魔導具、完成す
ウォルターは半分眠っていた。
錬金術の素材をトマスに集めにいってもらっているのである。待っていることしかできず、夜ということもあって、体を休めていた。
トマスが素材を集めるにあたって、表向きには、わけのわからない嫌がらせのお遣いを頼まれた、ということにした。
素材集めが終わって戻ってきたのは、朝方のことだった。
「おい、起きろ」
「ん、戻ったのか」
げっそりした顔のトマスがやってきて、トマスは麻袋を前に突き出した。袋からはトゲがいくつか飛び出してしまっていた。
「言われた通りのもん、集めてきたぜ。本当にこんなものが必要なのか? とても不思議な道具の材料には思えない。ゴミも混じってるんだぞ」
「たぶんそうだ。これでいける、と思う」
言葉とは裏腹にウォルターはまっすぐな瞳をしていた。そこに迷いや不安はない。
そんな彼を、トマスは疑わしげに見た。
何しろ、トマスが持って戻ってきた麻袋の中身は以下の通りだ。
砂漠の砂と岩、鶏の羽、馬の皮、腐った果実、新品の綿布、釘、木材、深鍋、そしてサボテンの針1000本。
「わけがわからねえ。建前じゃなく本当に意味のないお遣いをさせられてる気分だったぜ。腐った果実だの、サボテンの針1000本だの、」
「錬金術には直感が大事なんだ。これはオレの持論で、別に錬金術の理論ってわけじゃないけど」
ウォルターは素材を受け取ると、さっそく調合の準備に入った。
錬金術の研究において、彼はは勢いと直感を大切にしていた。昨日トマスから受け取った分を床に並べ、どう組みあせたものか考え出す。
まもなく順番、量、時間を決めて、ウォルターはまず鍋を持って、石畳の庭先に出る。
「何してるか聞かれたらどうする」
「錬金術の研究だ」
最初からウォルターは錬金術師を名乗っている。筋は通っている。
「ま、それでなんとかやるかね」
これだけわけのわからない材料が並ぶのだ。料理でも工芸品でも説明がつかない。他に説明の仕様もなかった。
ウォルターが石畳の上で石を輪に並べ、その中に火を熾す。それから水の入った鍋を置けば、当然沸騰する。
「あの、何をなさってるんですかウォルター様……?」
と、まもなく、年かさの召使の男が聞きに来た。召使の朝は、主人よりも早い。夜明け前から起きていたところ、物音を聞きつけてきたのだろう。
トマスが召使に応対した。
「錬金術の研究ですってよ。あんたらもこれに便宜を計るよう言われてるでしょう。邪魔したら石が飛んできますよ」
う、と召使の男は言葉を詰まらせた。
庭での奇行、もとい料理の真似事は勘弁してもらいたいが、客人の機嫌を損ねて主人の不興を買うのはもっと勘弁してもらいたいはずだ。
そのまま何も言わず、召使の男は下がった。
その後トマスが何かやることはなく、錬金術の研究はすべてウォルターが進めた。彼はしばらく止まったかと思えば急に動き出し、トマスが集めてきた材料に加えて、魔獣の足の骨や、割れた宝石を時に嬉々として、時に鬼気迫る形相で、鍋に叩き込んでいった。
1時間経過して、トマスはすっかりウォルターが何をやるかにも無関心になっていた。何をしているかわからないし、見ていても退屈だったのである。
しかし鍋からバチバチという音が聞こえてきてはさすがに気になる。鍋はいつの間にか、稲妻をまとったかと思うと、青白く発光していた。
トマスも冷静ではいられない。
「おい、大丈夫なのかこれ!? っていうか何をした! 何が起こってる!?」
「いい、いいぞ、いい具合だ!」
ウォルターはまったくトマスの言葉が入っていかないようだった。
さらに興奮した様子で、鍋に手を突っ込む。
トマスが止めるのも間に合わない。沸騰していた鍋の中だ。鍋の下の火もまだ煙を出している。火傷しそうなものだが、平気なようだった。
ウォルターに熱がる素振りはないし、青白い光も弱まって消える。異常はとりあえず、一応、なくなったということだ。
ウォルターは笑顔で、透き通った棒のようなものを掲げた。
「できたぞ!」
無事、道具は完成したのだ。
ウォルターは穏やかな気持ちとともにつぶやいた。
「いやあよかったよかった。爆発しなかったな」
最近の錬金術の実験で、森を吹き飛ばしていたのを今さらながら思い出される。
後から考えればもっと場所を選ぶべきだったが、結果よければというやつである。
「ばく……!? いや、しなかったらまあいい。けど、それが何だってんだ。どんな道具なんだ?」
