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災厄のネズミ



 動く死者も、さすがに炭になっては動けないようだった。


 ウォルターがほっとしたところに、後ろ頭を軽く叩かれる。


「……何するんだ」


「加減を覚えなさいと、いつも言っているでしょう」


 ティアが鼻や口を覆いながら、不満げに言った。

 彼女の服も髪も、焦げ1つない。無事には無事である。


「いつわたくしもまた炎に巻かれるか、気が気じゃありませんでしたわ」


「他にやりようがなかったろ? 切迫した状況、さすがに30体も死者からはかばえない」


「地属性の魔術なら?」


「あ」


「確かに切迫した状況でしたし、わたくしも焼き払う発想が一番に浮かびました。問答をしている猶予もありませんでした。が、やはりあなたは、力の使い方と責任というものを」


「せ、説教は後だ。それより聞こえるだろ」


「何が——あ」


 耳をそばだてて、ようやくティアも気づいたようだった。顔がこの上なく険しいものとなる。


 ウォルターも、おそらく彼女と同じ気持ちだった。


 悲鳴や怒鳴り終えが、街中から聞こえてきているのである。


 すぐそばの礼拝堂からもしていた。

 何人かの男が飛び出してきて、


「ちくしょう、噛まれた!」


 と叫ぶ。


『噛まれて体液を取り込めば、同類となる』


 オーロックが言っていたことだ。


 そのことを、この期に及んで疑う気にはなれない。

 ウォルターとティアは目配せし、うなずいた。どうにかしなければ。


「『雷よ、射抜け』」


 ティアが呪文を唱え、魔術を行使する。

 すると、礼拝堂から人を追ってきたネズミが雷に打たれ、死んだ。


 しかし、ネズミはまだまだいる。

 人々も、蹴ったり、踏み潰したり、払ったりするものの、数が多すぎる。噛まれることは、避けがたい。


「キリがない上に噛まれてもいけないとなると、どうしようもありませんわ!」


 魔術を連発するティア。


 それでも追いつかない。

 焼け石に水でもある。


「わしはすでに噛まれてます、お二人とも、わしの後ろに!」


 とカーティスが勇ましく言うものの、それもまた、焼け石に水。


 数十匹もいるとなれば、たとえここに同じ人数がいたところで、被害は防げない。噛まれただけで、動く死者になってしまうとなれば、不利が過ぎるというものだ。


「最悪、そして災厄ですこんなもの!」


 ティアはさらなる魔術を行使。


 半径6メートルに、火の壁を築いた。

 これにはさすがにネズミも近寄ってこれない。


 壁の内側にすでに入りこんでいたネズミは、ウォルターやカーティスが蹴飛ばすなり、ティアが雷で打つなりした。


 わずかながら、話す猶予が生まれる。

 もっとも、火の壁の外側では、今も事態が悪化しているが。


「どうすれば、ウォルター、何か手は?」


「オレにお前が思いつかない手を思いつけると思ってるなら、それは自分をバカにしているのと同じだぞ?」


「こ、このっ!」


 ウォルターはティアに何発か殴られる。やわらかい拳であり、まるで人の殴り方をわかっていないようで、少しも痛くなかった。


「よいですか、常識的に言って、王国は滅びかねません! 少なくとも絶対に、この街は滅びますわ!」


「……大変じゃないか。ほんとにそんなことになるのか?」


「すでにオーロックの手先と思しきネズミに大勢が、ほとんどの街の人間が噛まれたでしょう! 動く死者となるまでに少しの猶予はありますが、治療法もわからないとあっては……」


「そのネズミだって、減らせるだろ? そんな大事に」


「体液を通じて増えると、オーロックが言っていたでしょう?」


「あ」


 ただのネズミが増えるように、死のネズミもまた同じように増える。

 それも、1週間から1月で爆発的に。

 根絶やしにしない限り、増え続ける。

 たとえ駆除したつもりでも、1匹でも残せば、そこからまた増えてしまうのだ。


「死のネズミは、やがて街を飛び出し、王国中に散らばるでしょう。それでも滅びないと!?」


 ウォルターは思わず聞いた。


「なんとかできないのか?」


 街の危機というだけで大事だが、王国の危機ともなると、大事すぎる。

 なんとかしなければ。その気持ちが強まる。


「常識的にはムリです!」


「即答か」


 ティアの表情に笑みが浮かぶ。状況が悪すぎて笑うしかない、そんな笑みだった。


「とにもかくにも、ネズミを駆逐しなければ始まりません。けれどそのための効率的な方法がありません」


 普通、ネズミの駆除をするのには大きく分けて2つの方法しかない。

 1つは、追い掛け回して人が殺す方法。これはなかなか難しい。ネズミは人より素早いし、体も小さく避けられやすい。

 もう1つは、罠をしかける方法。毒のエサを用意したり、入れば出てこられないカゴを用意したりするのだ。これは追い掛け回すよりも成果が出やすいが、時間がかかる。


 何より、どちらの方法も欠点がある。


 ネズミは減らせるが排除しきることはできない。


 死のネズミの被害は広まる一方だ。


「魔術でなんとかできないのか? 地下水道を焼き払うとか」


「なぜあなたはそう乱暴に物事を……それはともかく、焼き払うのも、今となっては、難しいのです。なぜって、地上に出てきて人を襲っているのですから」


「ネズミだけを焼き払うことはできない、か」


「魔術師が大勢いれば、不可能ではありません。しかし大勢集めるのに、早くて3日はかかるでしょう。とても時間が足りません」


 3日も経ってしまえば、街中の人間が死のネズミに噛まれているだろう。

 それでは、街を焼き払うのと犠牲の数は変わらなくなる。


「絶望的じゃないか」


「だ・か・ら、それを先ほどから言っているのです!」


 ようやくウォルターも理解した。

 まずいにも程がある。ネズミを武器にして、王国の転覆をオーロックは目論んだ。その悪辣さと、確実さは驚嘆に値する。


「常識的には確かに絶望的です。けれど」


 ティアが、ウォルターの胸板を指差す。


「ここ《・・》に、常識をものともしない、非常識がいる。わたくしはそこに賭けられないかと、そう思っているのですわ」


「誰……いやオレのことだよな、うん」


 ウォルターもわざわざ後ろを振り返るようなとぼけ方はしなかった。

 できればしたいところではあった。何しろ過ぎた期待に感じた。それでもとぼけはしなかったのは、ティアを怒らせるのが怖かっただけである。


「そう言われても、大量のネズミをどうするか? オレには思いつけないぞ。この杖じゃとてもムリだ」


「一部の駆除はできるかもししれませんが、いささか解決策として弱すぎますわね」


「焼き払うのは人を巻き込んでしまう」


「当たり前です。せめてあなたがもっと魔術を極めていれば可能だったかもしれませんが」


「ティアにはできないのか?」


「わたくしは、その、現時点でもう魔力が尽きかけてますもの」


 やや恥ずかしそうに、ティアは己の状態を告白する。

 彼女の魔力量は、平均よりもとても少ない。

 これまでの魔術行使だけで尽きても、なるほどおかしくはなかった。


「あとはこの笛で動物が出せるくらいだけどこれも」


 ベルトに差してあった笛をウォルターは手に取る。

 その手が、ティアの両手によって握られた。

 ぎょっとしてウォルターがティアの顔を見ると、彼女は爛々と瞳を輝かせていた。


「それです!」





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