金貨11枚
魔術師は、人の営みに欠かせない存在だ。
政治に深く関わるし、戦争にだって関わる。アレイナのように占いで凶事を予見し退けることもある。王族も魔術を使えるし、魔術を使える者こそが貴族でもある。
王国だけでなく、他の国でも魔術師は重要だ。魔術師の質、量が、力関係を決める重要な材料ともなる。
そんな魔術師が、滅ぶと来た。
「その元凶はあんただ」
「なんでまた。オレは、その、ただの錬金術師ですよ?」
「そのふざけた魔力量で、ただの錬金術師なんて話はない。ないさね」
ウォルターにはさっぱり覚えがないことが。魔力がどういうものかもわからない。魔術を使うのに必要という、村の子どもと同じくらいの知識しかない。ない、と言ってみたところで、本職の魔術師らしいアレイナが、ある、と言っているのだ。
ウォルターに、アレイナの主張を変えさせるのは難しそうだ。問題となるのは、ウォルターが元凶な場合の、先の話だ。
「仮に、仮にですよ? その、元凶がオレだとして、どうするおつもりで?」
「消す」
「ひぇ」
「消す、つもりでいた。ただ、どうにも、毒気というものが抜かれる男だよ、あんたは。体はでかいのに愛嬌のある、毛深い犬みたいなやつだ」
「はあ、どうも」
「ほめてないよ」
ウォルターがテキトウにあいづちを打つと、アレイナにぴしゃりと跳ねつけられた。
まだ、話の全体がつかめないでいるのだ。多少テキトウでも、許してもらいたい。ウォルターはそんな腹積もりでいたが、アレイナはあくまで手厳しかった。
「もっとしゃきっとしな。こんな男のために命の覚悟決めて必死に死んだ後のことを考えてたかと思うと、腹立たしいやら情けないやら、だ。あたしの占いも鈍ったもんだ」
「それ、オレのせいか?」
「うるさいよ。まあいい、いいさ。心配は尽きないが、放っておいたり、どこか人のいないところにいさせたりすれば、無害らしいからね。目的は出稼ぎだったね? ついでに追い出されたって? あてはあるのかい?」
「稼ぎのアテならあるよ」
ぱんぱん、とウォルターは骨の入った鞄を叩いてみせた。
「こいつが昔、高値で売れたんで、どこかで売れないか試してみるつもりだ。売れなくても、ほとぼりが冷めた頃なら戻ってこれるだろうって」
「はん、楽観的だね。何ならあたしが買ってやるよ。姿隠しの魔術もかけてやるし教えてやらないこともない。だから、頼むから元いたところにいておくれよ。あんたみたいのが表の世界に出てこられたら困る」
散々な言われようだ。
とはいえ、旅に出ずに済むなら、そのほうがいい。姿隠しの魔術というのが具体的にどんなものかはわからないが、村の人間に見つからずに済むならそれがいい。
「どうもありがとう。じゃ、まずは品物だ。あんたの気に入るものだといいけど……いや、その可能性は低いか」
何しろ、村の人間も町の人間も買わなかった。
普通の人間が欲しがるようなものでないのは確かだ。魔術師という、普通でないところに賭けてみるしかない。
ウォルターは鞄を開き、骨の一本を、取り出してみせた。
するとアレイナはそれを、指先でつまんで観察する。
「こりゃあ、売れないねえ。売れるもんか。昔こいつを買ったのは、魔術師だろ」
「いや、ユ……ユンティ? とかいう行商だったかな。たぶん」
「ユーリー・ノミエルかい?」
「そう、そんな名前だった」
「嘘を……あんた、何歳だ?」
「十五までははっきり数えてたけど、まあ、二十ってとこかな」
「どうあれ、聞いたのは偽名だね。ユーリーの伝説を真似たかったってとこだろ。驚くべきは、真似が本物に匹敵したかもってことだが、まあいい。五本ほど、買わせてもらおう。あたしが好きなの選んでも?」
「構わないけど……前はこれの半分の量で、金貨20枚だったなぁ」
ウォルターは明後日の方向を見ながら嘘をついてしまった。
本当は11枚だ。
しかし、せっかく買ってもらえそうなのだ。少しでも高く売りつけてみたい。それで弟子の尊敬を買いたい。
「嘘だね」
「うっ」
「そんでバカだね。ま、仕方ないか」
アレイナは鞄の中の骨を漁り、月光に照らしては戻す、ということを繰り返す。その内に5本を選び出した。頭、指、脊椎、足が2本で、合計5個だ。
「あいにく手持ちがない。11枚ってとこで我慢しな」
この魔術師の女は人の心が読めるのか。
どぎまぎしながら、ウォルターは金貨を受け取った。念のため、偽物でないか、確かめてみた。少なくとも彼には本物に見えた。
魔獣の骨が、旅に出たその日に、大金で売れた。
ウォルターは両手を握りしめて喜んだ。