自宅が城になっていたという話
ウォルターが家に帰ると、そこは城になっていた。
目をぎゅっとつぶっては開けて、また目をつぶる。
そういうことを繰り返しても、目の前の光景はまったく同じだ。
森の中、見上げるほど立派な城が建っている。
「なんだこれ……」
まさか場所を間違えたのか。
違う森にたどり着いてしまったのか。そんなはずはない。
隣町からまっすぐ東に進んできた。
森が突然新たにできでもしない限り、ありえない。そもそも、家から30キロ圏内に城などなかった。
この城は最近、ここ1年以内にできたばかり。
それは間違いない。
問題は、どうして、どうやって、城ができたのかだ。
それも、我が家があったはずの場所に。
「あのー、ちょっと尋ねたいんだけども」
と、ウォルターは、城の門番に尋ねた。
門番は1人、いかめしい顔つきで立っていて物騒だ。
ウォルターが、旅の薄汚れた身なりをしているのもよくないし、おどおどしているのがもっとよくないのだが。
「何者か」
誰何され、ウォルターは素直に答えた。
「オレはウォルター・ストキナー。れん」
錬金術師だ、までは言わせてもらえない。
門番が形相を怒りに染め、槍を構えたのだ。
「不埒者め!」
「ええ……?」
名乗っただけでこれである。
一体いつの間に名乗るだけで不埒者扱いされる世の中になったのか。ウォルターは目を白黒させずにはいられない。
「その名はこの城の主の名! 内面も外見も麗しい美丈夫ときている! なのに貴様のようなみすぼらしく貧相で怪しい男が名乗るなど、片腹痛いわ!」
「この城の主の名前が、オレと同じ?」
城を持った覚えなどウォルターにはまったくない。
なので、同姓同名、ということになる。
「知らずに? 偶然だとでも?」
「知らない、本当に偶然だ」
ウォルターが真剣に言うと、信じてもらえたらしい。
門番は槍の尻を地面に突いて収めた。
「そうか。悪かったな。しかしお前も悪い。名前だけならともかく姓まで城主と同じとは、偶然では本来ありえないことだ」
「まったくだ。オレも悪かったよ。で、最初の質問なんだけど」
「何だ?」
「こんなところに、城なんてなかったよな?」
門番は笑った、妙に誇らしげだ。
「いかにも。つい最近できたものだ」
「1年でこんな城が?」
「1ヶ月だ」
「いっ?」
「宮廷魔術師様や、山城子爵様、さまざまな魔術師さまが協力され、地属性の魔術でもって建てられたのだ。ウォルター・ストキナー様の功績と名誉を讃えるためにな」
「へー。魔術で」
それなら、1月で城も建てることができる。
「本来は、あまりしないことではあるそうだ。魔術とはいえ、万能でないし魔力というものも関わる。17人の魔術師が1月かけてようやくだ」
「道理で。立派なわけだ」
ウォルターは城を見上げなおす。
ますます門番は鼻が高くなっていくようだった。
「そうだろうそうだろう。そんな誉れ高い城の門番を、私は任されているのだ」
「その立派な門番さんにまだ聞きたいことがあるんだけど」
「うむ。いいだろう」
門番は、威厳を込めて返事をしたつもりのようだ。
まだまだ年季と貫禄が足りないが、ウォルターも指摘はしない。話がこじれるだけとわかっている。
「ウォルター・ストキナー様ってのは、どんな人物なんだ? 顔とか、何をしたとか」
「……まだ一度もお目にかかったことはない。が、大変な美丈夫と聞いている」
「一度も? 門番なのにか?」
「ストキナー様は現在、世直しの旅に出ておられる」
「それはますます立派だ」
貴族らしい貴族、貴族の義務を果たす貴族、ということなのだろう。
ウォルターは感心した。
同じ名前であることが少しだけ誇らしかった。
「そうとも! 近くの町が魔獣被害で困っているとあらば、雷熊の牙のお守りを真面目な鍛冶屋に贈る」
「んん?」
なんだか、妙に覚えのある話である。
ウォルターは首を傾げる。
門番は歌うように、同姓同名のウォルター・ストキナーの功績を語りつづける。
