困った師匠
「追放の判決を受け入れてもらえて何よりです」
「さすがにな。ただ、まあ、ありがとうな」
後ろ頭をかきながら言ったウォルターに、村娘は不可解そうに眉間にしわを作った。
「礼を言われる覚えはありませんが」
「いや、これが、一番の結末なんだろうなって。そう思っただけさ。お前の、あんたのおかげだ。だから礼を言った」
「決定は、変わらないんですよ」
「5歳の子どもだって言える、いいことをしてもらったら言う言葉を、口にしただけさ。ただひとつ、お願いがあるんだけど」
「もちろん旅支度を整える時間はあります。明日の朝まで」
「隙がなさすぎる……」
こちらの望みを先回りしてくるのだ。
並大抵のことではない。
こうして森を吹き飛ばした罪の裁定は終わり、村娘は村に戻った。
廃墟に残ったのは、ウォルターとセリンの師弟のみである。
「セリン、あのな」
「はい」
「オレに、ついてきてもいいんだぞ?」
「お断りします」
「おま、もうちょっと、師弟の愛情みたいなもんはないのか?」
すげない弟子の拒否に、ウォルターはそれなりに傷つく。
「あります。あるから言ってるんですよ。私は、これがいい機会だと思ってもいるんです」
「何がだよ。追い出されるんだぞ?」
「師匠は、本当に長い間、研究されてきましたね」
「よく、わからねえけど。あっという間というか、時間感覚があんまりなあ」
「でしょうね。あなたがそうでも私はわかっています。本当に、うんざりするほど……好き放題……わがまま……地下室を広げまくりモノを造りまくり増やしまくり……それは爆発の1回も起きるでしょうね。むしろこれまで10回や20回なかったほうがおかしいくらいです」
「セリンさん? 機嫌、悪い?」
「いいえ。半々です。絶好調と絶不調が混ざりに混ざってます」
「うわー、おっかねえ」
ウォルターはしゃがんだまま、横歩きでセリンから遠ざかる。
「旅立つのは、明日の夜明けがいいでしょう。近くの町に行くのは歩きだとほぼ一日かかりますから」
「二日、三日じゃなかったか?」
「いいえ、一日です。道もましになりましたし」
「なるほどねえ」
それならなんとか説明がつけられる。
ウォルターはおおむね納得したが、セリンが微笑んでいるのには納得いかなかった。
「オレが出て行くのがそんなにうれしい?」
「そう見えますか?」
「見えたくないが見えなくもない」
「心外です。ちゃんと一応惜しんでますよ」
「ほんとかよ……」
弟子の師匠離れに、ウォルターはいじけた。砂埃の積もった床に絵など描いてみたりする。タイトル、薄情な弟子。
「別に一生の別れでもないんですから。ほんの一時のことです。師匠がしばらく旅立って戻ってくる頃には、ほとぼりも冷めてまたここに住めるかもしれません」
「しばらくってどのくらい?」
「さあ、それは私にも」
「他に落ち着けるところ探すか?」
「ここ以外に、師匠の居場所はないと思いますけど。今まで造ったものを置き去りにするんですか? 許しませんよ」
「うすうす思ってたけど、お前、オレのこと師匠と思ってなくない?」
「まさか。師匠は死ぬまで師匠ですよ」
「そう……?」
どうにも疑わしい。
だが弟子のセリンの演技は実に板についている。ふざけている時ならともかく、本気の彼女の演技をウォルターは見抜ける気がしなかった。そもそも女というものは役者で、セリンはその中でも極めつけの役者だ。
疑ってみたところで、真偽は見抜けない。
「かわいい弟子が師匠に申し上げますと、ここらでひとつ商売などしてみたらいかがです?」
「オレの研究は売るようなもんじゃないぞ。錬金術というのはだな」
「御託は結構です。何も造ったモノを売るというんじゃありません。覚えていませんか。以前、魔獣の死骸がなかなかの値で売れたでしょう?」
「あー、あったな。金貨11枚。いい臨時収入だった。村の連中には売れなかったから、まあ、物好きがたまたま珍品を欲しがってたんだろうが」
「倉庫にはまだ残っていましたよね?」
「そりゃあるけど……言ったろ、村の連中が買わなかったんだぞ? ただでやってみても売れなくて捨てたとさ。まったく、まともな売り物にならないのは明らかだ」
「じゃああなたの道具を売りますか?」
「それは卑怯だぞ。無理やりな二択だ。誰が育てた。オレか」
「あなたですがとにかく。いいですか、師匠が旅立つのは決定事項なんです。ただ、目的というものがない」
「強いて言うなら、引っ越し場所を見つけたいぞオレは」
「ではそれも目的のひとつに。魔獣の骨を売る。売ってみようとする。どうせ切迫した目的もない旅です。どうでもいい目的のひとつふたつ、持っていてもいいでしょう?」
「わかる。わかるが……」
ウォルターは腕組みし、うなる。どうしてもうなずけなかった。
「何です」
「弟子の言いなりというのが癪だ」
「ふっ」
鼻で笑われた。
これにはウォルターも怒る。声を上げて叱りつけた。
「鼻で! 師匠を! 鼻で! ダメだぞお前、そういうのあれ、ダメだぞ!」
まるきり5歳児の怒鳴り方だった。
セリンのほうはそんな体の大きすぎる5歳児に、慈愛の満ちた視線を送った。
「はいはい。わかりました。私が悪かったです」
「わかればいいんだよ」
ウォルターはあっさり機嫌を直す。ますますもって5歳児のようだった。
「ただ、師匠。弟子の発言をどうぞお許し願いたいのですが」
「許そう」
「我が家の財政はかなりキケンです」
「なぜだ?」
「いま、この惨状を見てわかりませんか?」
今ふたりがいるのは、屋根も壁も、家具も何もかもが吹き飛んだ元丸太小屋である。
「住むところがないな!」
「まさしく。というかあるもののほうが少ないです。地下はほとんど残ってますが、師匠の研究道具が邪魔です。捨てていいですか」
「ば、バカ言っちゃダメだ。ガラクタ……大半がガラクタに思えるかもしれないが、あれらは、大事なものなんだ」
「わかっています。扱いを間違ったら爆発するよりひどいものがたくさんあるんです。捨てたら迷惑がかかります」
「捨てない理由がオレとお前でまるで違う件についてどう思う?」
セリンは師匠の議題を丸無視した。
「住むところもですが、普通の生活をするのに必要なものがすべてなくなりました。よってお金がいります。ここまでいいですか?」
「ああ。困ったもんだな!」
「あなたのせいですあなたの」
「ああ。困ったもんだな!」
ふんぞり返っているウォルターを、セリンは憎しみさえこめてにらみつけてきた。ウォルターはショックを受けたものの、セリンの気持ちもわかるので、とりあえず謝った。
「正直すまんと思っている」