滅びの予言
「あんたが魔術師として、何でまたこんな田舎にいるんだ?」
「占いで急に世の中に大きな変化が起きると出てね。こっちを見に来たわけさ。あんたのほうこそ、こんな何もないところで何を?」
「……出稼ぎの旅の途中だ」
嘘ではない。
ただ、そうするに至ったのにも、森の一部を爆失させたとか、財産の半分を失ったとか、弟子に見栄を張りたいとか、いろいろあった。あったが、初対面の相手に言いたいことでもない。
「なんだ。あんた、金が欲しいのかい。けど、どうやって稼ぐ? 錬金術師って名乗ったけどさあ。それがうまくいってりゃ、出稼ぎなんて必要ないよねぇ」
ウォルターは口をもごもご動かした。まともな言葉が出てこない。そもそも錬金術師というものをよく知らない。
そういう理屈からすると、ウォルターは半人前もいいところだ。
「悪かったな。半人前で」
「別に悪かないさ。ただねえ。なんだい、どんなねじれた性格のやつかと思えば、普通だねえ。普通普通。あたしに謝ってほしいくらいだよ」
「ねじれた性格ならぜひうちの弟子に期待してくれ。オレはまっとうな師匠なんだよ」
「半人前が師匠?」
「ちくしょう……いいんだよ。薬師としてはそれなりにやってたんだ。それも弟子にほとんど追いつかれたみたいだけど」
というか、追い抜かれているかもしれない。
薬師が病気やケガを治すことで評価が決まるならそうなる。最近はすっかり弟子に任せて何もしていなかったから、数はあちらのが上になっていても自然の成り行きだ。
「けど謝らないぞオレは。なんだってオレが謝るなんて話に」
「それはまあ、いいさ。謝らなくていいよ」
「さっきから上から目線……年、上か?」
「さあ。そう見えるかい?」
「なんか妙におばさんくさいんだよな」
アレイナの左の瞳が赤く光った。
比喩でなく、夜空に星が瞬くのと同じに、光ったのだ。
「うぉっ!? なんだ!?」
瞳が光るなど普通ではない。
ウォルターは両手で顔をかばったが、すでに遅すぎるといえたし、何も起きていない。
ただアレイナが舌打ちしただけだ。
「ちっ」
「えっ何? いま何した?」
「なんにもしてないよ。ああ忌々しい」
「嘘だぜったい何かしたろ!?」
「がたがたうるさいね。ちょっと体を麻痺させてやろうとしただけじゃないか」
「いやあ、ものすごく物騒なんだけども……」
「女に向かって老けてるだの、百発殴られたって文句は言えないだろ?」
「うなずけなくもないけどうなずきたくないな」
女性の年齢、若いことにかけての情熱はウォルターも理解している。それにしてもそれで体を麻痺させられたり散々に殴られるのは行きすぎだ。
アレイナはまだ怒っていたようだが、また瞳が光るようなことは少なくともなかった。ぶつぶつ言っていたのはともかく。ウォルターはけろりとしたもので、アレイナもぶつぶつ言うのをやめた。
「あんた、出稼ぎって言ったね」
「ん? ああ、そうだけど」
「やめておきなよ。森に引きこもってな」
「そう言われても、追い出されたしな。あ」
出稼ぎと言っておきながら、自分で墓穴を掘った。やっべー、とウォルターは気まずくなる。見栄も何もなくなる。残っていたか怪しいが。
「追い出された? 一体、何に? それだけ恐ろしいものが森にいるってののかい」
アレイナは、緊張に体をこわばらせたようだった。雰囲気としては梟に似ている。梟はいつでも動き出せるように、なおかつ音を決して立てないように、じっと動かなくなるものだ。
こちらまで緊張してしまいそうだと、ウォルターは笑って、軽く手を振った。アレイナが構えるほどの相手ではないのだから。
「いや、恐ろしいといえば恐ろしいけど。まあ、その? ちょっと村の共有財産をふっ飛ばしちゃった、みたいな?」
みたいな、ではなく、正真正銘、消失させた。
ウォルターは、この期に及んでまだごまかしたかった。自分のやったことが重大で深刻なだけに、吹聴したくもない。
「だから、つまるところ、あんたを追い出したのは何なんだい。場合によっては、あたしの動かせるもの全部動かして、対処しなくちゃならないからね。一体、そいつは……」
「ほんとか? 頼めるか? いやあ、それが村長代理の子でさあ」
「は?」
「いやまあ直接にはその後ろにいる村の男連中がおっかないんだけど。袋叩きにはされたくないし。けど、その、あんた魔術師なんだろ? 貴族でもあったりするわけだろ? なんとかひとつこううまく……」
アレイナが身をかがませた。そこから右手を振りかぶり、振りぬく。
ウォルターの耳の真横で何かが空を切った。おそらく石だ。
「あっぶな。何すんだよぅ」
「どこまでもふざけた男だ。あんた、自分がただの村人が束になればやられちまうと、そう思ってるのか? 言ったのか?!」
「思ってるし言ったよ。さっきから何だ。大丈夫か?」
「あんたみたいにイカれたのに言われたくないねえ。辺境とは、田舎とは、ほんとうに怖いもんだ……嫌になってくるよ。都会に帰りたい」
そう言って、アレイナはへたり込んでしまった。
さっきから、彼女の話はわかるようでわからない。正直ウォルターからすれば、少々情緒不安定だ。心配にもなる。恐る恐る近づきつつ、声をかける。
「あのぉ……本当に大丈夫か?」
「悪いが、しばらく黙って、何もしないどくれ。どうするか必死に考えとるから」
それでもウォルターは話しかけるか迷った。アレイナとは二メートルほど距離を保ちつつ、彼女の周囲を回るなどしてみた。
結局、かける言葉も見つからなかったので、鞄の置いてある丘の頂上に戻り、寝た。
完全に眠りに落ちてからしばらくして。
水をかけられてウォルターは目覚めた。
「つめたっ!」
「まさかあたしの前で寝るとはね。つくづくおかしな男だ」
「何だよ……まだオレに用か?」
「当たり前じゃないか。あたしの用は、何も終わっていないんだからね」
アレイナはウォルターの隣に腰を落ち着けた。
ウォルターも、体を起こしてあぐらをかく。
「結局あんたの用って何なんだ?」
「占いで大きな異変が起こるとわかった。その元凶は、たぶん、あんただ」
「うん……うん? 異変ってのは?」
「異変は異変さ。何か大きなことが起こる。占いってのはぼんやりしたものだよ。言葉にしようとすると、川で魚を素手で捕まえようとするみたいに、するりと逃げちまう」
「ははあ」
あえて言葉にしようとしてみると、難しい考えというものがある。ウォルターも経験があった。錬金術の素材についてひらめきを得ても、セリンに聞かれて説明しようとした途端、わからなくなってしまったことがある。
「それでもあえて言葉にするなら、そうだねぇ」
ぽつり、とアレイナは呟いた。
「魔術師が滅ぶとさ」
王国が始まって以来、いや人が魔術を覚えて以来の一大事ではなかろうか。つまりは千年単位の事件だ。