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一番怪しい人物は……


 2日後、ティアが街に来た。

 これによりウォルターは身元が保証され、牢から出る運びとなった。

 ティアの小言たるや滝のごとくで、ウォルターは喜ぶ暇などなかった。カーティスがこんな場所では落ち着いて話せないからと提案しなければ、朝から夕方まで続いていたかもしれない。


 3人は話をするために、街の顔役の屋敷を訪れた。

 いま、その応接間には、4人の人間がいる。


 ウォルターとティア、カーティス、そして墓守の男だ。

 内密の話ということで、顔役には席を外してもらった。


 貴族である2人、ウォルターとティアのみがイスに座り、他の2人はドアのそばに立っていた。


「いや、改めて、誠に申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げるカーティス。

 

 散々に謝られた後である。

 それでもカーティスは苦い顔で、気まずそうにしていた。貴族を間違えて牢に入れてしまった、という事実は重い。


「ウォルター様には、いくらお詫びしても足りないほどで。寛大な処置、感謝してもしきれません。何か用事がありましたら、何なりとお申し付けください」


「いや、いいって」


 ウォルターの否定に、ティアも同調した。


「その通り、構いませんわカーティス。あなたの働きはむしろ立派なものでした。このような怪しい風体の怪しい言動をする怪しい男、街で怪しいことが起きているときに捕らえなくて、一体いつ捕らえるというのでしょう」


 怪しいを3回も言われて、ウォルターもさすがにティアに反論する。


「そんなに怪しいを連呼しなくても」


「そもそも貴族たるもの、ふさわしい格好をするべきでしてよ。レベッカに頼めば、あなたに服を用意してくれたでしょうに、それを拒んで」


「あんたたちみたいに奇抜な格好できるか」


 他の生徒に聞いてみたところ、ティアやレベッカの服装は、貴族にしても派手で奇抜だと聞かされている。


「田舎の感覚ですわね。最先端でしてよ」


「それで未来に行き過ぎてちゃ世話ないだろ」


「いつか、我が家に招いてさしあげましょう。あなたの美的感覚を磨くために」


「遠慮する」


 ウォルターにわかる気がしないし、わかりたくもない。

 貴族として生きていきたいわけでもないのだ。


「これも貴族の義務の1つだというのに。結構。貴族の義務というなら、魔術師というなら、この街で起きている怪事を優先しなければ。カーティス?」


「はいお嬢様。お手をわずらわせてまっこと、申し訳ありません。しかし、もしかすると、という不安が拭えないのも事実。お力を貸していただけるとのこと、誠に感謝にえません」


「領民を守るのも貴族のたしなみ。構いません。して、そこの者が?」


 ティアが墓守の男に目を向ける。

 カーティスがうなずき、隣まで墓守を招き寄せた。


「はい。こいつが、最初の目撃者です。身分の低い者とはなりますが、正確な状況をお伝えするためにすること。どうぞご容赦ください」


「許します。早く語りなさい。事態がいまも深刻化していないとは限らないのですから」


「ありがとうございます。——おい」


 カーティスが墓守の男の背中を軽く叩く。

 すると墓守は凍った状態から目覚めたように、まくし立てた。


「はい! 3日前の月のきれいな晩のことでしたいつものように私めは墓の管理をしておりました。といっても大したことでなく、見回りと掃除くらいのもので、夜に訪ねる者などおりませんし、いつも通り静かなものでした。ところがです。物音がしだしましてややっと、一体何かと思いましてですね。驚き怯えたものです。野犬の類ならまだよいのですが魔獣となると手に負えません。さりとて死体を持っていかれると私めも困ります。何のための墓守かということで」


「墓守、おい、墓守」


 カーティスが一旦、墓守の話を止めようとする。

 緊張しているためか、話ぶりが早い上に、冗長な部分がある。


 しかし落ち着かせようにも、墓守はすっかり肩をこわばらせて、息苦しそうに、矢継ぎ早に話をする。


「スコップを手に様子を確かめに行ったものです。音が大きくなっていきます。最初は足が震えたものですがえいやっと気合を入れて間獣が人の死体に何をすると奮い立ち、音の出所へと向かいました。途中ずしんと音がしまして墓石の倒れた音と確信しました。すると案の定、その日の昼間に埋められたばかりの墓が掘り起こされていたのです。棺の中は空であり、何とか取り返さねばならぬといきまいたものです。ところが! 歩いているのは1人きり。何かを運んでいるふうもなくしかもその顔は、棺の中に入っていたはずのヨルムじゃありませんか!」


