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歓楽都市の洗礼


 大砂漠の中央を南北に移動するのが生者の道。


 それ以外は全部、『死者』の道。


 仮に南北の中央ルート以外を歩む人間を見かけても、追いかけたり、声をかけたりしてはいけない。

 それは生きている人間を死へと誘う、嫉妬深い死者の魂なのだから。


 ——という劇を、ウォルターはついさっきその死者の道を踏破してきた足で、ぼんやり眺めていた。道理で、歓楽都市の近くまで来た時、南北ルートを通るキャラバンがウォルターを見て怯えたわけだと納得する。


 場所は歓楽都市の南東部。

 中央部分から大通りが四方八方に、東西南北と、北東・南東・南西・北西、といった具合に伸びている。その内の南東の大通りで、宿の軒先を借りる形で、その劇はやっていた。

 演者の数は3人と少ない。しかし投げ銭を入れる帽子の中には、銀貨や銅貨が数十枚、入っていた。立ち止まる観客はウォルター以外にいないが、通り抜けざまに財布ごと投げ入れる人がぽつぽつといるので、つまりそういうことだ。

 ウォルターは礼儀半分、話を聞くためが半分で、銅貨を投げ入れた。


「どうも、ありがとうございました」


 通りでのこじんまりした劇が終幕する。

 生者が死者に惑わされ、ありもしない幻の道とやらに案内してくれると信じて殺されてしまう。なんともすっきりしない結末だった。


 ウォルターが気のない拍手を送ると、演者のひとり、死者の役をしていた髑髏どくろ仮面の男が重ねて礼を言った後、


「お客さん、あんた、外から来たみたいですが、外で何してたんです? 何もないでしょう」


「ん? 何って言われてもなあ。歩いてた」


 大砂漠の東、からやや南よりの地点から侵入。そこから西へ、西へ、歓楽都市を目指して、歩いてきた。

 砂漠の旅は、思ったよりも大変で残念なものだった。

 大変というのは、昼の猛烈な暑さ、夜の激しい寒さのことではない。そこは、特製のローブのおかげでどうにかなった。食料も、スープの尽きない水筒のおかげでどうにかなった。問題は砂嵐と方向感覚である。おかげでたどり着くまでに日数がかかった。

 残念だったのは、ついに巨大蚯蚓の魔獣と遭遇できなかったことだった。砂漠特有の魔獣にさえも、出会えていない。


「役者さんにちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


 と言った時、体格の大きな、目元に傷痕のある男がやってきていた。仮面の男がそちらに先に反応して頭を下げる。


 傷の男は、稼ぎの九割がたを袋に詰め込んで、持っていこうとした。

 当の被害者である演者たちは、そろって頭を下げて何も言わない。


「何してるんだ?」


 ウォルターは口を挟まずにはいられなかった。


「なんだぁ、てめえ。このトマスのことを知らないってか」


 とすごんだのは、トマスである。

 しゃがんでいたウォルターに対し、トマスは両手をポケットに突っ込んだまま背中を曲げて、顔をこれでもかと近づける。


「許可証を見せろ」


「許可証?」


「『生者の道』を通ってきたろ。南北のどちらかの門を通らなかったのか? そこで許可証を買うんだ」


 村ならともかく、町や都市に入る場合、許可証が必要となることもある。

 それなりの身分であるのを証明するか、金を支払うかすれば、許可証が手に入る。出ていくならともかく入るなら、許可証を持っていなければならない。


「そうなのか。後で買うよ。で、あんたは何してんだ? その人らの稼ぎだろそれ。そんなに持っていくのは、どういう理屈からなんだ?」


「文句が、あんのか?」


「質問してるだけだ」


「おいあんた。謝るんだ」


「何を」


 仮面の男が妙なことを言ってきたので、ウォルターはそちらに気をとられる。何も悪いことをしていないのに謝る?

 次の瞬間、風を感じ、手で顔をかばう。

 するとそこにきれいに、トマスの膝が納まった。


「てめえ……」


 トマスは怒りで顔を赤くしている。。

 どうやらいきなり膝蹴りをもらいかけたらしい。ますます不可解だった。


「質問の答えが暴力ってのは、あんまりじゃないか。それがここの文化なのか」


「その、とおりだ」


 トマスは膝を引くと、今度は拳を放った。

 ウォルターは手のひらで拳をそらし、そのままトマスを斜め後ろへと歩くよう力をかけて動かす。


「話を。話をしよう、な? 暴力、よくない。オレ、平和主義」


「くっそ、が……!」


 わたわたと斜め前に歩かされた後、トマスは再び拳を構えた。


 地方によって、言葉が通じにくいことがある。話す言葉は同じなのだが、いわゆる訛りで聞き取りづらかったり、聞き取られづらかったりするのだ。

 なのでできるだけ単純な言葉遣いでウォルターは呼びかけてみた。

 ところが余計にトマスを怒らせただけのようだった。


「てめえは誰だ! オレを誰だと思ってやがる!」


「オレはウォルター。錬金術師だ。お前は知らん」


「歓楽都市の文化を、何も知らんようだな!?」


「いや、今学んだ」


 ウォルターは正面で拳を構えるトマスに向かって、回し蹴りを入れた。狙いはこめかみ。トマスは避けることもかばうこともできず、もろに蹴りを受け、倒れる。そのまま動かないが、息はしていたし、恨み言をつぶやいてもいた。意識もあるということだ。


「質問には暴力で返す。それがここの文化だ」


「違うわバカ!」


「ええ……?」


 横から仮面の男に怒鳴られて、ウォルターは首をすくめた。


 さっきからわけのわからないことばかりだ。


「そこの男はな! 歓楽都市の元締めの部下なんだ! 稼ぎを持っていこうとしたのはいわば税金! 許可証を持ってないあんたは罪人! わかったか!」


「わ、わかった……」


 つまり、主に悪いのはウォルターということになる。

 やってしまった、と後悔する。


 仮面の男はさらに叫んだ。周囲に言い聞かせるようでもあった。


「あんたはただの今日見かけただけの客! オレらとは何の関係もない、いいな! オレらはこの暮らしでいいんだ!」


「けど、ここって物価が高いんだろ? そんなんでやっていけるのか?」


「ブルネイさんがちゃんと計らってくれる! 日々の宿も飯もだ! そのための税金なんだよ!」


「な、なるほどなぁ……」


「いいか、あんたとオレらは無関係だ。じゃあな!」


「ああ、じゃあな……」


 演者の他のふたりが、すでに芝居道具を畳み終えたところだった。仮面の男はふたりに諭されて、足早にその場を去った。


 ウォルターは、どうしたものかと、突っ立って考える。

 とりあえず歓楽都市に来てはみたが、あまりに不案内だ。テキトウに都市を歩いてもいいが、事情をろくに知らないところだけに、また余計な騒動を起こしかねない。

 それはウォルターの本意ではない。


「とは言え……」


 ウォルターは周囲を見回す。

 誰も彼もが自分を見て怯えたり、逃げたりする。歓楽都市の事情を話してくれそうな人間が到底いてくれそうにない。


 どこかに、怯えも逃げもしない人は、と探し続け、足元にいるのに気づいた。

 今しがたウォルターが倒した、トマスだった。


 彼は衝撃から回復するなり、ウォルターに怯えたが、一応、逃げはしなかった。


 逃げられなかった、がおそらく正しい。



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