その魔力、測定不能
「2つ目の質問は終わりか? なら3つ目の質問をしてくれ」
じっとりとにらまれるウォルターは、早く話を終わらせてしまいたかった。なんというか、すでにいろいろありすぎた1日だ。早く休みたい。
「2つ目の質問の続きのようなものですわ。わたくしは、あなたのことを知りたいと思っています。正確には、あなたとわたくしの差を、でしょうか」
「オレがそんなあいまいな質問に正解を答えられると思う、思いますかね?」
敬語をふと忘れてしまいそうになる。
無礼をある程度許してもらえることになったとはいえ、別に無礼を働きたいわけでもない。単純に当然の礼儀というだけでなく、ウォルターはティアの高潔さを気に入ってもいたのだ。
「下手な敬語は、今のところ結構でしてよ、ウォルターさん。少なくともわたくし相手、かつこの学院の敷地内において、友人に語らうようにしてもらって構いませんわ」
「ゆう、じん?」
ウォルターは、不覚にも、胸のあたたかくなるのを感じた。
生まれてこの方、友人のいなかった身である。戸惑いもあるが、それ以上にじんわりした喜びがあった。ブルネイに言われるのと、敬意をはっきり抱くティアに言われるのとでは、大違いだった。
「何かおかしなことがありまして? あなたを含めて5人しかいない、学院の同じ生徒として、親しくするのは自然なことかと。あなたは……かなり礼儀に失した方ですが、悪い方ではないのは伝わってきます。今の立場も能力もない農民だったなら、朴訥とした、無害な善人だったことでしょう」
「あんたも、その、うまく言えないんだけど、いい貴族だと、そう思う。うまく言えないんだけどな」
ティアはいきなり冷水を浴びせられたような顔になった。
かと思えば、顔を真っ赤にして、笑う。
「ええ! 当然のことですけれど、その賛辞受け取っておきましょう」
少しの間、高笑いを続けるティアだった。
その横で、のんびりとレベッカが口を開いた。
「ありがとうございますウォルターさん。ティアとお友だちなら、私とも友だちになってくれますか?」
「オレでよければ」
レベッカもまた、悪人ではない、というのはわかっている。
もちろん欠点や悪いところもあるのだろうが、ティアとの仲むつまじさから、悪人とはとても思えない。高潔なティアが、そうした人物と心から付き合うとは考えにくい。
ウォルターとレベッカは、軽く握手をした。
「ティアは、ほんとにいい子なんです」
「なんとなくわかるよ」
「ほんとにほんとに、いい子なんです」
「あ、うん」
レベッカに『圧』があった。
「泣かせたり怒らせたりするのは、ほどほどにしてくださいね?」
空色の瞳の奥で、底冷えするような冷たい光がきらめく。
それに直に心臓が触れたように、ウォルターはぞっとしてしまう。
「レベッカ! まるでわたくしが泣き虫で怒りやすかったりするような!」
「えっと、ほら」
いまも怒った、とは言うまでもないことだった。
これにはティアも口を閉じて、声にならない声でうなった。
レベッカが笑い、ウォルターもにやつきを止められなかった。
それらを見て、ティアも不満げだったが、微笑む。
親しい間柄の冗談として、じゃれあいとして受け入れたのだ。短い時間ながら、3人で距離が近づいた証拠で——、
「いやいや、仲がよくて実にけっこうなことだ。学院長としてとても喜ばしいよ。ただ同時に、あまり話が脱線するのは、貴族としては感心しないね? 意図的にならいいけれどうっかりはよくない。そうだろう?」
話の輪のやや外側にいたアレイナが言うと、3人ともはっとする。
特にティアはばつが悪そうに、目を伏せてしまった。
「え、ええ、わかっていましてよアレイナ先生。3つ目の質問。そう、忘れていませんしはっきりしています。ウォルターさん?」
「あ、ああ。何だ?」
「決闘の3本目、受けていただけませんか?」
「は? どうしてだ?」
ウォルターは首を傾げるとともに、少し不安になった。
すでに決着がついたことだ。3本勝負の2本先取。
ウォルターが2本、勝っている。
これ以上やる意味というものがない。
確かに0勝2敗と、1勝2敗は違うものだが、
「別に、あなたの無敗に土をつけたいわけではありませんのよ?」
ティアの瞳に、悔しさや揺れというものはまるでない。
ただ、まっすぐ、ウォルターのことを見つめている。
「決着は変わらない、勝敗は覆らない。それはわかっています。ただ、勝負の名目を借りて、確かめたいことがあるのですわ。問題が?」
「ない、けど」
「勝負の内容は」
ティアはゆっくりとした呼吸を挟む。
「魔力測定。大きいほうが勝ち、でいかがでしょう」
「それは」
ウォルターが勝つに決まっている。
レベッカが気遣わしげな声をティアにかけ、アレイナが片目を瞠って驚きを露にする。
「問題は、ありませんでしょう?」
確かに、疑問はあっても、何も問題などなかった。
魔力を測定する装置は、1階の南西の一室にある。
そこまで4人は移動し、無意味な決闘の3本目を執り行った。
その部屋はなかなかに殺風景だった。
液体の入ったガラス瓶が入って左側の壁の棚に並び、入って右側の壁には薪が積まれている。
「どうやって測るんだ?」
とウォルターが聞けば、レベッカが応じてくれた。
「簡単です。このガラス瓶の先の、この水晶球」
太めのガラス瓶からは、何かの動物の皮でできた管が伸び、管の先に水晶球が固定されている。
「これを握るだけ。以上です」
言うとおり、レベッカが握ってみせる。
すると、ガラス瓶の液体に変化が生じた。
底のほうから上に向かって、徐々に青白い光で満ちていくのだ。
1本のガラス瓶丸々と、2本目の10分の1ほどが青白い光で満ちた。
「ざっくりした平均が、そのまま私と同じくらいらしいです。つまり1本光らせたら平均的な魔術師の魔力量、というわけです」
「よくできてるな。ちょうどガラス瓶1本と一致するのか。偶然にも」
「バカだね。そうなるように調整しているだけに決まってるじゃないか」
「あ」
アレイナの説明は、実に道理だった。
ガラス瓶1本分が平均魔力量に反応しているのでなく。
平均魔力量の人間に合わせて、ガラス瓶の大きさを調整した。
偶然でなく、作為。
ウォルターは少々恥ずかしくなって、顔をそらす。
「ウォルターさん。先に測っていただけますか?」
とティアに言われ、断る理由もなく、ウォルターは言うとおりにした。
レベッカから水晶球を受け取り、握る。
変化は瞬く間に起きた。
ガラス瓶は、管によって100本が繋がっている。その上で棚に並んでるのだ。
1本目から90本目までが一気に光った。
「予想は、してたけどねえ」
とアレイナがつぶやく。
91本目以降も、歩くような速度で、青白い光で満ちていく。
一体どこまで行くのか、ウォルターもまた、かなり興味を惹かれた。
まもなく100本目の上まで到達。
青白い光はさらに輝きを増し——、
「手を放しな!」
というアレイナの怒鳴り声で、ウォルターはぱっと放した。
途端、青白い光は、カーテンを閉めたがごとく、一条の光となり、点となり、そして消えた。
変化はそれだけでなく、びしり、とガラス瓶が割れた。
中の液体が瓶の表面を伝い、落ちる。
棚の上半分、50本以上のガラス瓶が破損してしまった。