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魔導具の使い方


 ブルネイが案の定、小さくため息をついた。


「その男に人質の価値はない。何かおかしな真似をすればトマスもろとも焼き払わせるだけです。いいや? すでにおかしな真似はしていますかね」



「勘弁してくださいよそんなオレは言われたことをちゃんとやってきたじゃないですか! こいつの手伝いだって、その、あんたに命じられた範囲だ!」


 トマスは早口に喋った。殺されたくなどない以上、一秒の判断遅れが命取りになる以上、そうせざるを得ない。


 ブルネイは、トマスをにらみつけた。虫でも見る目つきだった。


「言われたことしかできないでどうする。そんなだからダメなんだ。お前は私を裏切った。お前はもはや私の部下ではない。よって守る価値もない」


「そ、れは……」


 人質にしておいて、何であるものの、ウォルターはトマスに同情した。ブルネイに言いたいことができて、口を開いた。


「ひとつ、ブルネイ、あんたに言っておきたことがある」


「うかがいましょう」


「あんたは、自分には人を見定める眼があると言ってたよな」


「確かに。であればこそ、うさんくさい錬金術師も、何か大きなことに使えるのではないかと見抜き、もてなした。結果は正直想定以上でした。幻の道は、人を使って探すことができる。いずれ私も見つけられる。しかしそんな不思議な道具は、作ろうと思って作れるものではない」


「いや、だから。そんな眼を持ってるくせにトマスを見誤ったってことで、つまるところあんた」

 とぼけた顔で、ウォルターが首を傾げてみせた。


「無能なんじゃないか?」


 ブルネイがこぼれそうなほど目を大きくし、唇を強く噛み締めた。


 トマスが声を立てて笑った。

 ブルネイがわずかな時間であれ、言い返せないでいる。怒っている。それだけでもう、すでにトマスには痛快だった。


 ようやく、といったタイミングでブルネイが喋った。


「バカバカしい。私が有能であることは、何も変わらない話。詭弁だ。1つの瑕疵、間違いがあっただけのこと」


「めちゃくちゃ自信たっぷりに『私には人を見定める眼があるッ』とか言ってたと思ったんだけど、案外大したことがないんだな。次は何だ? 『私には人を見定める眼がそこそこあるかもしれないッ』か? ご大層な眼だな」


 トマスは盛大に吹き出した。

 ブルネイににらまれるが、今さらである。


「私は、見誤らない。ウォルター、貴様という人間を言い当ててやろう」


 ブルネイがウォルターを指差す。そうすることでウォルターを呪えたことができたなら、彼は喜んでそうしただろう。手が憎悪で震えていた。


「貴様は。貴様は、己の価値観に適う、好奇心や正義感のためなら驚くほど有能に働く男だ。そうでないときは、いかにも無害で、とぼけた、扱いやすい男にも関わらずだ」


「急にほめて、どうした? 何がしたい?」


「つまり、もっとも私の嫌いな人種だと言いたいのだよ」


「奇遇だな。オレもあんたみたいなのは大嫌いだ」


 殺気立つ市長と、あくまでとぼけた錬金術師が見つめ合う。

 一触即発、夜明け前を待たずに戦いが始まり、決着するだろう。大きくな力が正面からぶつかり合うというのは、そういうことだ。


「駒になっていればいいのだ。私がうまく使ってやる。私がエサをやる。私が、支配して幸せにしてやろう」


 ウォルターはあきれかえった。長く、息をつく。そうしないと怒りにのまれそうでもあった。


「貴様に最後に聞いておく。幻の道はどこだ?」


「知、る、か」


 そうか、とブルネイは大きく息を吸った。それから出てくる声は、吸った分を考えると恐ろしく小さかった。


「魔術師ども、あいつらを殺せ」


 ブルネイは殺害を命じた。

 しかし魔術師たちは動かない。


「殺せ、と言ったぞ」


「先ほども申し上げたはず。アレを敵に回さないほうがいい。アレに、手を出さないほうがいい。でないと歓楽都市と言う名のあなたの王国は、破壊されることになります。できたら逃げるか、謝るとなおよろしいでしょう」


「何をバカな」


 ブルネイは魔術師の1人をあざ笑い、他の2人に命じる。


「この臆病者は私に逆らった。つまり敵だ。——わかるな?」


 2人の魔術師は首を振った。わからない、ということではない。


「欲に目がくらみましたかブルネイさん。彼は契約に従っている。だからこそ、契約違反の罰も何も受けていない」


「だからなぜだと聞いている。あれは」


 ブルネイはあくびをしているウォルターを指差した。


「あれがそんなに恐ろしいものに見えるのか!?」


 魔術師たちは真面目な顔でうなずいた。


「見えるのです。我々には」


 ブルネイには、到底理解できない。ブルネイは魔術師などではない。彼らの知覚する世界がわからない。契約がある以上、契約違反の罰が下っていない以上、彼らの行動は契約に背くものではない。


