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疑惑の薬師


 馬車に揺られながら、ウォルターは疑問せずにはいられなかった。


「なぜ薬師のところに? というかオレの疑いは?」


 後ろの座席にはウォルターとティアが座り、正面の座席にはカーティスが座っている。


 隣のティアがウォルターの疑問に答えた。

 あからさまに呆れていた。


「あのですね、ウォルター。あなたが容疑者ではないのは明らかです。あなたがここに来たのは2日前でしょう? その前の3ヶ月は魔術学院にこもりきり。ここ2週間の死者が蘇る騒ぎに関与できたはずがありません」


 ウォルターは口をあんぐりと開けた。


「だ、騙したな!?」


「騙してません。人聞きの悪い。むしろこれくらい自分で気づけなくて何とします。貴族同士の会話はもっと複雑で難しいですわよ?」


 ぐうの音も出ない。

 言われてみれば、まったく確かにその通りなのだ。


「じゃあそれがわかっててどうしてオレに疑いなんか」


「あなたが先にわたくしやダルタイン家に疑いをかけたからに決まっているでしょう。あなたが捕まったと聞き急いできたわたくしに対してあの仕打ち。このくらいの意趣返しで済ませたこと、感謝してほしいくらいですわ」


 これまた反論のしようがなかった。

 ともすると、死刑、家の取り潰しになりかねない疑いをかけたのだ。ウォルターがありえないことがわかりきった疑いをかけられるくらい、喜んで受け入れるべき仕返しだった。


「……申し訳ない」


「許しましょう。あなたに悪気がないのもわかっています。やはりもう少し気遣いを覚えてほしいところですが、スコルチ先生のように、長い目で見ることにしましたもの」


「それは、どうもありがとう」


「言っておきますけれど、仕方がなく、ですからね?」


 ティアに念押しされ、ウォルターは苦笑とともにうなずいた。

 彼女の優しさと見栄に触れた気がしたのだ。


「ダルタイン様。わしからもひとつ、伺いを立ててもよろしいでしょうか」


「薬師のところに向かう理由、ですわね?」


「はい」


 確かにウォルターも、同感だった。

 芝居を打って捕まったのに、行くところが牢でなく薬師のところである。つじつまが合わない。


「ここまでの状況に大きく2つ、不自然な点があります」


「死者が蘇るってことか?」


「それは大前提です。ウォルター、しばらく黙っていなさい?」


 すげなく言われ、その通りにしておくウォルター。

 まだティアには、あらぬ嫌疑をかけた負い目があるし、自分が事件について理解が彼女と比べてよっぽど及んでいないのは明らかだ。


「1つは、カーティス、あなたにもわかるでしょう?」


「こんな騒ぎになってるのは、不自然です。薬師……オーロックの関わりのないとこならともかく、まさにオーロックが当事者であることで、こんな愚かしい騒動になってるのがおかしいと、愚考します」


 ウォルターはティアとカーティスの顔を見比べた。

 2人ともわかりきってる、という顔をしているが、ウォルターにはわからない。

 薬師オーロックは、一体どんな人物だというのか。


 ティアがウォルターの疑問を無言で汲み取り、


「オーロックはこの街に来て1年の薬師ですわ。それでも街の人々からとても大きな信頼を寄せられています。理性的で、迷信を跳ね除け、患者の愚かしい行動や思考をしっかり導く。それがオーロックですわ」


「その彼が、この騒ぎを見過ごしてるっていうのが、解せません。薬なんてものは、毒になるもの。ウォルター様が毒を持っていたからといって、死者が蘇るなんて不気味なことが起きてて怯えているからといって、ウォルター様が死者を蘇らせた犯人であるかのような騒動が起こる。こんなことを見過ごすわけがないんです」


