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1−5:素直になれない私〜食後には蜂蜜ティーをどうぞ


 食堂ダイニングへ向かう小さな背中を見届けてから、ミカはぽつりとつぶやいた。


「ぼくのわがままのせいで、すまないね」


「『案内人ガイドの仕事は伏せてくれ』。理由も納得しているし、気にするな。かわりに、この家では猥褻物陳列人として生きていくさ」


「どうせなら、穀潰ごくつぶしのほうにしてくれないかな」


 イムサネッパは温かい町だ。

 住民はみな、一年のうちほとんど太陽ののぼることない厳しい環境をともに生き抜いていく仲間であり、家族だ。嬉しい気持ちは分かち合い、悲しい気持ちには寄り添って。困った時は助け合う。都会であると聞くような、ぶっそうな事件も起こらない。世界でもっとも安全で、平和な町。

 ただ、それはこの町で過ごすかぎりの話で、町を一歩出たならば、自然の猛威がいつ牙を剥くかわからない、極北の地でもある。


 ミカは、ルミが外の世界に興味を持つことを恐れていた。


「ほいよ」ヴェッティが受付台カウンターをぽんと叩く。「さ、飯だメシ」


   ◇


 食卓テーブルでは、三つのマグが湯気を立てていた。隣には、蜂蜜の入ったつぼも置かれている。一人のときには火のそばに近づかないよう言われているから、ルミに出来るのはここまでだ。


 大鍋から朝の残りのスープを器によそいつつ、ミカは少女をねぎらった。


「ありがとう」


 ルミの目の前に、ごろごろと極北鮭サーモンの身が泳ぐ、鳥の子色のスープが置かれる。ふうふうと息を吹きかけてみれば、器のうえで湯気が踊った。


 残り二つの器を手に持って、ミカも食卓につく。

 片方の器は、もう片方の二倍ほどの大きさだった。


「よーし。遠慮なくおかわりしよう」


 スープのほかに、赤大根ビーツ酢漬け(ピクルス)も用意して。

 明けない夜の昼食が始まった。



 ヴェッティが三杯目のおかわりに固パンを浸していると、ルミが疑問をそのまま口にする。


「それで? どうしてこの妖怪大飯食らいはわがにやってきたのよ?」


「!」


 ゴホ、ゴホと咳き込んで、ヴェッティは自分の鎖骨のあたりを数度叩いた。口に入れたばかりのパンが喉につかえたのだ。


「……せめて、人扱いはしてくれよ……」


 お茶に入れた蜂蜜を、くるくるかき混ぜ溶かしながらルミは続ける。


「ミカがね。話してくれたの。遠い遠いどこかの国には、人の家に勝手に上がって、お茶やおかしを食べてしまう、とんでもなく図々しい妖怪がいるのよ。なんとかぴょん、っていう名前の」


「ぴょん、じゃなくて、ぬらりひょん、だよ」ミカがさりげなく訂正する。


「そう! 私、思ったの。こうやって昔の人は、日常で起こったありとあらゆる奇奇怪怪ききかいかいを妖怪になぞらえたのよ」概ね間違ってはいないだろう。ルミはさとい子だ。


「変な言葉だけは、いっちょまえにってやがんなあ……」


 ヴェッティは、一房垂れた顔周りの後れ毛を耳にかけると、最後の一口にとっておいたいっとう大きな極北鮭サーモンの身をぱくついた。



 ルミは、ヴェッティのことが好きではない。

 

 本人の言うところによると、彼は、猟師らしい。だが、ルミは、ヴェッティが猟師らしいことをしているところを見たことがない。ミカと一緒に、彼の家を訪れることもある。たしかに、部屋の床には弓矢だの斧だの短刀ナイフだのが無造作に転がっているが、戸棚できれいに整頓されているのは酒瓶や干し肉などの嗜好品だ。昼間から、ふらふら遊び歩いては、ミカが丹精込めて作った料理を、ものすごい勢いで平らげる。そのうえ、お金を払っているようすもない。


 物心がつくまえに、ルミは、ミカに拾われた。愛情をたくさん注がれて育ってきたとも感じている。ルミのすべてはミカのもの。たとえ、ミカがそれを受け入れなくとも。ともに暮らし始めてから、ずっと隣でミカを見てきた。誰よりも長く、ミカと一緒の時間を過ごしてきた。これからも、共に過ごしてゆくのだろう。けれども。ルミがどれだけ望もうとも、手に入らないものがある。それは、幼馴染みという唯一無二の特別な立場。並々ならぬ努力をしても、力ずくで奪おうとしても、けっして。


 ルミの知らないミカのことを、ヴェッティはたくさん知っている。ミカと共有している。


(……私、悪い子だわ。ほんとうは、ヴェッティがいい人だってわかっているのに)

 

 どれだけ辛辣な言葉を投げつけても意に介さずといったようすで。(不本意ながらも)年の離れた兄のように接してくれて。熱が出て、ミカが仕事で忙しい時は、ルミが寝るまで隣にいてくれたのはいつもヴェッティだった。おとぎ話を、あまり上手でないながらにも、一生懸命に聞かせてくれた。


(ごめんなさい)


 ぬるくなったお茶を、ひといきにルミは飲み干した。

 

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