慌てふためく村娘
「あら、何かまずかった?」
セリンが不思議そうに言うと、村娘は首をぶんぶんと振った。
「まずくはない。いやまずいよこんなの。まずくないけど」
「どっち?」
「まずいって!」
「そう?」
森がなくなってしまっているより、あったほうがいい。それはそうなのだ、が。
「いい、わかった。その杖で森が元通りになった。ばんざい。やりました」
「やったー」
セリンは両手を軽く挙げる。
ちなみに棒読みだった。
村娘はセリンを恨めしげに見つめた。
「からかってるでしょ、私のこと」
「少し。けどどうかしら。落ち着いた? 整理できそう?」
「うん、新たに疑問がいくつもわいてくるくらいには、落ち着いてきた」
「さすがね。あなたのお父さんは、一日寝込んだのよ。もちろん今回とまったく同じものを見たわけではないにしても、似たようなものを見てね」
「どうもありがとう。あなたの意地悪なところ、久しぶりに見た」
「どういたしまして。それで? あなたの疑問って?」
「ちょっと待って」
その疑問をも、村娘は整理をつけているらしい。
賢い娘だ、とセリンは思った。この時期に爆発が起きてよかった、とさえ思う。起こらないに越したことはないが、時期がいい。
村娘が柔軟でかつ賢い時期で、よかった。
「ウォルターさんはどうして、これを使わなかったの。使えば追放なんてされなかったのに」
「いい。とてもいい質問よ」
「茶化さないで。答えて」
「真面目にね。わかった。忘れてたのよ」
「はい?」
森を瞬く間に再生させてしまうような道具だ。そんなもの、村の人間に聞いても、王都の人間に聞いても、知らないに違いない。できる、と空想ならともかく現実に思うはずもない。
魔術師ならともかく。
そんなものを、忘れる?
100歳を過ぎた老人ならともかく、ウォルターは、せいぜいが20歳だった。
忘れるわけがない、と村娘の顔には書いてあった。
「たぶん、いえ、間違いなく、忘れていたの、師匠は」
「こんなすごいものを作っておいて? いえ、ご先祖が作ったのね? そう、それなら……違うの?」
「違う。これを作ったのはあの師匠。忘れたのは、まあ、いくつか考えられるけど、きっと作りすぎたからね」
「その杖を、じゃあ、ないよね、もちろん」
「ええ。この杖とは違う機能を持つ道具を、数え切れないほど。作ることに興味はあっても、使うことに興味はないみたい」
「意味がわからないんだけど」
「私も同感。だけどそうとしか言えないんだもの」
「つまりお師匠さんは、実は魔術師だったの?」
魔術師であるというなら、まだ村娘も納得がいくようだ。
「私もよく知らないんだけれど、魔術師ってどういう人のことを指すのかしら」
「私だって、通り一遍のことしか知らないよ。魔術を使う人で、その魔術には魔力と呪文が基本的に必要。それにも血筋と教育、修行がいる……」
「私、魔術師じゃないし、呪文を唱えてないし、もちろん、師匠に魔術なんて教わってない。本当よ」
「お願い。嘘だって言ってくれる? それなら理解できるから」
「ごめんなさい。言ってあげたいけど、私の嘘を、あなたは信じてくれないんじゃないかしら」
「そうね、その通りよ……」
村娘はうなだれる。そのままの状態で、うめくように言った。
「じゃあ、一体あの人は何なのよ……錬金術師って、黄金を作ろうとする人のことじゃないの?」
「さあ。私にもよくわからないわ。ただ、あの人は自分が錬金術師だって言ってるし、それでいいんじゃない?」
「あっそう……」
村娘は地面に完全に座り込んでしまった。膝を抱え、顔を埋める。
「大丈夫?」
「セリン。あなたどうして。その杖のことをあなたは覚えていたなら、それでいいじゃない。どうして何も言わず、追放なんて罰を見過ごしたの? 私のこと嫌い?」
「いいえ。あなたのことは大好きよ」
「じゃあどうして……」
「あの人に、世界に旅立ってもらいたかったから。いけない?」
「いけなくないわ。あんな杖を、杖の他にもたくさん作れるなら、世界に認められていいと思う。作るだけで使うことを考えない変人なら特にね。けれど、こんな形を取らなくてもいいじゃない。私はいま、追い出したことを激しく自己嫌悪しているのよ」
「あなたの判断は仕方のないことだし、何なら悪いのは全部私よ」
「それはそうね!」
村娘は膝の間に顔を埋めたままで叫んだ。
もし森を元通りにしてしまえることを証明していたら、追放という罰にはならなかったはずだ。
「もっと別の、穏便な形があったはずよ。あなたが手助けしつつ、お師匠さんは世に認められていく。それじゃあ、だめだったの?」
「だって、そっちだと面白くなさそうじゃない。こっちのが断然面白いわ」
「そんな理由!?」
村娘はばっと顔を上げる。
こらえきれなかったようだ。
どうどう、とセリンは村娘をなだめた。
「というのは悪い冗談として。あの人は、あなたが昨日話した通りの人だから。世間ズレするべき。かわいい師匠には旅をさせよ、みたいな?」
「弟子に教育されてちゃ世話ないよねお師匠さん……」
そうかあ、と村娘は呟く。ぼうっとしているようで、空を見上げた。
空は雲ひとつない、快晴だった。
「けどね、セリン」
「何?」
「あのお師匠さんが騒ぎを起こさないでいられると思う? 迷惑をかけて回らないと思う?」
セリンは笑って答えた。
それは難しいでしょうね、と。