 ふー、ふー、と息を荒げる墓守。

 あれだけ勢いよく、ろくに息継ぎせずに喋れば当然だ。


 つまりですね、とカーティスがまとめる。


「つまり、昨日死んで埋められたはずの男が、夜中に這い出て歩いていたというわけなんですよ、ええ」


 それが、死者が蘇る、と言ったわけ。


「その後、歩いていた死者というのは? まさか隣の部屋でお茶を飲んでいるわけでもないでしょう?」


「いまはちゃんと墓の下です。墓から300メートルほど離れたところで、ただの死体に戻って倒れていたそうで。——そうだったな、墓守」


 カーティスが厳しい眼差しとともに問う。

 墓守は緊張をにじませながらも、明確に首を下に振った。


「はい。間違いございません」


「恐れながら、その、魔術が関わっているのでは、などと、愚考する次第です」


 魔術師といえば貴族である。魔術を使う者に疑いをかけるのは、貴族に疑いをかけること。

 下手にそんなことをすれば、物理的に首が飛びかねない。

 カーティスの物言いが慎重なのも、ムリからぬところだった。


「何も、魔術に限定する必要はありません。そのヨルムという男が、実は生きていたのだとすれば、死んでない以上、前提が崩れます」


「いや、しかし、死人と生者を間違えるなんてことが」


「ありえるのです」


 ティアは落ち着いた口調で、きっぱりと言った。


「めったに起こることではありません。まれに、死んだと誤認され、埋葬されてしまうことがあります。なんとか墓から這い出して助かると、蘇ったなどと言われる。蘇りの伝説のからくりは、こんなものです」


「ヨルムの一件は、それだと」


「他に考えられません」


「質問をよろしいでしょうか、お嬢様」


「許します」


 カーティスとティアのやり取りを、ウォルターは半ばぼうっと聞いていた。ティアを貴族らしいとも思うし、興味深い話をするし、博識でもある。


 学院にいるティアは、なんというか、感情豊かな1人の少女だった。


「その仮死状態というのは、2日も続くようなものなのでしょうか」


「いいえ、1日以内には回復するものです」


「仮死状態から回復した後すぐ、死ぬなんてことは」


「あなたが今すぐここで死ぬこと程度には、ありえないことです。仮死状態となることは、すぐさま死を意味しません」


 ティアが、怪訝そうな顔になる。

 カーティスは、何かを明言することを避けている。

 その何かは、ティアにもわかるようだった。

 だからこそ、ああした顔にもなるのだ。


「まさか」


「そのまさかですよ、お嬢様」


 カーティスは苦々しげに、言葉を続けた。


「葬式には2日かけました。その間、仮死状態から回復していればわかったはず」


「それは」


 まれに起こる仮死状態では、ヨルムのことは説明がつかない。

 残る可能性は、たった1つ。

 最初から提示されていた現象しか、ありえないことになってしまう。

 

 ティアには認めがたいことだ。認めたくないことだ。それを認めてしまえば、王国を揺るがす大事件にもなりかねない。

 死霊魔術は、重罪であり、それを貴族がやったとなれば、家の取り潰しもありうる。


「仮にヨルムの1件がそれで片付いたとしても、似たような事件は他に3つも、起きているのです」


「……どのような?」


「同じようなものです。死んだはずが動き出して、また死体に戻った。いずれの事件にも共通することです。時間にして数秒から3分ほど動いたそうです。性別、年齢にまとまりもありませんね」


 この街では死者が蘇る。

 3度ならず4度も、そのような事件が起きた。


 街の住民や、街を守る自警団が警戒するのも、ムリからぬところである。


「確かなんですのね? 例えば、墓の下の死体が動き出したなんて話を聞いて、恐れるあまり、動いたなどと勘違いしたとか、見間違いをしたとか」


「起き上がったり歩いたりするのを見たと、複数人の証言もあります」


 ティアは眉間にしわを作り、イスの背もたれに寄りかかった。


「魔術が用いられ、死者が蘇らされた。そう考えるのが、自然ですわね」


「となると」


 ウォルターがつぶやく。


「一番いま怪しいのはティアってことか?」


 ウォルターはティアから笑顔でにらみつけられた。







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