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1-4:北国の食材ってこんなのです〜今宵のメニューは何にしよう?

 正午にもなると、たとえ極夜の町(カモスキュラ)といえども、申し訳程度には明るくなる。

 天の力よりも、営業を始めた店の明かりの力が大きいようにもみえるし、明るくなる、という表現よりは、そこまで暗くもない、といったほうが、より正確にこの景色を伝えることができるのかもしれない。


 ミカとヴェッティは、二人並んで家路についた。


 各商店や施設には、意匠の凝らされた看板が目印として掲げられている。


 これはイムサネッパ独特の慣習ではなく、他所よそからの訪問者にもわかりやすく、親しみやすいようにという国をあげての方針だ。売り物(または施設の象徴)と、土地の植物のふたつを組み合わせることが推奨されている。

 見本例を、この町の中央通りから拾ってみよう。肉屋であればトナカイと琥珀苺(クラウドベリー)、魚屋であればまだらスズキ(パーチ)と白樺の葉……といった具合だ。だが例外もある。売り物が植物や、物でない場合だ。花屋は前者にあたり、じょうろを看板の真ん中に据えるのが人気だ。後者のうち、技術スキルをお金に換えている者は大抵、手になじんだ道具を題材モチーフに選ぶ。ヴェッティの家の玄関先にも、交差した弓と斧を刺草いらくさで囲んだものがぶら下がっている。


 となると、この世に商売は数あれど、いよいよ看板の主題メインの想像がつかないのが宿屋である。

 宿屋が提供するのは食事と寝具におわることなく、体験であり、時間、空間、そして。

 非日常だ。


 二重にかぶった帽子を脱ぎながら、ヴェッティが目の前の扉を開ける。


 キィ、と木と金属がきしむ音がして、白すみれとともに翼竜が揺れた。



 二人はまず、玄関口で雪を落とした。今日は粉雪がほんの少し降るだけだったが、下からは地吹雪、上からは猛吹雪なんて日だと、置いてある敷物が水浸しになることもざらにある。


「少し着替えてくる」

 勝手知ったるようすで、ヴェッティは奥の部屋(ミカのいえ)へと消えていった。

「あ、ついでにルミも起こしてきて」


 友人の背中に話しかけながら受付フロントの内側で帽子付外套アノラック下衣の覆い(チャップス)を脱ぐと、所定の位置に引っ掛けた。

 宿屋の主人は引き出しからまるで辞典のような厚さの帳面を取り出し、ぱらぱらとページをめくる。建前としては顧客台帳なのだが、現実としては、献立記録帳としての功績が大きい。


 四三一年

 第二百一夜 天候:夜・普通

 名前:プラデッラ 人数:五

 紹介:案内人ガイド(トルスク像まで)


 朝:極北鮭サーモンのスープ

 昼:じゃがいも、わかさぎの天ぷら

 夜:トナカイの網焼き(グリル)、霜降りうさぎの腸詰め(ソーセージ)、煮込み(かぶなど)


 背丈だけはあるが、脂肪どころか、肉付きもあまりよろしくない体躯が語るとおり、ミカ自身は食事にさほど関心がない。

 万年変わることない朝食の献立メニューにも、それは表れている。

 ただ、それだけが理由でもない。

 ルミの笑顔が心に浮かんで、ミカの目は自然と細まった。


(今晩は、何を作ろうかな)


 そう考えながら、過去の頁をさかのぼっていく。


 客人の来た日と、来なかった日とでいえば、来なかった日のほうが多い。ここまで客人なしが続いたのは予想外だったが、おかげで、ふり返ってみれば、前衛的な料理レシピに挑戦できたいい機会でもあった。遠い国由来の香辛料をたっぷりすり込んでトナカイを焼き上げた時なんか、その三日ほど、食堂ダイニングじゅうに奇妙なにおいが充満していた(その料理は封印した)。


 献立を考えるために帳面に目を通していても、客人の情報は目に入ってくる。

 宿泊客が集中するのは『日』と数える短い春と夏の時期だが、大人数での利用は極端に落ち込む。イムサネッパに入るには、まどわしの妖精の言い伝えのあるコシュカルの森か、いくつもの湖を越えた先に待ち受ける、凍てついたルシャスク川を越えるしかない。装備や食糧などの負担も相応のものになるはずだから、人数を揃える必要があるのだろうとミカは考えた。


 宿屋の主人の興味の対象は、いつの間にか献立から宿泊客へと移っていた。

 ミカはふと、あることに気づいた。


「トルスク像案内希望は、すべて五人組……?」


 頁を持つ指に、汗がじわりとにじむ。どうやら室内を暖めすぎたみたいだ。



「ーーもう! なんでこの穀潰ごくつぶしが部屋にいるの! 信じられない!」

「ご⁉︎ ミカ、お前はなんて言葉をこの子に教えているんだ」

「しかも裸よ! はだか!」


 廊下が急ににぎやか(・・・・)になったことで、ミカの思考は中断された。

 

「本当かい?」帳面を閉じ、引き出しに戻しながら話につき合う。


「着替えてただけだ。ま、毛皮を干したりなんなりもしてたけど」

 青味がかった深い朽葉色をしたヴェッティの髪の毛は、短い部分をすこし残して、後ろで一つに束ねられていた。帽子を被るため、外では下ろしている。


「そういうのを、猥褻物チン列罪っていうの。知らないの?」

 ルミの髪の間から出てきたムスティが、ちょろりと細い舌を出す。


「陳列する側にも選択権というものがあってだなーーおい。青とかげ。天ぷらにするぞ」


「すごいな、ルミは。もうそんな難しい言葉を覚えたのか」


 親ばか、と呻くヴェッティをにこにことあやしながら、ミカは、ルミにお茶の準備をするよう頼んだ。


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