許可証が高すぎる
ウォルターはにっこり笑って、トマスを尋問しようと、もとい、彼から話を聞こうとしていた。
「勘弁してくれよ……」
とはトマスの言葉だった。
「いきなり暴力を振るったのは悪かったって……ただ、こんな仕事だからよ、なんだかよくわからんぼやっとしたやつに舐められるわけには……ましてあんた錬金術師だろ?」
トマスは先ほどまでの攻撃的な態度から打って変わって、しおらしくなっていた。
話が円滑に進むのでありがたい限りだった。聞き逃せないことはあるものの。
「錬金術師のことをペテン師と思わないでいてくれる人間って、この世にいないのか?」
「東の幻の国にならいるんじゃないか?」
「それつまりいないってことだろうが」
幻の国。
海に浮かぶ島国だそうだが、そこには不思議な人々がいる。他の動物と混じった人間がいると言うのだ。魔獣の一種、魔人であるかというと、それも違うと言う。伝説であるだけに、話もあいまいだし、存在しないというのが常識だった。
「それとも最近、その幻の国は見つかったのか?」
「いいや」
やっぱり、いない、ということだ。
「それよりあんた、さっさと許可証を買うなりしたほうがいい。というか許可証を持ってないあんたとこうしてのんびり話してるだけで、オレの立場が悪いんだって。さっさと南門まで行って許可証買ってきたほうがお互いのためになるってもんだ」
「ついてきてくれないのか?」
「5歳のガキでもあるまいに。町の外周を回って西に行けば、そこが南門だ。簡単だろ?」
「それはそうだ。ありがとうな」
「あ、ああ……」
道端での話し合いを終えて、ウォルターはトマスの言うとおりにし——3歩歩いて振り返った。
「そうだ、最後にひとつ」
「な、何だよ!?」
「蹴って悪かったな」
トマスは体をこわばらせていたようだったが、まもなくため息をついた。
「こっちこそ悪かったよ……オレだって恨まれるようなことはやりたくないんだ」
「じゃあなんでやってるんだ」
「ブルネイさんの命令なんだ。あの人には逆らえない……」
歓楽都市の元締めの名前である。
逆らうことができなくても何ら不思議はない。
「大変だな」
と、ウォルターはトマスに同情した。何かできるわけではないにしても、本心からの言葉だった。
「……もう行けよ。あんたと話してるとなんだか頭が痛くなってくる」
トマスは、疲れ果てたように、宿の壁にもたれかかって座り込んむ。
ウォルターは今度こそ、南門に向かった。
* * *
南門、といっても、城のように石造りの立派なものがあるわけではなかった。むしろ門があると言っていいのかどうか非常に怪しい。
木箱を積み上げ、大通りの道幅を3分の1ほどに一部狭くしているだけだ。
門の中央で、役人らしい男が、キャラバンの頭領とやり取りをして、許可証を出す。そういう流れのようだ。
ウォルターはキャラバンの最後尾に並び、役人に許可証の発行を願い出た。
すると役人は、ほとんど目をぎゅっとつぶり、怪しいものでも見るみたいな目つきになった。
視線の先にいるのは、もちろんウォルターである。
「何者だ? さっきのキャラバンの仲間、ではないのだな? 人数も合わないし、キャラバンの後ろにくっついてきてたのか? いいや、違うな。それは許されないことだし、まかり通ったはずがない」
「もちろん。オレは東のほうから来たんだ。さっきのキャラバンは、南から来たんだろ?」
役人の目がさらに小さくなった。
それでウォルターのことが本当に見えているのだろうか。
「東? 死者の道を通ってここまで?」
「そういうことになる」
道なんていうものはなかったが。死者の道はあくまで比喩だ。
「……魔術師殿か? 変わっていらっしゃる」
役人は急に口調を改めた。
魔術師といえば、ほとんどが貴族だ。役人が気を遣って然るべきである。逆に言えば、先ほどまで魔術師などとはかけらも思わなかったのだろう。
「いや違う。オレは錬金術師。ウォルターと言う。よろしく」
「れん、きん、じゅつし?」
「ああ」
ウォルターが元気よく答えると、役人はため息をつき、また態度を急変させた。投げやりなものになる。
「じゃあ、金貨5枚な」
「ごっ!?」
「許可証には商人ってことにでもしてやるから。そのほうが詐欺も働きやすいだろ?」
「え、何言ってんだあんた……」
南門にいるのは、役人1人ではない。
他にも衛兵が10名も控えているが、誰ひとり、役人をとがめだてしなかった。
質問には暴力で返す文化は勘違いだったが、それにしても。
ここの文化は何か大きく間違っている。ウォルターは強くそう感じる。
「ここは歓楽都市。夢と富にあふれた都市だ。東から来ただなんて笑えるが、それとこれとは話が別。冗談でまけてはやれない。金貨5枚。なに、このくらいすぐ稼げる」
「い、いやいやいやいや」
「なんだ、持ってないのか? じゃあ南に引き返すんだな」
「ここまで来て入るなってのは……」
「じゃあ許可証なしで都市に入るか?」
「え、いいのか?」
役人はしばらく黙った。やがてため息をつき、話を再開する。
「歓楽都市には、壁がない。そんなもの造る余裕はない。入ろうと思えばいくらでも入れる。誰も止めない。さっきちらっと見たが、あんただって、回りこんで門のないところから、許可証なしで入ろうとしたろ?」
「ああ、誰も止めなかった。いや、許可証を買うようには言われたけど」
「親切なやつがいたな。ともあれそういうことだ」
「ん? けど、許可証なくても入っていいんだよな?」
「いいや」
ウォルターは腕組みして首を傾げた。
許可証がなくても入ることはできる。
しかし入ってもいいということではない。
矛盾していないだろうか、と。
「おすすめは決してしない。しかし、入りたいなら入るといい」
おすすめされないなら、入らないほうがいい。どうも胸騒ぎがする。
また、ウォルターは、自分に商才があるとは思っていない。魔獣の骨をここで売ることができるかとても怪しい。まして詐欺で金を稼ぐつもりはない。
金貨5枚。持ってはいるが、大きな痛手だ。
魔術学院に行けば50枚もらえる約束だが、あえて儲けを減らす理由にはならない。儲けは多ければ多いほど、弟子の尊敬が買える。
歓楽都市に立ち寄ったのはついでのようなものであるといえる。
なのに金貨5枚を失っていては、本末転倒どころかただの損失に近い。
許可証なしに入らないほうがいい。
けれど許可証を金貨5枚でなど買いたくない。
「引き返すか」
ウォルターは踵を返すと役人が叫んだ。
「正気か!?」
「いや、だって、金貨5枚はなあ」
「持ってるんだろう!? 死ぬよりましだろう!?」
「金貨なら持ってるし、死ぬより払ったほうがましだ。けど死なないしな。——じゃ」
ウォルターはそのまま、南でなく、西を目指した。
役人たちの中で、驚きの眼で見つめる者もいれば、あざ笑うかのような者もいて、同情するような者もいた。
どうあれ、彼らにとってウォルターの言動が非常識なのは同じことだった。