「関連は見つけられるかもしれませんが、いかにも弱い。弱すぎます。オーロックなら、この騒ぎを簡単に止められたはずですわ」


「診療所に来てた患者を、自分が調べてた薬で殺してしまった……その衝撃が大きくて、というのはありえますがね」


「それを調べに行くのです。そもそも」


 なぜかティアはウォルターをにらみつけた。


「このウォルターが持っていたのは、薬は薬でも霊薬です」


「れっ!?」


 カーティが目も口をまん丸にして驚く。


「ええ、ええ。文字通り寿命が1年は伸び、万病を癒す霊薬ですわ」


「そんなとんでもないものをわしに扱わせないでいただきたい……うっかり落としていたらどうお詫びしたらよいやら」


 ぶるりとカーティスは身を震わせる。


 別にあの薬は家にまだまだあるし作れる。と、いうことは、ウォルターも言わなかった。なんだか余計に怒られそうであり、大抵の人間は怒られたくはないものである。


「その霊薬が、患者を死に至らしめたなんて話。信じられませんわ」


「お嬢様、ダルタイン様は、その」


「ええ。オーロックが嘘をついている。重大な何かを隠している。その可能性が大いにあると、わたくしは考えているのですわ」


 ティアもカーティスも、深刻そうな顔になる。


 ウォルターだけは、平然と、とぼけた顔のままだった。

 オーロックを直接知らないだけに、同じ気持ちにはなれないのである。


 果たして、薬師オーロックは邪悪な人物なのか。

 それはまだ、この馬車にいる誰にも、確信は持てていない。


 そんな沈黙とともに、馬車は、薬師の診療所に到着した。


 ともすると、見過ごしてしまいそうな建物だった。

 隣の家と何ら変わらない、質素で地味な石積みの家だった。

 絶大な信頼を寄せられているなら、もっと大きく立派なものも建てられてだろう。あえてそうしないところにまた、オーロックの人柄が感じられた。


「オーロックはいるな?」


 と、馬車から降りたカーティスが、診療所の前で立っていた自警団員に聞く。彼は首を振った。


「オーロックさんは今、詰め所にて取調べを。一応、死人が出ておりますので」


「ああ、そうか。それでは」


 最初から牢のほうに向かっていればよかった。

 詰め所と牢は、ほぼ同じ場所にある。


「好都合ですわ。巣を調べるなら持ち主のいないところに限りますもの」


 と、ティアが言う。

 その言葉には冷たさが感じられ、そのままそれは、オーロックへの疑いの濃さを示していた。


 カーティスも、その部下も、複雑そうな顔をティアに向ける。

 薬師とは、信頼の象徴である。薬師を疑うことは、なかなか治癒魔術の世話になることなどできない庶民にとって、難しいことだ。まず信じなければ、治療もままならない。

 1年という時間、その信頼を積み重ねてきた相手である。

 この街の領主の娘が言うことでなければ、苦言の1つもあっただろう。


「死体はそのまま?」


「はい。あ、いえ、いま死人の自宅に運ぶために動かしました」


 診療所に入ると、若い男の死体が、布に包まれて床に横たえられていた。厳重なもので、ざっと7本の縄で縛ってあった。


「動き出さないか、不安で」


 と自警団員が言うのは、この街に渦巻く不安を象徴していた。

 もし、いま目の前で死者が蘇ったとしたら。

 墓から起き上がってきたとしたら。

 おぞましくて夜も眠れない。

 

 動き出しても問題がないよう、厳重に死体を縄で縛ってあるのだ。

 カーティスも、渋い顔をしていたが、縄を解くようには言わなかった。


 死体のそばにしゃがみこんだティアもまた同じだ。黙って、じっと、布に包まれた死体を見つめている。


「お嬢様、調べられますか」


 カーティスが言うと、そばにいた自警団員が嫌そうな顔をした。ただでさえ死体には触りたくないものだし、動き出すかもしれないとなら、なおさらだ。


「いいえ、このままで結構ですわ。それよりもウォルター」


「何だ?」


 ウォルターはティアに背を向けていた。単純に、診療所の道具や薬に薬師もどきとして興味があったのである。


「放出魔力を抑えなさい。邪魔です」


「そう言われても」


「抑えることだけに集中なさい」


 有無を言わせぬ口調に、ウォルターは従った。

 こういうときの女性に逆らわぬのがよいと学習していた。


 まず目を閉じ、自分の魔力を意識する。魔力の渦巻きを感じると、それを皮膚感覚のすぐそばにイメージ。渦巻きが小さくなっていくのを考えれば、さらに抑えられる。


 何度か渦が弾けるように広がったこともあったが、


「もういいですわよ」


 とティアから許しが出たので、問題なかったようだ。


 ウォルターが目を開けると、ティアが立ち上がるところだった。

 布に包まれたままだったが、死体の検分は済んだらしい。


「死体からと、地下から、魔力を感じました。死体はごくごく微弱な魔力でしたが、地下からははっきりと感じ取れました」


「魔力……まさか。オーロックは魔術師じゃないはずです」


 カーティスが否定するが、ティアの瞳は小揺るぎもしない。

 自身の魔力感知に絶対の自信があるのだ。


「オーロックは魔術師でないのはわたくしも知っています。けれど魔力を感じたのは事実。何らかの魔導具や特殊な薬を持っているというなら、魔力を感じることもあるでしょう。それよりも」


 ティアは石畳を見ながら、部屋の中を歩いた。

 彼女の足音が、部屋に響く。


「地下室があったと、知る人間は?」


 カーティスから返事はなかった。

 知らない、ということである。


「この街には地下水道はありますが」


「それはわたくしも知っています。けれど、今日街を訪れた際、地下に、ここ以外で、魔力を感じたことなどありませんでした。ここの地下だけなのです。何か——地下室があると考えても、自然でしょう」


「ティア」


 ウォルターが声をかけると、ティアが立ち止まる。


「もう3歩、いや4歩戻ってくれ。……そう、そのあたりだ」


 音が、違う。

 足音の響き方が、違う。


「そのあたりに、地下室の入り口があるんじゃないか」


「ウォルター、なぜわかったのです?」


「音が違うだろ」


 ティアは、何歩か動き回る。不思議そうな顔のままだった。


「同じですわよ」


「いや違うって」


「……カーティス。調べてみて」


「了解です」


 カーティスが石畳に膝をつけ、這いずるように入り口を探した。

 すると、石畳がいくつか外れるところがあった。外せるものをすぐに外すと、板の扉が姿を現す。


 その扉の先には、真っ暗な四角い穴と、はしごがあった。

 穴の底の様子を見ることはできない。しかし、冷たい風と、かすかな物音だけは、感じ取ることができる。


「ありましたわね……」


「どうだ」


 ウォルターが得意げになったのは、ティアには無視された。


 優先すべきことがあったのだ。

 薬師オーロックが、誰にも知られないようにしていた地下の入り口。


 魔力が感じられる地下室。


 秘密の地下室。


 恐ろしい何かが隠されているに、違いない。








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