不死の倒し方
「最後にあんたに1つ聞いておきたいことがある」
ウォルターは淡々と言った。
オーロックの刑罰はすでに決まっている。結果は同じだろうと、その結果をもたらす人間と手段は、できるだけ正しいものであるべきだ。手順に則っているべきだ。
ウォルターがこうして、オーロックに相対するのは、非常事態であるがゆえに他ならない。そうでなければ、こんな気が重いことを、やりたくはなかった。
「大人しく、処刑される気はないか?」
オーロックは鼻で笑った。
「僕はそもそも死なないが、それとは別に、死にたいやつがどこにいる? いるかもしれないが、それは僕じゃない。いや、待てよ」
オーロックはあごをさすり、面白そうにウォルターのことを見る。
「僕の目の前に、死にたがっているやつが1人いるじゃないか。逃げればいいのにのこのこと。そんなに濡れ衣を着せられたのが腹にすえかねたのか?」
「いや、いいんだ。もういいんだ」
ウォルターの声は落ち着き払っていた。毛ほども挑発されたのを感じていないように。
「……何を、平然としている。神経がないのかきみは。それとも大物のつもりか? 目の前にいるのが何者なのかわからずに?」
オーロックは胸に手を当て、高らかに告げる。
「僕こそが不死なるもの、死をもたらすものにして死者を蘇らせるもの。僕に比べたら普通の人間なんか、魔術師だって、虫けらみたいなもんなんだよ。こんな、ふうに!」
オーロックは霧に変わり、ウォルターの背後に回りこんだ。
そのまま、自警団の青年やカーティスにしたのと同じように、噛みつこうとしたようだった。大口を開けて、歯を突き立てにかかる。
「それはすでに聞いてる」
ウォルターはつぶやきながら、身を沈めて回避。その勢いを利用して、オーロックの口に自ら手を突っ込んで引っかける。
そのまま不死なる薬師の上あごに指をかけて投げ飛ばした。
オーロックの体が、あまりに軽く見える動きだった。
ほんの2秒間のことで、オーロックはレンガの敷き詰められた地面に背中から叩きつけられる。
「がっはっ!」
苦しむのもわずかな間だけ。オーロックはまた霧に姿を変え、距離を取った。女神像の上に、姿を現す。
「——ムダだ。少しはケンカ慣れしているようだが、僕には勝てない」
ウォルターは半身で向き合った。
その眼差しは鋭い。
「どっちがムダだ。意識しないと霧に変われないみたいだし、死なないのが本当だとしても、それだけだ」
「それだけ?」
オーロックは目だけを笑みの形にする。
あざ笑う意図が大いにあるようだった。
「何も、何もわかっていないな。死なないということは負けないということ、絶対に勝つし敵を殺せるということなんだよ! 怯えろ、恐怖するがいい。どうあがこうときみは、きみたちは、王国は、僕が殺し、死者の王となり支配——」
オーロックは途中で言葉を止めた。
ウォルターがあくびをしたためである。
「……どこまでも、ふざけた男だ。せいぜい後悔して死ね」
オーロックは霧となって消えた。
声だけが、広場にこだまする。
「はは、どうだ、どうしようもないだろう? 試しに魔術で焼いてみるかい、斬ってみるかい、しびれさせてみるかい? どれもムダだけれどね! もうわかったろう、きみはこれからなすすべもなく死ぬということがさあ!」
「待ってたんだ」
「——ああ?」
「そうやって長い間、霧に変わるのを、待っていたんだ」
ウォルターは、袖に隠していた杖を取り出す。
歓楽都市で作られ、使われた杖。
数々の奇跡まがいを起こした杖。
それをウォルターが握ると、風が生まれた。
杖の先に空気が吸い込まれていっているのである。
オーロックがどこにいるのか、はっきりと目でとらえることはできない。霧のごく一部なら見ることができるが、それ以外はさっぱりだ。
だが見えずともいいのだ。
霧となったなら。
魔導具の杖に簡単に吸い込める。
優位に立ったつもりだったかもしれないが、まるきり逆なのだ。
とはいえ、通常の人の肉体を保っていたところで、オーロックは薬師であり、戦士ではなかった。魔獣を単独で相手にするようなウォルターに、普通の体で挑んだところで勝ち目はない。必ず、霧に変身したはずである。
結果は同じ。
オーロックは杖に吸い込まれる。
「バカな! なんだそれは! 体が、僕の体が! 消えていく!」
声だけがこだまする。
その声は、先ほどまでの街の人々と同じく、恐怖にまみれていた。
「やめろ、やめてくれ! やめるんだ!」
霧がどんどん、杖に吸い込まれていく。
中で何が起こるのか、はっきりしたところはウォルターにもわからない。おそらくは、混ざり合い、凝集するのだ。吸い込まれたもの同士がくっつき、変質する。
不死だろうが不滅だろうが。
別のナニカに変わる。
