表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/68

その魔力、測定不能


「2つ目の質問は終わりか? なら3つ目の質問をしてくれ」


 じっとりとにらまれるウォルターは、早く話を終わらせてしまいたかった。なんというか、すでにいろいろありすぎた1日だ。早く休みたい。


「2つ目の質問の続きのようなものですわ。わたくしは、あなたのことを知りたいと思っています。正確には、あなたとわたくしの差を、でしょうか」


「オレがそんなあいまいな質問に正解を答えられると思う、思いますかね?」


 敬語をふと忘れてしまいそうになる。

 無礼をある程度許してもらえることになったとはいえ、別に無礼を働きたいわけでもない。単純に当然の礼儀というだけでなく、ウォルターはティアの高潔さを気に入ってもいたのだ。


「下手な敬語は、今のところ結構でしてよ、ウォルターさん。少なくともわたくし相手、かつこの学院の敷地内において、友人に語らうようにしてもらって構いませんわ」


「ゆう、じん?」


 ウォルターは、不覚にも、胸のあたたかくなるのを感じた。

 生まれてこの方、友人のいなかった身である。戸惑いもあるが、それ以上にじんわりした喜びがあった。ブルネイに言われるのと、敬意をはっきり抱くティアに言われるのとでは、大違いだった。


「何かおかしなことがありまして? あなたを含めて5人しかいない、学院の同じ生徒として、親しくするのは自然なことかと。あなたは……かなり礼儀に失した方ですが、悪い方ではないのは伝わってきます。今の立場も能力もない農民だったなら、朴訥とした、無害な善人だったことでしょう」


「あんたも、その、うまく言えないんだけど、いい貴族だと、そう思う。うまく言えないんだけどな」


 ティアはいきなり冷水を浴びせられたような顔になった。

 かと思えば、顔を真っ赤にして、笑う。


「ええ! 当然のことですけれど、その賛辞受け取っておきましょう」


 少しの間、高笑いを続けるティアだった。

 その横で、のんびりとレベッカが口を開いた。


「ありがとうございますウォルターさん。ティアとお友だちなら、私とも友だちになってくれますか?」


「オレでよければ」


 レベッカもまた、悪人ではない、というのはわかっている。

 もちろん欠点や悪いところもあるのだろうが、ティアとの仲むつまじさから、悪人とはとても思えない。高潔なティアが、そうした人物と心から付き合うとは考えにくい。


 ウォルターとレベッカは、軽く握手をした。


「ティアは、ほんとにいい子なんです」


「なんとなくわかるよ」


「ほんとにほんとに、いい子なんです」


「あ、うん」


 レベッカに『圧』があった。


「泣かせたり怒らせたりするのは、ほどほどにしてくださいね?」


 空色の瞳の奥で、底冷えするような冷たい光がきらめく。


 それに直に心臓が触れたように、ウォルターはぞっとしてしまう。


「レベッカ! まるでわたくしが泣き虫で怒りやすかったりするような!」


「えっと、ほら」


 いまも怒った、とは言うまでもないことだった。

 これにはティアも口を閉じて、声にならない声でうなった。


 レベッカが笑い、ウォルターもにやつきを止められなかった。

 それらを見て、ティアも不満げだったが、微笑む。

 親しい間柄の冗談として、じゃれあいとして受け入れたのだ。短い時間ながら、3人で距離が近づいた証拠で——、


「いやいや、仲がよくて実にけっこうなことだ。学院長としてとても喜ばしいよ。ただ同時に、あまり話が脱線するのは、貴族としては感心しないね? 意図的にならいいけれどうっかりはよくない。そうだろう?」


 話の輪のやや外側にいたアレイナが言うと、3人ともはっとする。

 特にティアはばつが悪そうに、目を伏せてしまった。


「え、ええ、わかっていましてよアレイナ先生。3つ目の質問。そう、忘れていませんしはっきりしています。ウォルターさん?」


「あ、ああ。何だ?」


「決闘の3本目、受けていただけませんか?」


「は? どうしてだ?」


 ウォルターは首を傾げるとともに、少し不安になった。

 すでに決着がついたことだ。3本勝負の2本先取。

 ウォルターが2本、勝っている。

 これ以上やる意味というものがない。

 確かに0勝2敗と、1勝2敗は違うものだが、


「別に、あなたの無敗に土をつけたいわけではありませんのよ?」


 ティアの瞳に、悔しさや揺れというものはまるでない。

 ただ、まっすぐ、ウォルターのことを見つめている。


「決着は変わらない、勝敗は覆らない。それはわかっています。ただ、勝負の名目を借りて、確かめたいことがあるのですわ。問題が?」


「ない、けど」


「勝負の内容は」


 ティアはゆっくりとした呼吸を挟む。


「魔力測定。大きいほうが勝ち、でいかがでしょう」


「それは」


 ウォルターが勝つに決まっている。

 レベッカが気遣わしげな声をティアにかけ、アレイナが片目をみはって驚きを露にする。


「問題は、ありませんでしょう?」


 確かに、疑問はあっても、何も問題などなかった。


 魔力を測定する装置は、1階の南西の一室にある。

 そこまで4人は移動し、無意味な決闘の3本目を執り行った。


 その部屋はなかなかに殺風景だった。

 液体の入ったガラス瓶が入って左側の壁の棚に並び、入って右側の壁には薪が積まれている。


「どうやって測るんだ?」


 とウォルターが聞けば、レベッカが応じてくれた。


「簡単です。このガラス瓶の先の、この水晶球」


 太めのガラス瓶からは、何かの動物の皮でできた管が伸び、管の先に水晶球が固定されている。


「これを握るだけ。以上です」


 言うとおり、レベッカが握ってみせる。


 すると、ガラス瓶の液体に変化が生じた。

 底のほうから上に向かって、徐々に青白い光で満ちていくのだ。


 1本のガラス瓶丸々と、2本目の10分の1ほどが青白い光で満ちた。


「ざっくりした平均が、そのまま私と同じくらいらしいです。つまり1本光らせたら平均的な魔術師の魔力量、というわけです」


「よくできてるな。ちょうどガラス瓶1本と一致するのか。偶然にも」


「バカだね。そうなるように調整しているだけに決まってるじゃないか」


「あ」


 アレイナの説明は、実に道理だった。


 ガラス瓶1本分が平均魔力量に反応しているのでなく。

 平均魔力量の人間に合わせて、ガラス瓶の大きさを調整した。

 偶然でなく、作為。


 ウォルターは少々恥ずかしくなって、顔をそらす。


「ウォルターさん。先に測っていただけますか?」


 とティアに言われ、断る理由もなく、ウォルターは言うとおりにした。


 レベッカから水晶球を受け取り、握る。


 変化は瞬く間に起きた。


 ガラス瓶は、管によって100本が繋がっている。その上で棚に並んでるのだ。


 1本目から90本目までが一気に光った。


「予想は、してたけどねえ」


 とアレイナがつぶやく。


 91本目以降も、歩くような速度で、青白い光で満ちていく。


 一体どこまで行くのか、ウォルターもまた、かなり興味を惹かれた。


 まもなく100本目の上まで到達。

 青白い光はさらに輝きを増し——、


「手を放しな!」


 というアレイナの怒鳴り声で、ウォルターはぱっと放した。


 途端、青白い光は、カーテンを閉めたがごとく、一条の光となり、点となり、そして消えた。


 変化はそれだけでなく、びしり、とガラス瓶が割れた。

 中の液体が瓶の表面を伝い、落ちる。

 棚の上半分、50本以上のガラス瓶が破損してしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