 己の最善を尽くし、魔術を以てブルネイを守るという契約に。


「恐ろしいか」


「はい」


「私は手を出さないどころか、逃げたり、謝ったりしたほうがいいか」


「はい」


「だとしても手遅れだ愚か者どもが!」


 すでに、敵対宣言をしてしまっている。

 歓楽都市の元締めとして、ブルネイは引けないところまで来ている。


「愚か者は考えるな、ただ私の言うとおりにしていろ。考えた結果どうなった、私との契約に縛られている! 貴様も、貴様も、貴様もだ!」


 いいか、とブルネイは続ける。


「あの錬金術師こそまさに私の敵だ。それを見過ごすなら、契約違反の罰をそれこそ受けることになるぞ」


「無謀です」


「勝ち目が薄いか何か知らないが、戦わずして諦めるのか? 最初から全力だ。時間を与えれば死ぬのは自分たちと思え。あの杖は危険すぎる」


「もう一度だけ言う。殺せ」


 魔術師たちはゆっくりとうなずき、ウォルターのほうを向いた。その目には覚悟の光があった。


「やれやれだ」


「魔力の差は勝敗を分ける絶対条件じゃない。あちらも魔術師というわけではないんだ、勝ち目はある」


「アレをやろう。出し惜しみはなしだ。やれるだけやらねば」


 3人の魔術師は乗り気ではなさそうだった。それでも彼らは、呪文の詠唱を開始した。ブルネイと結んだ魔術契約とやらのせいだ。


「行くぞ。『我は天の恵みを与うる者なり』」


「『我は天の裁きを下す者なり』


「『我は空の刃を振るう者なり』


 別々の詠唱だ。


 ウォルターは穏便に済めばよいと思っていた。が、もうムリそうだ。実力行使しかない。


「トマスは逃げ——てるな、よし」



 しっかり遠くに逃げて、塀を飛び越えようとしている。巻き込まれる心配はない。


 ウォルターはそれが確認できるや否や、駆け出した。5秒もあれば魔術師との距離を詰められる速度だった。


 呪文の詠唱が完成する前に止めなければ、3人分の魔術が襲いかかってくる。


 赤毛の魔術師に言われたことが脳裏によぎる。『魔術が効かない』。いま目の前にいる彼ら3人の魔術も同じだろうか。それはわからない。絶対ではない。

 魔術は効く。その前提の下、退くよりも前に出た。その間にも、杖には空気を、溜めておく。放てば風となり吹き飛ばすことはできると踏んだ。

「盾出ろ!」


 あちらの兵士たちもただ見ているわけではない。反応速度は十分だった。

 兵士長らしい男の命令が下されると同時に、魔術師たちの前に盾を構えた兵士が立ちはだかった。

 ぶつかる、というところで、ウォルターは盾を踏んで跳躍した。


「な、っにぃ!?」


 兵士らが驚くのよそに、ウォルターはさらに前へ。残り2秒、そのまま行かせてもらえれば、魔術師たちをこの手にかけられる。


 しかし魔術師たちは詠唱中でも距離を取るし、代わりとばかりに跳んだ先には槍や剣を持った兵士が群がってくる。


 空中では身動きが取れない。

 ウォルターは、溜めていた空気を杖から放つことで、槍や剣をそらさせた。地面をなめるように着地し、周囲の兵士らを蹴散らす。

 ただ通り過ぎたのでは、武器を持って後ろからやられてしまうからだ。魔術師の呪文詠唱を妨害できても、後ろから刺されては何の意味もない。

 4人の兵士を蹴散らすのに、5手かかる。殴り、蹴り、体当たりし、投げ、ぶつけた。


「もういい、やつから離れろ!」


 兵士長が号令をかけると、兵士たちがウォルターから離れていく。魔術の巻き添えを食らわぬためで、時間稼ぎは終わったということだ。

 まずい。判断を駆け巡らせ、どうするかを考えるウォルター。

 兵士を盾にする。——兵士もろともやられる。魔術師から距離を取る。——最悪の判断、次の魔術が来て狙われ続けるだけ。このまま突っ込む。

 ——それしか、活路はない。


 ウォルターは地面を蹴り、3人の魔術師の中で真ん中に立つ人物目がけて突進した。


 その最中、魔術師たちよりも、さらに後方に下がっていたブルネイ。その彼が言うのが、ウォルターにも聞こえた。


「終わりだ」


「『水よ』」

「『雷よ』」

「『風よ』」


 魔術が、魔術師たちの手元で顕現する。


 同時に、ではない。それぞれ、わずかに時間差があり、遅らせている。同時にではなく矢継ぎ早の魔術の行使。


「降り注げ」

「縛れ」

「切り裂け」


 水が、雷が、風の刃が、来る。


 いざ魔術が行使されるのを見て、ウォルターは舌を巻いた。なるほど全力。なるほど強力だ。


 降り注ぐ大雨を、どれだけ素早く動こうとも避けることなどできない。

 濡れたところに雷にすかさず打たれれば、動くことができない。

 そこに風の刃が振るわれれば、動くこともできずに切り裂かれる。


 面の攻撃、神速の攻撃、当たれば必殺の攻撃。

 3人いればドラゴン級だと、トマスは言った。

 ウォルターは、その言葉を否定する。実際にドラゴンを狩ったことはあるが、知性は獣だった。それに真っ向正面から当たったわけでなく、不意打ちと罠ありきのこと。


 こういう状況となれば、ドラゴンの厄介さを優に越す。


 絶体絶命。

 この魔術が赤毛の魔女のそれと同じく自分には効かないことを祈る——ということを彼はしなかった。


 ウォルターはとっさに杖を構えた。


 ろくに考えがあっての行動ではない。錬金術における、あるいは魔獣との戦闘における、閃き。ここぞという時の思いつきだった。大きな危険にさらされたことで脳に生じた火花、時間間隔の伸び。



 その2つを以て、杖を正面に向けた。



 何かを放つのでなく、吸い込む。


 確証はない。


 けれど意味は、あるかもしれない。


 果たして。


 錬金術の杖は、3つの魔術をすべて余さず吸い込んだ。





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