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1-3:凍原の弓使い〜ガイドの仕事は命がけ


 ミカは、出入り口(ゲート)近くのほどよい雪山に腰かけた。

 帽子付外套アノラックの下から度の強い酒の入った小瓶を取り出し、一口あおる。

「……ふう」

 短い春の間に森で摘んだ薬草ハーブを調合して、香り付けしてある。滋味あふれる味わいだ。

 一口。もう一口。

 先人たちによってやりすぎはよくないとも証明されているが、屋外で冷えるからだを温めるにはやはり、この方法が一番いい。


 どれくらいの時が経っただろうか。

 酒によって上気した頬が、いくらか落ち着いたころ。


 薄ぼんやりした“向こう側”から、人影がこちらにやってきた。

 ミカは思わず立ち上がる。


「ヴェッティ!」


 思いきり声を張りあげ、その人影に呼びかけた。


 たまらない気持ちになり、雪の上を駆ける。もっとも、実際にはふくらはぎの辺りまでが踏み固められていない新雪だったため、そう速いものでもなかったが。

 

 出入り口から三カープン(一カープンは、標準的な毛布の縦幅の長さだ)先まで走ったところで、人影ーーヴェッティに手が届く。


「ただいま。……って、ずっと待っていたのか?」


 ヴェッティ。ヴェッティ・オホト・ホンギスト。二十四歳の青年で、猟師を主な(・・)生業としている。身長はこの地方の成人男性の平均ほどではあるが、職業柄もあってか、体格はミカよりもしっかりしている。


 ミカは両の腕をヴェッティの首に回した。

 鼻先に、ヴェッティの背負った弓矢があたる。


「よかった。無事だったんだね、よかった……!」


 声をふるわせ、ヴェッティがこの場所にいることを喜ぶミカ。

 そんな彼に対して、猟師の青年はげんなり、といった表情をみせた。


「あのなミカ。毎回言ってんだろ? こんな仕事もん、ただの案内人ガイドだ。トルスク像のとこまで行って、帰ってくるだけ。そりゃ確かに、お前にはすこし荷が重たいかもしれねえけどよ……たまに野生のチュクチ(凍原犬)が出たりもするしな……でも、思ってるほどのもんじゃねぇよ」


「でも、でも……!」


 普段以上に食い下がるミカにいい加減にしろ、とばかりにヴェッティは彼を引きはがしたが、それでもミカは真剣な目をして続けた。


「言ってたんだ、今朝。宿を発つ時。今回ばかりは、生きて帰ってこれるかわからない、って」


「はあ」頭にかぶった毛皮帽、そのまた下にかぶった毛糸ニット帽をわずかにずらし、耳の穴をいじりながら続きをうながす。「んで?」


「前もそうだった、聞いたんだ、お客たちが話していたのを。ここの出入り口のずっと先には、異界へ通じるほこらがあって、その奥には、恐ろしい魔物がいる、って」


「魔物ねえ」ーーもし出会うことがあったなら、生け捕りにして、ミカに天ぷらにでもしてもらおうか。


「そうだよ。危険なんだ。現にヴェッティ、ぼくはこうしてきみが帰ってくるところは何度も見てるよ。けど、ほかのみんなは? これまでのお客たちが帰ってきたところ、ヴェッティは見たことあるの?」


「!」


「……見たこと、ないんだね」


 目の前の青年のはっとしたようすが全てを物語っていた。やはり、この出入り口から町を出て、帰ってきた者などいないのだ。ただ一人、この男をのぞいては。そう思い、ミカはやりきれない表情で、ぐ、と奥歯をかみしめた。



 ヴェッティは考えた。

 たった一夜の宿を借りにきただけの旅人の行方を案じて心を痛める、この心優しい年上の友人に、なんと言葉をかけたらよいか。子どもの頃から、大人になっても。これまでにも何度も、このような局面に立たされたことがある。その度に考えに考えるのだが、たどり着く答えはいつも同じだ。


「あ。そういやおれ、腹減ってたんだった」

 

(ミカが考えるんなら、おれは考えねえよ)


 立ち尽くしているミカの帽子付外套の下に手を突っ込んで、酒の入った小瓶を取り出すと、中身を一気に飲み干した。空になった瓶をミカに押しつけてヴェッティは言う。


「どうせ極北鮭サーモンのスープ、たっぷり余らせてんだろ?」

 

「うん」ミカは小さく頷いて、踵を返した。「今日のもとっても美味しくできたんだ。自信作だよ」

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