決闘二本目
4人は学院長室に戻った。
次の勝負の話し合いをするためだ。
「第二勝負は、迷いの森の競争だ。どちらが早く、迷いの森を抜け、私の部屋までたどり着くかを競争してもらおう」
「あら先生。ひいきはよくありませんわ」
そう言うティアに、不満を感じているそぶりはまるでなかった。
「今度こそ公平な勝負だと思ってるんだけどねえ。どちらをひいきしているっていうんだい?」
「もちろん、このわたくしをひいきしている、と言いたいのですわ」
胸に手を当て、ティアは毅然と話す。
「あまりに私に有利。なぜって、入学試験も5日で突破しましたもの。実に魔術学院歴代12位の記録です」
ウォルターは疑問せずにはいられなかった。
「……5日?」
「ええ。何か、疑問が?」
「あ、いや」
ウォルターの気まずそうな様子から察したのだろう。
ティアは質問してきた。
「ちなみに、ウォルターさんの記録は?」
「……3日」
「ぬっ、歴代7位……! そしてわたくしは13位になる……やりますわね」
むぅ、とティアは眉間にしわを作る。
「けぇれど!」
不安を否定するように、ティアは右腕を真横に振った。
「今のわたくしは、3時間で迷いの森を抜けられます。あなたの成長能力とわたくしの実力の勝負、といったところですわね」
「自信たっぷりだな?」
「当然。この1回目だけは! わたくしの有利! ですわ!」
元気だなあ、とウォルターははきはき喋るティアのことを見た。
「こっちは、たぶん2時間で抜けられるぞ?」
「それも、確実というわけではないでしょう? 今日初めて森を抜けた。次は2回目。その目算は不確実ですわ。違いまして?」
「それはまあ、そうかもな。けど、負ける気はないぞ」
「そうこなくては。互いに自信あり。なるほど今度こそ公平な勝負ですわね。どちらも自分が勝つと思っている。よい勝負となるでしょう」
満足げにうなずくティア。
「お互い、納得できたかい?」
アレイナが言う。
ウォルターもティアも、うなずいた。
「ではお互い、森の外の端から、この学院長室を目指すんだ。先にここへ到着したほうが勝ちだよ」
それから、2人はそれぞれ、東と西の橋に向かい、到着した。
行きは学院長の使い魔である蛇による案内があった。帰りは1人の力で戻るのだ。
橋に着いてから5分後のこと。
曇り空に、虹色の花火が上がった。
開始の合図である。
それを見てすぐ、ウォルターは走り出した。
迷いの森の謎はわかっている。
地図上では徒歩で2時間という距離にも関わらず迷ってしまう、その理由。
どこも似たような風景。目印らしい目印はないこと。時間感覚も怪しくなりやすい曇天。
極めつけは、ひとりでに木々が動くこと。
これらが人を迷わせる。
ウォルターの対策は単純だ。
方向感覚は維持しつつも、逆張りを行う。木々の意図を読む。
基本的には、進みづらいほうへ進む。
そうやって、1時間は経過した頃。
「おいおい」
ウォルターは顔をしかめた。
木々が、自らが動けることをまるで隠さなくなった。枝を触手のごとく、根を足のごとく動かしだした。
その動きは、明らかにウォルターに向かってきていた。
これでは迷いの森でなく、完全に動く森。
食人の森。
そんな単語さえ頭をよぎる。
まさか木々がお友だちになりましょうと近づいてきているとは、どんなのん気な人間でも思うまい。木が動くだけでおぞましい。
「よっ、とっ、そいっ」
それでも、ウォルターは迫ってくる枝を、木々を、悠々と回避する。
不気味だが、体をこわばらせてしまうほど子どもでもない。
それに密度はともかく、速度は、歩きたての子どもに毛が生えた程度。楽なものだ。
そう、密度はともかく。
「勘弁、してもらいたいなあ」
これは、網だ。
ゆるゆると迫る網だ。
森が、どういうつもりなのかはわからない。
どういうものなのかもよくわからない。
頭脳と呼べるものがあるのか、あくまで本能的、あるいは生存のために自然と獲得した性質なのか。それを確かめる頭も時間もウォルターにはない。
「決断するしかない、か」
ただ場当たり的に避けるだけでは、網が狭まっていくだけ。
ウォルターは幹を蹴り、枝を踏み台に、網を突破しにかかった。
壁でなく、まだ網。
ならば穴がある。
そこを突き——、
「なっ!?」
穴を抜けた先では、枝の輪が待っていた。
速度が足りず、輪を抜け切れず、足が枝に捕まる。
「しまった……いや、あっちが上手だった、か」
ウォルターは足を吊られ、宙ぶらりんになる。
網でなく、また穴があったわけでもない。
『罠』だったのだ。
網に思えたのも穴に思えたのも、実は罠だったのである。追い込み漁に似ている。逃げ場があるように見せかけて、一気に捕らえてしまうのだ。
森に知性がある、と考えたほうがもはや賢明だ。
足首に枝が巻きついて、抜けられそうにない。
それだけでなく、しゅるしゅると新たな枝が迫ってきている。
森の狙いは2つに1つ。残りの手足を捕まえることにあるのか、それとも捕らえた獲物を殺しにかかっているのか。どちらにしても喜ばしくない。
ウォルターに取れる手段は3つ。
このまま諦める。これはない。死にたがるのと同じだ。
火の魔術を使ってみる。これもない。森の中、自分もろとも焼いてしまいかねない。
3つ目の手段しかなさそうだった。
腰に差していたナイフを抜き、足を捕らえていた枝を切った。
当然、宙ぶらりんの状態から落下することになる。
手から着地し、足で衝撃を吸収する。
「ふぅ——っと」
一息つくのがやっとだった。
脱出はできたが、その先が問題だ。
それまで緩慢だった木々の動きが、一気に活発化したのだ。
歩きたての子どもが、育ち盛りくらいに成長したかのようだった。移動速度が小走りくらいにはなり、枝の動きも、速いものはムチのようになる。
「まずいまずい! 木を傷つけるなってのはこういうことか!」
とはいえ、他にやりようもなかった。
ウォルターは全速力で突っ走る。
網として一部に密度を高めた分だけ、他が薄い。
あちらの移動速度も、後ろから追いつかれることを意味しない。
途中で待ち構えていた木々も、ウォルターの運動能力と、解禁したナイフの前では障害とならなかった。
「ふっ————!」
ことごとくを突破し、学院の城壁を視界にとらえる。
そのまま走り抜け、城砦である学院の敷地内に飛び込んだ。
石畳の上を転がった。
そのすぐ後、起き上がって振り返る。
それ以上、森が追いかけてくることはなかった。
まるで『我々はただの木ですよ森ですよ』と言わんばかりだった。
不自然に密集したり枝を伸ばしたりということをせず、まばらに散り、枝を縮めてみせ、ごく自然な森にゆっくりと戻っていく。
ふざけるなと怒る暇もあきれる暇もない。
いまは勝負の最中なのだ。どちらが先に学院長に行くかで勝ち負けが決まる。
ウォルターのほうに木々が集まってきていたとする。ならばティアのほうは森が薄くなっている、というのが自然の成り行きだ。木が少ないほど迷いの森は進みやすい。
ティアのほうが、あっさりと学院長についてしまう可能性がある。
ウォルターは息を切らしながら、走って中央の尖塔を目指した。
果たして。
学院長室には、アレイナとレベッカの姿しかなかった。
ティアよりも先に、ウォルターが着いたのだ。