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早すぎる対峙


「こいつさえあれば十分対抗できるなあ、おい」


 ばしばしトマスはウォルターの肩を叩く。

 喜びっぱなしの彼とは対照的に、ウォルターは浮かない顔をしていた。張り詰めていた、と言ってもいい。


「どうした?」


「いや……なんか違う気がする」


「おいおい、何が違うってんだ。そいつの威力を見せてやればブルネイだって」


「見せてやれば? 私だって?」


「ぁ——」


 正面25メートル先。

 ブルネイが部下を20名は引き連れて立っていた。周囲は装備で固めた私兵に囲まれ、斜め後ろには魔術師が3名、渋い顔をして控えている。


「どうしたトマス。説明してみるといい。威力を見せてやれば、私だって、何だと言うんだ?」


 いまはまだ夜が明けたばかりだ。音を聞きつけたにしても、準備がよすぎるし早すぎる。

 あらかじめ備えていたとしか思えない。

 どこまでバレていたのかは定かではない。それでも、ブルネイが油断していたとは、とても言いがたい状況だった。



「ウォルターさん。あなたからどういうことか、説明していただいてもよろしいでしょうか?」


 ブルネイが指差す先は、庭の陥没した部分である。


「庭で火を使い鍋で何か煮るのはまあ構いません。しかし聞けば、ずいぶん、危険な道具をお持ちのようで」


 トマスは、瞳にはっきりと怯えを浮かばせていた。ウォルターは彼と目を合わせ、うなずく。任せろ、と合図したつもりだった。


「ブルネイさん。実はですね」


「はい」


「この道具は、えーと、その、使い道がよくわからないんですよ」


 ウォルターの隣ではトマスが顔を手で覆っていた。声に出せたなら、『あんたに任せたオレがバカだったよ』という言葉が出ていたことだろう。

「武器に使えるとしか思えませんが」


「そういう見方も——できなくはないか」


 痛いほどの沈黙の時間が流れた。


 危険な武器を作った、という事実。

 敵対したと見なされる可能性は十分あった。


 ただ護身用に武器を買ったのとは訳が違う。

 破壊の跡を見れば、どれだけの威力かはわかる。例えば城の門にそれを使えば、たやすく打ち破ってしまうだろう。人に向けて使うなどもっての外だ。

 もはや杖とは呼びがたい。

 いかなる守りも貫く槍である。


 ブルネイが一声かければ、部下たちがウォルターを襲うだろう。トマスも巻き添えを食うかもしれない。


 緊張の時間だったが、不意に、ブルネイは笑顔を見せた。


「いやあ、すばらしい!」


「は?」


「元からあなたは普通の人間ではない、本物の錬金術師とは思っていましたが、そんなものを作り上げるとは。なんとすばらしい方なのか。こんなに興奮したのは久しぶりですよ」


「はあ、どうも」


 ウォルターは褒め言葉と受け取り、頬をかく。もちろん、警戒心が消えるわけではないが。


「その杖だけではない。他にもたくさんのすばらしい道具が、あなたの閃きと研鑽によって生み出されたことでしょう。それをこれまで知らなかったことは、本当に、本当に、私は損をしていた」


「そんなことも……あるかもしれません」


「まさに。まさにまさに」


 ブルネイは息をつく。様子が変わった。

 その笑みに暗いものが混じったのである。


「ついてはその道具、私に売っていただきたい。ぜひとも、欲しぃ……」


 歯をぞろりと覗かせて、ブルネイは笑った。まるで狼が笑っているかのようだ。


 ウォルターは固まった。

 流れとして不自然なところはない。

 しかしそれの意味するところは、説明されるまでもなくわかる。


「おい、ウォルターさんよ」

「わかってる」


 売れば強力な武器をブルネイが得てますます手がつけられなくなる。徹底的な監視の下、いいように使われる。

 逆に売らなければこの場で敵対宣言をしたも同然になる。殺されるかもしれない。


 いま、杖で対抗しようにも溜める時間がいる。

 溜めている間に魔術師の雷に打たれるだろう。

 実質、脅迫である。


「どうしました? はっきり言わなければわかってもらえないのでしょうか。私はぜひとも、あなたの道具と、あなたの能力が欲しい。あなたも痛い思いや苦しい思いがしたいわけではないでしょう?」



