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田舎錬金術師からの成り上がり 〜世間知らずな彼は超魔導具の作り手だった〜  作者: しじみ
第8章 ウォルター・ストキナー辺境伯(仮)
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城ができた理由


 1年ぶりの我が家。

 そこは城になっていた。


 昔話やおとぎ話にでも出そうな言葉である。


 が、昔でも創作でもなく、いま、本当に、そうなっている。


 ウォルターは頭を抱えたくなるのをこらえつつ、弟子であるセリンの後ろについて、城を歩いていた。


 広さそのものは、城砦と呼ぶに似つかわしい。

 魔術学院とほぼ同じ大きさだった。

 違うのは、魔術学院が100年は年経ていたかのような古さであるのに対し、今いる城は、真新しい。

 それもそうだ、まさしくここ1年以内に造りあげられた城なのだから。


 どういうことなんだ、というウォルターの問いかけは、後回しにされた。

 とりあえず水浴びをし、着替え、身奇麗になった後、ウォルター用の私室であるという広い部屋に通される。

 走り回って運動ができそうなくらい広い上に、調度品がどれも銀貨30枚を下らなそうな高級品ばかりだった。敷物1つ踏むのにも躊躇する。

 

 ソファに座るのにも、かなり浅く座るはめになったウォルターだった。


「自分の部屋なんですから、もっと堂々と、安心して構えてください」


「なあ」


「はい?」


 緊張しきったウォルターとは反対に、推定セリンはゆるみきっていた。

 背もたれに腕を回してよりかかっている上、足を組んでいる。男装のため締めていた襟も今はボタン2つ外して楽にしていた。


「セリン……オレはお前の師匠のウォルターで、お前はオレの弟子のセリンだよな? 間違いないよな?」


「師匠、あなた、一体なにを言ってるんです?」


 当たり前のことをなぜ、とセリンは言いたげだった。


 それを聞いてようやく、ウォルターもほっとする。


「いやどうにもおかしなことばかりだからな? オレが旅の間でやったようなやってないようなことが評判になってるし、ウォルター・ストキナーは麗しい外見だとかいうし、オレの家が城になってるし」


 はた、とウォルターは気づく。


「ここ、オレの部屋だって言ったか?」


「もっと言えばここはあなたの城です」


「ははは」


「あはは」


「ははははははは」


「うふふふふふふ」


「んなわけあるか!」


 疑問でなく、断定した。

 そう、そんなわけがないのだ。

 まったく身に覚えがない。


「師匠師匠」


「なんだ弟子よ」


「ここは、あなたの城です。城の物はほぼすべてあなたの所有物ですし、いま城にいる人間は、簡単に言えば全員あなたの部下です」


「いや、だから、なんで」


 旅に出ていたら我が家が城になっていました、なんて。

 すんなり受け入れられるほど、ウォルターも常識知らずではない。


「ここにあなたの城ができた理由、聞きたいですか?」


「ああ、ぜひ聞かせてくれ」


 ウォルターは落ち着かず、貧乏ゆすりをしてしまう。弟子の前なので止めておいたが。


「師匠が旅で人助けなり魔獣狩りなりをしてきたからです。ウォルター・ストキナー様の輝かしい功績や伝説は、聞きませんでしたか?」


「ついさっきそれらしいのを聞いたよ」


 脚色や誇張は否めないが、やはり門番の語っていたのはウォルターのことだったのだ。


「特にダルタイン領での不死殺し伝説や、歓楽都市での度重なる活躍が効きました。王国の危機を救ったと、『空の目』は見聞きし、陛下に報告したわけですね」


「オレは……別に」


 城が欲しくてやったことではない。むしろ城など、またそれに付随するものなど、欲しくない。

 丸太小屋さえあればそれで十分だったのだ。


「師匠がどういうつもりだったかは関係がありません。結果は結果です。ストキナー家の養子にもなり、常識破りの魔導具を作れることも、作っていたことも、知られてしまった。結果、師匠には城が贈られました」


