とんだあいさつ
「なんだってオレをあなたの養子にする必要が?」
「魔術学院に入りたいんだろう?」
「それはまあ」
研究には素材がいる。素材の中には魔獣がある。
魔獣を狩るためには、魔力を押さえ込む方法を学ぶ必要がある。
そのために、魔術学院に入りたいのだ。
ただし、貴族になりたいわけではない。
「それとあなたの養子になることがどう繋がるんですか」
「魔術学院に入れるのは貴族のみだからさ」
「他に方法はないんですか」
「一般的に貴族になる最も手っ取り早い方法は、貴族の養子になること。他の方法は功績を立てることと、貴族と結婚すること。どちらも今すぐには難しすぎるね。何か疑問が?」
入学と、養子になること。2つの結びつきには、まるで隙がない。
反論ができるとすれば、養子になることそのものの問題点。そこのみだ。
「いや、ですけどね? 養子、養子ですよ? そんな簡単に……」
養子になりました、万歳、で済む話ではない。
普通、もっと複雑な事情が絡まるはずだ。
あっさり養子にするというのは、解せない。
「入学試験を兼ねて、あんたの旅の様子は見させてもらっていた。養子にするにも入学させるにも、十分と判断した」
「へっ」
「悪事を働くようなら、始末をするつもりでもいたんだよ」
「えっ」
「当然だろう。罪に罰を。何かおかしなことでも?」
「ないですけれど……」
「私に罰を下せたかはともかくね。何、いまさら怖がることないだろう? 終わったことだし、あんたは悪事はなさなかった。むしろ善行をしてたさ。非常識なことをしてたのは、否めないけれどね」
非常識なこと、というのに、心当たりが2つ3つ、いや5つくらい出てくる。やった時はわからなくても、周囲の反応などでわかることがあった。それだけに、ウォルターは何も言えない。
「これにて晴れて魔術学院の学生だ。学友を半分、呼んである。仲良くするといい。——さ、入ってきな」
「失礼致します」
入ってきたのは2人の少女だ。赤と青、2色が目に飛び込んできた。
赤の少女は、金髪碧眼で、赤い派手なドレスに身を包んでいる。スカート丈は膝下までだし、膨らみも抑え目で、貴婦人の着るものより活動的にできている。とはいえドレスはドレスに違いなく、金色の装飾が散りばめられていて、本人の金髪と相まって光をよく反射する。
ドレスが派手なら髪型も特徴的だった。下向きに螺旋を描くように巻かれた髪は、ボリュームが増し、獅子のたてがみのようだ。獅子のごとき風格と自信に満ちている。
一方の青の少女は、深い海色の髪と淡い空色の瞳をしている。比較問題ではあるが、大人しめの印象があった。青を基調としたワンピースタイプの衣服に身を包んでいる。比較的大人しい、というのは、色合いはまだしも地味でも、特徴的な服だからだ。町中でとても見かけない、正面から見ると大きな三角形の襟になっているし、貝がらのような胸の飾り布、後ろ側だけ長いスカート裾など、奇抜なデザインだ。
深い青の髪と、空色の瞳をしていて、ほっそりとした長身でもあった。赤の少女と並べれば地味だが、特徴的だ。唯一はっきり地味、大人しい、と形容できるのは、その顔立ちのみである。
赤の少女がスカートを少しつまんで、会釈する。
「初めまして。ティア・オリアーノ・ベック・ラック・シルキア・イツァーク・ダルタインですわ」
それだけ名乗れば十分だろうと言わんばかりに、赤の少女、ティアナは得意げな顔で黙ってしまった。
あいにく、ウォルターはさっぱり彼女のことがわからない。
今度は青の少女が名乗る。
「初めまして。レベッカ・アストー・デメティ・バランです」
こちらは、ウォルターも名前に聞き覚えがあった。
家名のバランは、村の子どもでも知っている。治癒魔術で有名な家系で、人数の多さでも知られているし、大陸中にいるとかいないとか。
ウォルターは遅まきながら立ち上がり、一礼した。
「オレはウォルターと言います。錬金術師です」
「れんきん、じゅつし?」
ティアナの柳眉が歪んだ。
ウォルターは思わずアレイナのほうをうかがった。まさか話していなかったのか。面白がるように口の端を持ち上げているところ、そうらしい。
「ウォルターさん? 出会いがしらに冗談は、あまり感心致しませんわ。家名もちゃんと名乗るべきです」
「あー、ええと」
念のため、ウォルターはアレイナに目で確認を取った。アレイナがうなずいたことで、名乗りなおす。
「ウォルター・ストキナーです」
「は、い?」
アレイナが補足した。
「ウォルターは、本気だ。冗談じゃない」
「はいい?」
ティアナは心配になるほど首を傾げた後、頭を振った。