「山城子爵のご令嬢が毒で死にそうになっているとあらば、貴重な霊薬を何の見返りもなく差し出す」
「んんん?」
これまた、覚えのある話。
「砂漠の歓楽都市にて巨悪がのさばってるとあらば、その巨悪を打ち滅ぼす」
「んー……」
「まだまだあるぞ! 魔術学院に入学し、1月でもう学ぶことはないと出られたとか」
「あー」
「王国転覆を企む悪の薬師がいるとあらば、その企みを打ち砕き王国を救った!」
なんだか、非常に、身に覚えのある話。だ
しかし、どう言いつくろっても、ウォルターは美丈夫などではない。どんなにお世辞を言うにしたところで、四枚目か五枚目がいいところだ。
果たして、同姓同名のウォルター・ストキナーがどういう人物なのか。
非常に気になるところである。
「そもそも貴族となられる前から、数多の魔獣を屠り、たった1人で竜を討ったとか、この城の地下に眠る数多の超魔導具を1人で作ったとか、本当に凄まじいお方だ。まだまだあるぞ——」
美丈夫、というところだけ除けば、どうも門番の言う『ストキナー様』はウォルターと一致する。
ひょっとすると、ひょっとする。
ウォルターは試しに聞いてみることにした。
「あの、あのな?」
「何だ」
ウォルターが口を挟むと、途端に門番はつまらなさそうな顔になる。
「オレが、その、な?」
「はっきり言え」
「オレがそのウォルター・ストキナーだって言ったら、信じるか?」
秒で、門番は鼻で笑った。
それだけではない。
声を立てて笑いだし、目に涙まで浮かべた。
「はははは! なんだその冗談は! ひどい、ひどすぎる!」
「あー、やっぱり?」
「まったく、聞く者が聞けば不敬罪で牢屋行きだぞ。そんなに笑わせるな。久しぶりにこんなに笑ったわ」
目じりに浮かんだ涙を拭いつつ、門番が言う。
「確かに私は、ウォルター・ストキナー様にお目にかかったことはない。しかし、その麗しい見た目の評判だけは聞いている。歓楽都市から伝わった歌でな。それはもう、男性ながら麗しい外見だそうだ。それに比べて」
また門番は鼻で笑った。
「黒髪黒目なのは同じでも、普通。普通過ぎる。もう少し身奇麗にすることだな」
「まあ、オレも、違うよなー、とか、な?」
なんだかよくわからなくなってきた。
ウォルター・ストキナー様とやらは、立派な人物だ。名前が同じで、やったこともなんだかウォルターと一致する。自分のことなのではないかと思えて仕方がない。
門番は、勇ましい口調で言ってきた。
「いいか、私はそんな冗談を真に受けて門を開けるほど間抜けではない。何があろうと、この命と体にかけて、怪しい輩を前に門を開けは——」
しない、と言い切りたかっただろうに。
それは叶わない。
軋む音や砂埃とともに、大門が上がっていくのである。
あっけにとられる門番に、ウォルターも首を傾げた。
「開いてるぞ?」
門番は、見張り台のあるほうに向かって、大手を振った。
「おい、開けるな、あーけーるーなー!」
そうしてみても、門は上がり続ける。
その向こうの景色がだんだんと見えてくる。
はじめに、外縁部の石畳の通路や、庭らしい草地が見えた。
次いで見えてきたのは、大勢の人間の足先である。
門が上がっていくにつれ、その大勢の人間がどんなであるかわかっていく。石畳の通路の両脇に並ぶ、鎧に身を固めた兵士たちだ。
さらに、彼らに挟まれる形で中心に立つ、銀髪の10代の少女。
見間違えようがない、忘れようのない顔が、そこにあった。
衣服こそ、貴族の男が着るようなもので、男装をしている。しかしそれで誰かわからぬほど、ウォルターの目も濁ってはいない。
城門が、完全に上がりきる。
直後、その見覚えのありすぎる少女は、恭しく一礼した。
「お帰りなさいませ」
誰にといえば、もちろんウォルターにである。
はっきりと、1年ぶりに会う弟子の少女はこうも言った。
「ウォルター・ストキナー様」
門番とそろって、ウォルターはあっけに取られる。
口を半開きにしたまま、何も言うことができなかった。