 おめでとうございます、とセリンは拍手をする。


 少しもめでたくない、とウォルターは顔をそらした。子どもじみていようが唇をとがらせ、不機嫌になる。


「いらない」


「いるとかいらないとかそういう話でなく」


「いらないったらいらない。あ、それよりな、セリン」


 ウォルターは床の上に置いておいた鞄から、小さな袋を取り出す。


 袋の口を広げれば、金貨が50枚以上入っていた。


「旅してきて、これだけ稼いできたんだ。どうだ、すごいだろう」


「えー、はい、すごいですね」


 笑顔のウォルターに、セリンはまったく気のない返事を返す。


「えっと、ほら、もっとこう、ほら」


「何がでしょう」


「師匠すごーい、みたいな」


「シショウスゴーイ?」


「そうそう、もっと心をこめて」


 ほうれ、袋いっぱいの金貨だぞー、とウォルターは猫なで声を出す。

 弟子には盛大にため息をつかれた。


「はいはい、すごいですすごいです」


「弟子が冷たい!」


 ウォルターはソファにすがりついて泣きたくなった。高級品を汚すわけにいかないのでやめておいた。


「師匠、師匠はですね。金貨50枚とか、そういう段階の話をとっくに、とーっくに、過ぎてるんです。城ですよ城。それにストキナー家の養子。さらにですね」


 勢いよく話していたのが、急に、セリンは話すのをやめた。

 真顔、というよりは無表情で、虚無を感じさせられる類の雰囲気だ。目に光というものがない。


「な、何だ? どうした? さらに、何だ?」


「ふふふふふふふふ」


 不気味である。


 笑っているようでいて、その薄皮一枚下には、何かよからぬものがうごめいていそうである。


「セリン? セリンさん?」


 師匠が弟子にさん付けする始末でもあった。


「いーぃえ、何でもありませんよ、師匠。言い間違いです。よくこれだけ稼いできてくれましたね師匠。すごいです」


「お、おう」


 ウォルターは素直にうなずけない。

 旅の途中で、セリンが自分をほめそやす妄想は幾度となくした。その通りの反応……のはずだ。


 それなのに、どうにも受け付けない。

 何かある。


 ウォルターはそっと立ち上がり、


「じゃ、じゃあ、オレ、これで……」


 自分の部屋を、城を去ろうとした。


 ——のだが。


「えーん、えーん」


 白々しいにも程がある、嘘泣きが聞こえてきた。それに後ろ髪を引かれてしまう。


 誰あろう、セリンが泣いているのだ。

 もちろん演技なのはわかりきっているが、わかりきっているがゆえに、止まらされる。


 弟子が師匠を引きとめているのだ。

 セリンがウォルターを、この上なくわかりやすく、引き止めているのだ。


「ぐすっ、師匠、また行ってしまうのですかー」


 嘘泣きの上に棒読みだった。


 他の誰かが同じことをしたなら、一目散にウォルターは立ち去っていた。


 だが、他の誰でもない、セリンがこれをしている。


 弟子が、望んでいる。

 ずいぶん妙な形で望みを表現するものだが、彼女なりの照れ隠しなのかもしれない。


 認められたい相手が望むこと。

 それを叶えなくて、ウォルターはウォルターたりえない。


「セリン」


「はい。あっ、えーんえーん」


 わざとらしい泣き真似やめろ、とウォルターは口の中だけで言った。


「オレはしばらくここに留まる」


「本当ですか?」


 ぱぁっと、セリンは笑顔を浮かべる。

 これがたとえ作り笑いだったとしても、ウォルターは勝てなかったろうと思う。何より、今のは心からのものだろう。

 なら勝てるはずがない。


「ただし」


「はい」


「オレは、ずっと、錬金術師でありたいと思ってる。城の主とか、貴族とか、そういうのは、ムリなんだよ」


「……はい」


 わかっています、とセリンは言う。

 その声音は、さびしげだった。



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