 決定的だった。

 ブルネイはウォルターの価値がはっきりとわかるや、手に入れにかかっている。そこにおそらく、当たり前の権利や生活はない。


 これがウォルターの怒りを増大させた。


 するとまず、魔術師が一番に反応した。一歩足を引き、精神集中のための構えを取る。


 彼らの様子に不思議そうな顔をするのが、トマスであり、ブルネイであり、彼らの部下であり、またウォルター自身だった。


「どうしたお前たち。魔術を使うのは少しだけ早いぞ」


 ブルネイが魔術師たちにからかうように言う。対照的に、魔術師たちは冷や汗をかいて思いつめた顔をしていた。


「ブルネイ市長。逃げるか、謝られたほうがよろしい」


 ウォルターの怒りに反応し、謝ったほうがいい、というのは、一応筋が通っている。しかし逃げたほうがいいというのはあまりに臆病すぎる。


 ブルネイは魔術師に噛み付くように反論した。

 彼としては優位に立っているのは圧倒的に自分なのだ。それが逃げたり謝ったりなど、まるで立場が逆になってしまう。


「誰に、何を言っている。私はただ、杖を売ってほしいと頼んだだけだ。仮に? 仮にだ。あちらがこれを脅迫か何かと受け取って逆上したとしても、私にはきみたちがいる。むろん、あちらの手には強力な武器があるようだが、監視者から報告は聞いている。道具には溜めの時間がいる、とな」


 ブルネイは澄ましてなお、下卑さがにじみ出たような、そんな笑みを浮かべた。


「そばにいるトマスも顔で語ってくれている。ずっと怯えているだろう? 杖が今は役に立たないという証拠だ。おっと、おかしな真似をしないほうがいい。即座に焼き払われると思いたまえ。くれぐれも逆上はしないように」


 沈黙を守った。


「さてウォルターさん。改めて聞きましょう。杖を売ってはいただけますよね? よほどの愚か者でない限り、わかるでしょう?」


「断る」


「なぜ?」


「こんな横暴が、許されるはずがない。いくらあんたがこの都市の元締めだとしても。こんな、脅迫が」


「なるほど、なるほど。本当にそう思われるのですか? 本当の本当に?」


 ——いいや。

 思わない。ブルネイには、ことこの歓楽都市に限れば、強大な権力がある。


「表向きの理由は決まっています。あなたは、この歓楽都市でいくつ、罪を重ねましたか?」


「1つもない」


「いいえ。あなたはすでに、5つの罪を犯している」


 戸惑うウォルターをよそに、ブルネイは指折り数える。


「一番目は、許可証を持たずに不法に歓楽都市に入った罪です」


「あんたがオレを招き入れたんじゃないか!」


「一言でもいいと言いましたか?」


「……今まで見逃しておいてよく言う」


「つい先ほどまで気づきませんでした。まさか許可証もなしに入る人間がいるとは思わなかったものでね」


「ひでえ理屈だ」


 文句を言っても始まらない。

 そんなことはあちらもわかりきった上で押し通そうとしているのだ。


「2つ目。私の部下に暴力を振るった罪。3つ目。私の踊り子に乱暴した罪。4つ目。私の食事に手をつけ代金も支払わなかった罪。5つ目。私の庭を破壊した罪。いかがです?」


 5つ目以外、すべて反論できる。

 だが1つ目同様、何を言ってもムダなのは、ウォルターもわかっていた。


「これらの罪も、都市への貢献活動で不問にできます。ああ、幻の道のありかについて明らかにすることも加えましょう。杖を売って幻の道についても明らかにするとなれば、順風満帆の生活を約束します。いかがです?」


「断る」


「おや。私は約束を守ります。信用なりませんか?」


 出来の悪い玩具のごとく、ブルネイが首を傾げる。およそ人間から離れた仕草だ。


 信用——できるわけがない。

 仮に信用したとして、ブルネイに従うことは、地獄の建築に手を貸す行いだ。とても受け入れられない。


「もし罪に対する罰を受けると言ったら?」


「どうぞ。幻の道を探すための労役についてもらうだけのこと」


 砂漠で延々と穴掘りをさせられる労役だ。

 拷問させてもらう、と言っているに等しい。


「念のため。もし拒否するなら、こちらも実力行使に出ざるを得ませんよ」


 というよりはじめからそのつもりだろう。

 魔術師と兵士を大勢連れているのがその証拠だ。

 どうしたものか、ウォルターは周囲に突破口を探し、見つけた。


「こ、こっちには人質がいるぞ!」


「え? オレ?」


 遠ざかっていたトマスを引き寄せて、人質にするなどしてみた。

 一応、トマスはブルネイの部下なのである。

 人質の価値がある。


 争うことなく、杖を売ることもなく、この場を納められる唯一の手段だった。


 ——うまくいく可能性は著しく低かろうとも。






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