「僕が! 僕が消えたら死者が、僕のネズミが王国を滅ぼすぞ! 死者はともかく増えるネズミは止めがたい、止められない! 噛まれて体液を取り込めば同類になる! 僕が統率していればこそ大人しく——」
なるほど、憂慮すべき事態だ。
オーロックの話が真実なら、そのネズミは死を運ぶ悪鬼ともなるだろう。
真実なら、だが。
「信じられるか」
街の人々の信頼を裏切った男である。
平然と殺そうとしてきた男である。
他人の人生をたくさん終わらせてきた男である。
誠実からは、程遠い。
助かるために嘘をついているとしか思えない。
ウォルターは杖をぎゅっと握りこむ。
それで、吸い込む力がさらに増した。
「やめろ、僕が、消え、死なない、せっかく楽しかったのにこんなの、こんなのぉ!」
最後の言葉は、杖に吸い込まれるように消えていった。
最悪だ、と。
* * *
オーロックの霧の体はすべて、杖に吸い込まれたようだった。
あとは、杖でテキトウなレンガや土を吸い込んでおく。
杖の中でオーロックの体と土などが入り混じる。
それから、ウォルターが杖の握りを緩めれば、中身が吐き出される。
出てきたのは赤黒い波模様のついた水晶だった。念のため大量にレンガや土を吸い込んだために、高さは3メートルを越す円錐となってしまった。
その円錐の形をした水晶を、軽くウォルターは叩いてみた。
特に音がするだけで反応らしい反応はない。
「これで、いいんだよな?」
と、ウォルターは、自分がやってきた方向を振り返る。
棒立ちの死者の向こう側に、派手な赤いドレスの少女——ティアが腕組みして立っていたのだ。彼女は死者を避けつつ、歩いて寄ってきた。
オーロックを倒すのに、魔導具の杖を使うのは、ティアの考えだったのだ。
「はい。よくやってくれました。いずれ公式に感謝とお礼を贈らせていただきますわ」
「いや、そういうのは別に」
「よくありません」
ティアは、円錐形の水晶のすぐ近くまで来た。手を当てて、何かを確かめている素振りだった。
「うまくいったようですわね」
「正直、半信半疑なところあったけど、さすがだな。こんなふうに杖を使うとは。執行官でも何でもないよそものが殺すことになったのだけは、後味が悪いが——」
殺した、という部分だけは、ティアが否定した。
「死んだわけではありません。封じただけです」
「しん、死んでないのか!?」
ウォルターは驚く。
杖に吸い込まれて、水晶に変えられて、それでも生きているというのか。
「死んでいないとも言えない、というくらいでしょうか」
「こんなになっても、まだ生きてるって?」
「霧に体を変えても生きていたのです。石に姿を変えても死んだ、とは言い切れないでしょう? わずかながら生命魔力をこの水晶から感じますし」
「ということは何か? オーロックはいつか復活するとでも?」
「その可能性がある、というだけです。いずれにせよダルタイン家で厳重に保管を——」
と言いかけたところで、カーティスが叫んだ。
「ダルタイン様! ウォルター様!」
カーティスが2人のそばに立ちはだかるように移動した。
何が迫ってきているのか。
それは、動く死者だった。
先ほどまでぼうっと突っ立っていただけだったのが、30体の死者がよたよたと走ってきていたのである。歯をむき出しに、今にも噛みつこうとしながら。
「オーロックを封印した影響か!?」
苦し紛れの、助かりたいだけの出まかせではなかったのか。
あの時ばかりは、オーロックも真実を語っていたようである。
動く死者が、おそらく主人の統率を離れ、凶暴となったのだ。
「お2人とも、今はお逃げください。わしはすでに噛まれています!」
端的に、カーティスの覚悟と悲壮が表れた発言だった。
確かに彼は、オーロックに噛まれてしまっている。体液は、体内に入り込んでしまっている。オーロックの言葉がほぼすべて真実だったとすれば、遠からずカーティスは同類——動く死者となる。
今さら2人をかばって噛まれたところで結果は同じ。カーティスはそういうつもりでいたのだろう。
だが、ウォルターは彼の肩をぐいと引き寄せ、自分の後ろに下がらせた。
「そんなことしなくていい。ティア、自分とカーティスに防御魔術を。焼き払う」
「ぬっ、仕方ないですわね」
ティアは短い呪文を唱えた。それで、風の守りが、ティアとカーティスの周囲に球の形で生まれる。
時間はない。防御魔術ができた直後、短い呪文をウォルターは唱えた。
「『火よ。行け』」
ウォルターを中心として、火炎が生まれた。
まるで火球が渦巻きの軌跡を描くように、広場内を高速で走る。ほんの2秒ほどで、中心以外、広場のすべてを火炎が嘗め尽くした。
動く死者たちは、逃れようがない。
10秒経ち、広場から完全に火が消える。
動く死者たちは、動かぬ消し炭となっていた。