勝因
ウォルターは一息ついて、
「オレの勝ち、でいいんですよね?」
「森を暴れさせたのはあんたかい?」
アレイナは眉間にしわを作っていた。
「確かにオレは木を切ってしまいましたけど、向こうが先に襲いかかってきたんです。オレの足を捕まえて宙吊りに……」
「よほどあんたがごちそうに見えたんだろうね。ま、しょせんは木の群体ってところかねえ」
「魔術師の作った森、でしたっけ?」
確か、馬車の男がそんなことを話していた。
「大の人嫌いのね。植物が好きだって話だったけど、人に比べれば、だと私は思うね」
「それで勝負のほうは……」
「勝負のほうはもちろん、あんたの勝ちだ。さて、ティアを助けに行ってやらないとね」
アレイナがバルコニーに出る。
ウォルターもそこに行き、彼女と同じものを見た。
ティアは、木の一本に宙吊りにされ、必死にスカートを押さえるとともに暴れていた。
* * *
アレイナが空を飛んでティアを助けに行き、そして戻ってきた。
ティアは口を半開きにして、ウォルターのことを見つめてきた。
自信のあった勝負、それを2度立て続けに負けた。衝撃も大きいだろう。
けれど、目を閉じ、呼吸をするだけで、元の堂々たる振る舞いに戻るのはさすがといえた。
「二本目も負け、決闘はわたくしの負けというわけですわね!」
ティアらしく、元気にはきはきと喋る。
「もちろん受け入れます。負けの代償もきちんと払いましょう。これまでもこれからも、あなたの無礼の多くを、わたくしは許します」
「なんか意外だ」
「わたくしが、負けを認めないとでも? 許しますが、無礼というものでしてよ?」
「あ、いや、申し訳ない」
「負けず嫌いと、負けを認めないのは違います」
「どういうことだ?」
「アレイナ先生を信頼しておりますもの。ここで文句を言うのは、わたくしの沽券に関わります。とても貴族の振る舞いではありませんわ」
「その、ますます、申し訳ない」
ウォルターは頭が下がる一方だった。
ティアを見くびっていたのもそうだし、貴族というものを軽んじていたのもそうだ。
単なる偉そうな、プライドの高い人間だと決めてかかっていた。
「あなたの考えもわかっていましてよ。貴族の中に、負の側面ばかりを強めたような方がいるのも事実。けれど」
ティアの瞳に光が宿る。
「王族を除けば最古の家系、最古の貴族たるダルタインの長女として。もっとも貴族らしい言動をするものです」
「そうか。そうか……」
ウォルターはすっかりティアに感心した。
そのティアが、おずおずと、3本、指を立てる。
「それで、3つ、質問してもよろしくて?」
「別に、構わないけど」
「ありがとうございます」
ティアは、ウォルターの真向かいかつ、レベッカの隣に座る。
腰を据える必要があるということで、少々、長い回答時間になりそうだった。
「では。わたくしは、なぜ負けたのでしょう」
ウォルターは答えかねた。意地悪とかでなく、よくわからなかったのだ。
「それには私が答えよう」
「アレイナ先生」
執務机に腰かけていたアレイナが、説明してくれた。
「ティア、あんたは迷いの森の攻略法を、魔力感知と制御にこそあると思っていた。だからだよ」
「わたくし、勘違いをしていたということですの? 迷いの森の木々は、魔力に常に飢えている。適切に魔力の足りないところに与えてやりつつ、学院を目指せば、ほぼ普通の森と変わりない。何か、間違っているところがあったのでしょうか」
「正解だ。何から何まで正しい。正攻法だね」
「では」
「だけど」
と、アレイナは人差し指を立てて、ティアに黙るよう指示した。
「正攻法が、ムチャな方法で乗り越えられることもあるものさ。そこの非常識はね、真っ向から迷いの森に逆らったんだ。魔力をろくに与えようとせず、方向感覚と身体能力のみで突破しようとした。結果、森は大暴れさ」
「わたくしが魔力の付与に失敗したのではなく……」
「あんたが宙吊りになったのは、まあウォルターのとばっちりだ」
途端、ティアはウォルターをにらみつけた。
ウォルターはさっと顔をそらす。
「だとしてもですよ? そんなのが成功……いえ目の前に成功例がいるわけですが、成功するのですか?」
「だから非常識と言っているのさ。さらに言うと、そこの非常識はね、この森の木の枝を切ったんだ」
「まさか!」
とは、ティアとレベッカ、2人同時に言った言葉だった。
居心地が悪い、とウォルターは尻がむずむずするようだった。
「そんなことをすれば迷いの森は怪物と化します。一度見たことがありますが、実におぞましい光景でしたわ。わたくし、ウォルターさんと同じ東側にいなくてよかったと心底、ええ、心底ほっとしました。宙吊りで済んでむしろ幸運でした」
「ウォルターさん、ティアを危ない目に遭わせた、ということですか?」
赤と青の少女2人から、ウォルターは責められているようだった。
紛うことなく責められているわけだが、ウォルターにだって言い分はある。
「枝を切ったのは、森がオレのことを捕まえに来たんだよ」
「まあ、そんなことが?」
ティアは、驚き半分、心配半分、といった様子だった。
「罠まで作って……勝負に負けるわけにはいかない以上、森がオレをどうするつもりなのか、殺すかもしれない以上、枝を切るしかなかった」
「私にもそこだけは予想外だった。あんたなら大丈夫だったろうが、私の落ち度だ。すまかなったね」
「いえ。別にオレは」
確かに責任の所在はどこかといえばアレイナにある。
しかし、予想もつかないことだった。
それはアレイナやティアの態度から明らかだ。予想外の危険にまで責任を取れなど、他の誰よりもウォルターは言うことができない。
とかく予想外の結果を導いてきたのが、ウォルターなのだ。
「……さて話を戻すとだ。つまるところ、怪物と化した森を、ほとんど身体能力だけで抜けてきたこの非常識ぶりが、ティア、あんたの敗因とも呼びがたい敗因ということになる」
「ええ。信じがたい……信じがたいことですが、すでに信じがたいものを見せられてますし。では、1つ目の質問に答えていただいたところで、2つ目の質問を。ウォルターさん?」
「どうぞ」
とウォルターがうながせば、ティアは咳払いを挟んで、質問を口にした。
「あなた一体、何者なのです」
「錬金術師だ」
ティアはひどい2日酔いしたみたいな顔になった。
きっとウォルターが喋るほど、その頭痛は増すだろう。