2–2:雪原にて〜せめて装備くらい整えさせてください!
脅威のない、ごくあたりまえの世界において、人は本能的に、昼に活動し、夜は眠る生きものだ。
太古の昔ーー素肌に毛皮をまとい、岩影で火を焚いて暮らしていた頃ーーから、それは変わらない。遺伝子レベルで染みついているお約束。
ゲームという架空現実の世界にもそれは当たり前のように反映されていて、なんでもないような日常のシーンの大半は、太陽の出ているあいだに進行していく。
夜のシーンが使われるのには、必ずなにかの意図がある。
恋愛イベントのムードを盛り上げたり。月や星をうまく使って、幻想的な雰囲気を演出したり。ミステリアスな美女の初登場が似合うのも、昼より夜だといえるだろう。
しかし、夜が与えてくれるのはポジティブな印象づけだけではない。
人の恐怖をかきたてるのもまた、夜に与えられた大事な役割といえるだろう。
薄闇の中を、あてもなく幸人は歩く。
プロローグの直後にセーブしたため、服装はまったくの普段着だ。
すこしばかり色あせた黒の上下。長袖、長ズボンなのがせめてもの救いだろうか。ブーツの長さも、一応膝上まであるにはあるが、牛のなめし革では、この凍てつく寒さに太刀打ちできない。
「ああそっか、ヘルプでも見るか」
幸人は短くつぶやいて、服のポケットがあるだろう場所をあれこれまさぐってみた。腰のポケットから飴玉が五つときんちゃく型の革財布、胸のポケットにはなにもなく、尻のポケットからは折りたたまれた紙切れが出てきた。ついでに、他の所持品も確認する。たすきがけにして背負っているのは大剣だろう。あとは……どうやら、これで全部のようだ。財布の中身は、あえて確認しないことにした。
このなかでヘルプに該当するものがあるとすれば紙切れだろうとあたりをつけて、幸人は紙の折り目を開いてゆく。すると、広げられた紙の上にポゥ、とほのかな光と文字が浮かび上がり、幸人の目の前に操作方法についての基本“だけ”が現れた。
「これだけ……」
いくら自由度が高いのがウリだからといっても、これでは自由というより、放任ではないか!
衝撃を受けた幸人だったが、紙切れをよくよく見てみると、浮かび上がった下にも手書き文字でなにやら書かれていることに気がついた。どうやらこちらが、この世界上での本来のメッセージで間違いなさそうだ。
『近所に住む従弟、エゼキエルに会って指南書と世界地図を手に入れよう!』
「なんだぁ⁉︎ この覚えにくい名前は」
この調子だと、これまでの旅の記録にはじまり、レシピブックや世界観の小ネタといった各種情報の閲覧はエゼなんとかという、会ったこともない従弟が一手に担うに違いない。そして、従弟とやらと出会うためには。
(まず、ここから生還しねえとな……!)
立っているだけでも、体力が奪われていくのがわかる。
飴玉を口に放り込む。体力が回復する手応えがあった。
がちがちに固まった足をどうにか動かし、数百メートルほどは歩いただろうか。
もしかしたらそれよりもっと歩いたかもしれないし、歩いていないかもしれない。
建物や木など、距離感の対象物となるものがなにも見えないうえに、この寒さだ。時間の感覚もよくわからなくなる。
ただ懸命に幸人は歩いた。
そしてついに、暗がりのなかに何かが見えた。
(やった……、洞窟だ……!)
ぽっかりと大きな口を開けた洞窟、あるいはほら穴。
幸人はまず入り口周りを観察する。完全に自然のものというわけではなさそうだ、入り口を構成する石には、薄く紋様が彫られている。だいぶ昔に彫られたものが、経年劣化したのだろう。脇には大きな石が置かれており、何だろうと雪を払い落としてみれば、入り口のものと同じような紋様とは別に、文字が刻まれているように見える。古代文字だろうか? 規則性のある暗号という線も捨てられない。ともすれば、この洞窟はなにかが祀られているほこらの可能性だってある。
(ま、いまのオレには読めないから気にするだけ無駄か)
と、雪を払った手を吐息で暖めながら幸人は考えた。
(今日のところは体力も消耗したし、ひとまず、この中で休もう)
幸人が洞窟の中へ足を進めようとした、その時。
「⁉︎」
大きな影が、洞窟の奥より飛び出した。