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旅立ち


「まあ師匠がどういう人なのか、他の誰よりも私はわかってましたからね。構いません」


「なあ」


「はい」


「オレが師匠で、お前が弟子だよな?」


 ウォルターは自分を指差し、次にセリンを指差した。この麗しい銀髪の少女は、真顔でうなずいた。


「一応」


「ならいいんだ」


 一応でも何でも、その認識があるならいい。

 ウォルターはまだふんぞり返っていられる。


「さてお金がいる中で、もちろん私が薬を売って稼ぎますが、うちのへそくりはおそらく師匠の路銀のためになくなります。私は村でしばらく世話になるので、薬の収入も、丸儲け、とはいきません」


「村で? 大丈夫か?」


 森を吹き飛ばした錬金術師の弟子なのだ。村人から迫害を受けてしまうかもしれない。

 だがその心配は、この弟子に限ってはいらないようだった。


「師匠の悪評と私の美貌で同情を買ってみせますので大丈夫です」


「そうか、なら心配は……オレの評判が悪くなることだけか」


「すでに十分知れ渡ってます」


「オレ、そんな悪いことしたかな?」


「ウォルターと名のつく人物が、森を全焼しかけたり魔獣を追い回したり悪臭で村人を苦しめたり薬で一時的におかしくなって裸で踊ったり……続けます?」


「なんだかおなかが痛くなってきたのでやめていいぞ」


「ありがとうございます。私も頭が痛くなってきますから。このように、師匠のやったことで同情は買えます。あと私の美貌」


「そこ推すなあ」


 確かにセリンは、見た目美しい少女だ。もし容姿だけで評価するとしたら、きれいな服と化粧で飾った彼女を舞踏会で見かければ、こぞって男どもがダンスに誘い、さらには先を争って贈り物をするかもしれない。


 ただし残念ながら、セリンの性格は、先ほどの村娘以上に冷徹だ。猫を被るから勘違いする者も出るにしても、ウォルターは彼女の本当の性格を知っている。知り尽くしていると言ってもいい。何しろ育ての親はウォルターだ。

 もっとも、別にセリンがそうなるように育てたわけではない。もっと素直でいい子に育てるつもりだったが、ご覧の有様である。


「念のためもう一度だけ聞くぞ。本当に、オレについてこなくていいのか?」


「何を……」


 セリンはあきれていたようだが、ウォルターの真剣な眼差しを受けて、一度黙った。


 ウォルターは、そんなセリンのしたたかさがあってもまだ、心配だった。ほとんど心配はしていないにしても、なくなるわけではない。外見が美しいだけに、無闇に男を惹きつける。いや、男が惹きつけられてしまう。


 色恋の面倒ごとほど、厄介なものはない。ましてほとんど変わり映えのしない集団の中なら、なおさらだ。


「心配性ですね、師匠も」


「弟子を心配して何が悪い」


「はい。師匠は、そういう人です」


 立っていたセリンは、ウォルターの前にしゃがみこんだ。それから、純粋に、微笑んだ。


「いざというときは、村を飛び出して師匠を追いかけます。黒髪の男が騒ぎを起こしたところをたどればいいんですから、楽なもんです」


「お前……や、否定できなくはないんだが」


 好奇心、その場のやりたいことを、ウォルターはついつい優先してしまう。その結果として騒ぎが起こるのは、何度もあったことだ。


「まだ心配ですか?」


「……おう、心配だ」


 セリンはさらにうれしそうに、にっこりと笑った。


「では、師匠の道具をひとつ借り受けてもいいですか。周りの人間が眠ってしまう香りを出すやつ。いざとなったらソレ使って逃げます」


「あともうふたつみっつ持ってけ。捨てないが、どうせ使わないんだ」


「ありがとうございます。これでもう心配事はないですね?」


 セリンは立ち上がり、さっそく地下室に行こうとしていた。その足取りは、軽やかだった。すっかり機嫌はよくなったらしい。


「話を戻すが、金が必要で、できればオレが稼いでくる。そういうことだな?」


「はい。もともと売れるかどうかって品ですから」


「そうか。まあ、わかった」


 考えれば、弟子に迷惑をかけているのだ。

 言うなりになるくらい、その償いとすればなんてことはない。


 大方の話し合いを終え、今日の食事と、明日の旅立ちのための準備に、ウォルターとセリンは取りかかった。


 その日の夕食は、魚と野草という極めて簡素なものだった。


 だが不思議と、星空の下、開けた場所で食べる食事は、とてもおいしかった。ウォルターは、その記憶を、頭に深く刻みつけた。




 そして夜明けが来て、旅立ちの時となる。


「いってらっしゃい、師匠。吉報を待ってます」


「おう。やれるだけやってくる」


 一抱えはある鞄を背負い、ウォルターは意欲の満ちた状態で言った。魔獣の骨は、というか死骸は、昔、高値で売れた。しかし、今また売れるか、まるではっきりしないシロモノだ。ウォルターでは売れない可能性のほうがずっと高い。


 これをもし売って、大金を稼いできたとしたら。

 このかわいらしくも小生意気な弟子も、師匠を尊敬しなおすに違いない。その時の様子を想像すると、ウォルターの胸も膨らむ。


 ——と、想像力が働いたところで、疑問がわいた。


「どうして」


「は?」


「なぜお前は、オレが旅立つのにうれしそうなんだ? 確かに今生の別れってわけじゃないにしても、ちょっとうれしそうすぎないか?」


「泣けばよろしいですか? えーんえーん」


「棒読みやめろ。いや確かにオレは、とても立派な師匠とは言いにくかったかもしれないが、それでも、こんな形で旅立つ時、弟子に心底うれしそうにされるってのは……違うよな? ちょっとは悲しんでるよな!? 寂しいよな!?」


「爪の先ほどは」


「オレが泣くぞ……」


 ウォルターは腕を目元に押し当てた。そうしないと本当に涙が出そうだった。冗談ならともかく本気だと情けなくてたまらなくなる。


「あのですね師匠」


「うるせえ。元気でな。風邪引くなよ。ちゃんと食べて寝ろよ」


「こちらのセリフです。——私が笑顔で師匠を見送るのはですね」


「うん……」


 涙声になっていないか、とウォルターは不安になった。彼には確かめづらいが、現実、その不安は的中していた。


「師匠の旅がきっと、大勢の人に認められることに繋がると、そう、信じているからです」


「オレ、ヘマやって追い出されるだけだけど?」


「きっかけはそうでも、未来での意味はきっと違います。だって」


「だって?」


 本当にいい笑顔で、朝陽を受けながら、セリンは言った。


「私の師匠ですから」


 ウォルターはあんまりにまぶしくていよいよ本当に泣いた。朝陽でなく、セリンのまぶしさにやられた。


「冷たい弟子だと思ってごべんな……」


 ごまかしようがない、嗚咽交じりの声で、ウォルターは謝った。


「師匠……」


 弟子の気遣わしげな声を聞いて、ウォルターははっとする。弟子の前だ。嘘でも、はったりでも、師匠らしくしていたい。

 泣くのをやめて、口に笑みの形を作る。


「行ってくる!」


 力強く右手を挙げて、ウォルターは旅を始めた。





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