、護はなかなか戻ってこないため探しに行ったのだが、どこにもその姿を確認できなかったという。
とはいえ、大の大人が1人、買いだしに出て戻って来なかったからとはいえ、どうして攫われた、ということになるのかが理解できなかった尊だが、その場ではあえて聞かなかった。
「俺も一緒に探しに行く!!」
そう言うと、大は優と再び護を探しに走っていってしまった。
残された尊は、その場に同じように残されてしまった刀悟のことを気にすることもなく、チャンスだと出ていこうとする。
「出て行くんだ?」
干渉などされないと思っていた、いや、刀悟からすれば干渉というものではなく、単なる興味の一種なのかもしれないが、刀悟にそう聞かれた尊は、足を止めること無く口も同時に動かせる。
「ああ、そうだ」
すると、一度は納得したような空気を出した刀悟だったが、またすぐに尊の背中に向かってこう言った。
「逃げるって言われて、本当に逃げるんだ?」
「・・・・・・」
気にしていたわけでもなんでもないのだが、思わず身体が反応してしまい、歩みが止まってしまった。
「聞いてたのか」
「別に聞きたいと思って聞いてたわけじゃないから。僕だって夜外に出ることくらいあるし。たまたま聞こえて来ただけ。盗み聞きだとかそういう女の人が時々言う面倒臭いことは言わないよね?」
いつもの如く笑いながら言う刀悟に対し、尊は横の首筋を摩るようにしながらため息を吐く。
「悪いか」
「別に。僕は全然そんな風には思ってないよ。そもそも、尊さんはこの国には一切関係がないんだから、無理強いすることの方がおかしいと思ってる。僕は一応生まれ故郷だから残るだけだし」
「・・・俺なら、生まれ故郷でも見捨てるよ、こんな腐りきった国なら」
「そうだね。まあ、この人数で戦ったところで勝てる確率なんてほぼ零に近いわけだし、やるだけ無駄、負け戦っていうところなんだろうけど、それでも陽守さんの性格上、戦うんだろうね」
「勝手にやってればいい。それこそ、俺には関係ない」
「僕ね、花札が好きでさ、柳の札なんてこの手中に収めただけで嬉しくなっちゃってね」
「なんの話だ」
「食べ物だと大福が好きなんだけど、昔はみたらし団子とかの方が好きだったな。どうして年齢に応じて好きな物って変わるんだろうね、怪奇現象だね」
「おい」
「このヒールだってさ、本当は最初足が痛くて痛くてしょうがなかったんだ。なんで履くことになったかって?それはね、また今度教えてあげることにするとして」
「おい、さっきからなんなんだ。お前のことなんて別に興味ねぇぞ」
ずっと眉間にシワを寄せながら刀悟の話を聞いていた尊に対し、刀悟はその笑みを崩すことなく、細めていた目だけを少し開けて尊に向ける。
その目は笑っていると表現するにはあまりにも無理があるものだったが、口元は相変わらず弧を描く。
足を組み直したかと思うと、刀悟は平然とした様子でこう言う。
「だって、僕が死んじゃった場合、僕を覚えてくれる人がいなくなっちゃうでしょ?」
突如として、微塵も考えていなかった刀悟の言葉に、尊は思わずフリーズする。
それは、刀悟が生きるとか死ぬとかそういう問題ではなく、この男にさえもそういう感情があるのかとか、現実として目の前に突き出された死という名の未来だとか、記憶や思い出といったものに縋る人間性だとか、色々な思考や感情が身体中の血を巡る感覚に襲われた。
固まってしまった尊を見て、刀悟は首を傾げる。
座っていたそこから腰をあげると、尊の近くまで歩み寄って行き、尊の顔の前に自分の手を翳して動かしてみるが、しばらく動かなかった。
それが面白かったのか、尊の頬をつついたり腕を掴んで動かしてみたり頭突きをしてみたりしたが、それは痛かったのか刀悟は自分の額を押さえる。
数分経って意識を戻ったのか、尊は首を左右に強く動かして何かを振り切るようにすると、そこから去ろうと踵を返して一歩・・・。
「・・・・・・」
「あれ、帰らないの?それとも、気付いた?」
小さい声で刀悟が尊にそう言うのと同じくらいのタイミングで、コンコン、と入口付近の岩を叩くような音がした。
「お前、喧嘩強いか?」
「んー、どうだろうね?」
にっこりとほほ笑む刀悟の両手には、銀色に鋭く光るものがあった。