「ごめんなさい、ウォルターさん、ウォルターさんと呼んでもよろしくて?」
「構わない、いや、構いません、ティアさん」
「まあ!」
何が気に入らなかったのか、ティアナは怒気をはらんだ大声を上げた。
「聞きまして? レベッカ。女性を出会いがしらに、ファーストネームで呼びつけて。家名もきちんと名乗りましたのに。そもそもストキナーを名乗られましたが……ああもう、言いたいことが多すぎます!」
喋っていくほどに、ティアナは興奮していくようだった。
ウォルターとしては、貴族の様式、礼儀など知らない。もともと庶民の子どもなのだ。怒らせてしまった、ということしかわからない。
「えーと、申し訳ありません。その、何さん? どうしてそこまで怒っているんですか?」
「バカにしてますのね、バカにしてるんですのね! そうでしょう、この方はいきなりわたくしをバカにしてらっしゃるんですわ。いくら魔力量に優れているからといって、ねえ、レベッカ、アレイナ先生」
どうやらウォルターが喋れば喋るほどティアを怒らせるようだ。逆鱗だらけのドラゴンを撫で回す行為に近しい。
レベッカもアレイナも、あいまいにうなずいた。
「そう受け取られても、仕方ない……ですね」
「ウォルター、今のはあんたが悪い。悪気はないにしても」
「そう、なんですか?」
「女性を出会いがしらにファーストネームで呼ぶ、人の名前をまともに覚えない、ダルタインの名に敬意を払わない、貴族にも関わらず家名を名乗らない、これらすべて貴族間では非礼に当たるのですわ!」
郷に入っては郷に従え、だ。この場は貴族がほとんどなのである。というか、一応、ウォルターも貴族になってしまっている。
合わせられる範囲で、合わせるべきなのだ。
「その、すみませんでした。礼儀とかよくわからないもんで」
ウォルターは素直に謝る。
すると、ようやく逆鱗でないところに触れられたようだった。ティアの怒気が少し収まる。
「悪気がなく、礼儀もわからないとなれば仕方ありません。よろしい、謝罪を受け入れましょう」
「あ、はい、ありがとう、ございます」
おっかなびっくり、ウォルターは言葉を選ぶ。
何しろどこでまた逆鱗に触れるかわからない。
ティアはアレイナに顔を向けた。
「アレイナ先生。失礼ながら、教育はしっかりなさるべきかと」
「仕方がないさ。ついさっき、ストキナー家の一員になったんだからねえ」
「もしかして、血が?」
「繋がってない。養子だ」
「才能ある方としても、バラン家に迎え入れるのが筋では?」
「確かに懐の深いバラン家に引き取ってもらってもよかったが、まあ、問題児でね。私の家で面倒を見るべきと思ったまでさ」
「問題児、というのは、ええ、よくわかります」
ティアはまたウォルターのほうを向いた。
「ウォルターさん?」
「あ、はい」
「アレイナ先生は、ご存知かもしれませんが、少々型破りな方でいらっしゃるのです。ついさっき養子にして学院に入学、というのもそうです」
「ははあ」
やはりあれは常識的でない手続きだったのだ。
当のアレイナはどこ吹く風ではあるが。
「学院にいる先達として、学院におけるナンバー2として、何よりダルタインの長女として! わたくしが、あなたに礼儀を教えてあげますわ。卒業までには、立派な貴族の紳士として、導いてさしあげましょう」
「え? いやいや」
ウォルターは手を振って否定した。
「オレに卒業する気はさらさらないぞ」
「やっぱりバカにしてますのね!? 入学しておきながら卒業する気がないだなんて! 信じられません! わたくしたちへの侮辱以外の何者でもありませんわ!」
ウォルターはもう一生ダマっていようかと、そんなことを考えた。
アレイナは喉の奥で笑い、レベッカは目を丸くして驚き、ティアは今にも火の息でも吐かんばかりに怒っていた。
「わかりました。アレイナ先生、わたくし少々、淑女らしからぬことをさせていただきますわね。よろしいでしょうか」
「どうぞどうぞ。ここは自由がウリだからね」
ティアはアレイナの許可を得ると、手袋を脱いで、ウォルターに投げつけた。
ウォルターは手袋をつかんで受け取った。
「これは?」
「教えてさしあげましょう。決闘の申し込みです。あなたに、礼儀と魔術師の素晴らしさを叩き込んであげます」
ウォルターは、ティアの顔と手袋を見比べた後、とりあえずティアに手袋を差し出した。
「なんで手袋を投げたんだ?」
喋るべきでなかった、とウォルターは後悔した。
それも遅い。後悔というものはいつだって遅いものだ。
ティアの頬が、すっかりひくついていた。