杖は、長さ1メートル、最大直径が3センチの尖った棒の形をしていた。素材は水晶のようでもあるが、透けた内部には白い何かが中心を貫いている。持ち手の先端部は薄い赤色だ。
ウォルターは得意げに笑って、何か言おうとしてみたものの、自分でもどんな道具かわからなかった。
材料が似通ってるならともかく、初めて使ったものが多すぎる。
「どんな……道具なんだろうな?」
「どうにかわからないのか?」
それなら、いつものことだ。
「使ってみればわかる」
「おう、じゃさっそく……待った!」
トマスはウォルターを一旦止めると、いずこかへ歩き出した。
「よし、いいぞ」
離れの影に隠れたのである。
作る際に爆発していたかもしれないシロモノなら、使う時にどうなるかもわからない。建物の陰に隠れれば爆発が起きてもなんとかなるだろう。
「……とはいえ、使うにしても、どう使うんだろうなこれ。とりあえず杖っぽいし。——そら」
ウォルターは地面にその杖を突く。
途端、かすかな異変が起きた。
ごとごとと石畳が動きだしたのである。
いま何が起きているのか、何が起きようとしているのか。それはまだわからない。まさかこの杖は地面を少しだけゆらすだけのものではない……はずだ。
もしそうだったらそうだったで仕方ない。次、また新しいものを作ってみるだけだ。
ただし、失敗と決めつけるのはまだ早い。
地面を軽く揺らすだけの道具、という可能性はあるが、まだ確信は持てない。
入念な観察こそが肝心だ。
「できればそっちでもよく見ててくれ。オレがわからなくてもそっちから見たらわかる可能性もある」
「ああ、じゃあひとつ教えてやる」
トマスはウォルターの足元を指差した。
「下が、へこんでるぜ。杖の先も、どうも妙だ」
ウォルターが立っている場所がすり鉢状になっている。
そのすり鉢も、広がり、大きくなっていく。
杖の先は地面がねじり上がっていた。
形は円錐形であるが、螺旋を描くようにねじれているのだ。
「うーん、地形を変えるってことか? けど、へこんだ分の石や砂はどこに? 押しつぶしただけか? にしては杖の先が……」
ぶつぶつウォルターはつぶやく。
そこにトマスの提案が飛んでくる。彼も彼で真面目に考えてくれるつもりがあるらしい。
「他に何か試してみたらどうだ? というかよくわからない道具を長時間使うもんじゃない」
「それもそうだな」
今のところ、足元ですり鉢の地形が深くなっていくだけである。あまり庭を破壊してもよろしくない。ブルネイににらまれてしまう。
ウォルターは杖引き上げようと握りなおした。
瞬間、重苦しい打撃音がした。
「なんだぁっ!?」
ウォルターの足元が、すり鉢どころではなく丸く陥没してしまっている。
まるで巨大な鉄球を打ち下ろされ埋まったように、半球の形に陥没している。
それだけではない。
「どういうことだ……?」
陥没の中心、杖を突いていた部分には、円錐形の白水晶ができあがっていた。石畳の下は、普通の地面のはずだった。まさか円錐の形の白水晶が埋まっていたとも考えにくい。
どう考えても、杖による効果だ。
ウォルターはひとりうなずく。
「なんとなく、わかってきた」
「ほんとか」
「次だ」
庭の池に、ウォルターは杖の先をつけた。
するとその先端近くで、水面が渦巻く。
水かさが減っていっている。
水面の高さが3センチ下がり、目算で1000リットル強が、池から失われる。
ウォルターは慎重に、握りをゆるめないよう、杖を池から引き上げる。それから杖を空に向けると、握りをゆるめた。
すると一本の槍のごとく、杖の先端から水が射出されたのである。
水は風にあおられ、あたりに霧となって降り注ぐ。
これで杖の効果は、ほぼ確定した。
「モノを吸い込み、一気に吐き出す。それがこの杖の力だ」
「おもしれえ、すげえ武器だ」
トマスは霧を体で受けながら、口の端を持ち上げる。
地面の陥没からわかる。
1000リットルもの水を一秒以内に撃ち出した事実からもわかる。
吸い込む『溜め』の時間さえあれば、杖から出る物質の重さは増す。おそらく勢いも増す。
撃ち出された方向にいる人間や物は、ひとたまりもないだろう。地面をきれいに陥没させるほどの打撃力があるのだ。
力はいらない。時間さえあればいい、強力な槍のようなものができあがったわけだ。
「どんな相手も一撃だ。溜めさえできれば……なあ!」
トマスはすっかり浮かれていた。